[掌編小説・童話]こわいこわい

 おねえちゃんのあとをついて、てをふってまねっこしてあるいて、
「まねしないで」
っておこられる。
 いつものこといつものこと。へいきへいき。きにしない。
 ソファにならんですわって、いっしょに本をよむ。
 「やめてってば」
これはきけんしんごう。やめないとなみだをながしておこってくる。
 「あっちいって」
ああ、まにあわなかった。おこっちゃった。
 プンプンおこったおねえちゃん。
 こわいこわい。


 おねえちゃんがおいていった本。なんだろう。
 いちねんせいにもよめるかな?
 「どくむしずかん」
ええ、どくでむしなんて、おっかないな。
 パラパラめくる。
「オオスズメバチ、きけん」
 おおきくてつよくて、きょうぼう。
 するどいドクバリでさすよ。
 ドクはもうどく。死ぬこともあるよ。
 かみつく力もつよいよ。
 にんげんすみかのちかくにいるよ。
 ひええ。こわいこわい。
 わたしの『ちょうちょうずかん』のほうがずっといいや。


 こんこんねむる、ゆめのなか。
 キラキラのちょうちょうがまう、ゆめのなか。
 あおしろくろあかみどりいろ。
 いろんないろの、ひかりがふる。
 きれいなきれいなゆめのなか。
 とつぜんやってくるこわいやつ。
 ブーンと近づくこわいやつ。
 たすけてたすけて。
 にげてもにげてもおってくる。
 するどい目つきのスズメバチ。
 ガチガチならす、つよいあご。
 ギラリとひかる、ドクのハリ。
 きいろとくろのしましまもよう。
 きけんきけんのしましまもよう。
 すすめどすすめど、にげきれない。
 あっところんで、目がさめた。


 とうこうじかんに、かんがえちゅう。
 おねえちゃんのうしろについて、あるいてあるいて考える。
 スズメバチ。あのこわいのが、ちかくにいるかも。
 なんとか、なかよくなれないかなあ。
 なかよくなったら、わたしをささない?
 なかよくなったら、わたしにかみつかない?
 どうやったら、なかよくなれる?
 おやつをわけたら、なかよくなれる?
 いっしょにあそんだら、なかよくなれる?
 ダンスをおどったら、なかよくなれる?
 おはなしできたら、なかよくなれる?
 ぶーん。
 くうきをさく、はねのおと。
 「きゃあ、こわいこわい」
 おねえちゃんをおいこして、はしるはしる。
 「おねえちゃんもにげて。はやくはやく」
 「え? なになに?」
 おねえちゃんもはしる。
 なんだなんだとみんなが見てる。
 「なにしてんのよ、はずかしいわね」
 おねえちゃんが、わたしにおこった。
 おねえちゃん、こわいこわい。


 夏のおにわでしゃぼんだま。
 おねえちゃんは、わたしといっしょはイヤみたい。
 でも、ママがいるからがまんしてる。
 とうめいなまんまる。たくさんたくさん。
 かぜにのってふわふわゆれる。
 お空に、ブーンっておきゃくさん。
 「なになに? ハチ? スズメバチ?」
 すがたはみえない。おっかない音がする。
 「ひゃあ。こわいこわい」
 いそいでおうちにはいらなきゃ。
 「どうしたの?」
「ハチ、ハチ、ドクバチ。こわいこわい。にげてにげて」
「あれはハナアブ。こわくないよ」
ママがあたまをポンポンなでてくれる。
 「あっはっはっは。ひゃあだって。あっはっはっは」
おねえちゃんがわらってる。
 イヤなかんじ。イヤなきもち。
 だって、こわいんだもの。スズメバチ。


 よるのトイレ、こわいこわい。
 くらいだけで、こわいこわい。
 ながくなった、ろうかをひとりですすむ。
 あそこでなにか、どこかでだれかが見つめてる?
 こそこそさっさとすませよう。
 あっちのあかりも、こっちのあかりもピカっとさせる。
 トントンかいだんくだったら、はいとうちゃく。
 ジャー。
 すっきりさっぱり。あとは、おへやにかえるだけ。
 さっさともどろう。ちゃっちゃといこう。
 かいだんを、はんぶんあがったときだった。

 ジジジジ。ブブブブ。
 ああ、まよなかのしんにゅうしゃ。
 バシっと、かたにたいあたり。
 もうだめだ。ついにきた。
 わたしは、ここでさされて死ぬんだ。
 からだをまるめて、ちいさくなる。
 かいだんのいちだんにうずくまる。
 こわい、こわい。
 「だずげで! だずげで!」
 まるまったからだのなかにくぐもる声。
 「何やってるの?」
 「おねえちゃん? わたし、死ぬんだ」
 「なんで死ぬの?」
 「スズメバチにさされて死ぬ。おねえちゃんにげて」
 ちょっとのちんもく。
 「そこにいるのは、セミだけど?」
 え、と顔をあげると、ふしぎそうなかおのおねえちゃん。
 「だいじょうぶ、あがっておいで」
 いわれるままに、はいあがる。
 パパもママもあつまった。
 せつめいなんてできないよ。
 わあわあないて、ぶるぶるからだをる。
 死にたくない死にたくないってただないた。


おわり

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