見出し画像

[掌編小説]ポラリスとルシオ(改訂)

 北極星が輝く夜、厩舎で一頭の母馬が産気づきました。
 生まれたのは、白い美しい仔馬でした。

 馬丁は喜んで上役に報告すると、仔馬はお姫様の十二の誕生日祝いに贈られることになりました。
 お姫様の仔馬はポラリスと名付けられ、大切に育てられました。


 立派な若駒になったポラリスは、お姫様を背中に乗せるのが好きでした。
 お姫様は、ポラリスを可愛がり、馬丁によく世話をするよう命じました。

 ポラリスは、お姫様を降ろすと、ロバのルシオと過ごしました。
 ルシオは働き者で心の優しい、年取ったロバでした。


 馬丁がポラリスの手綱をひいて散歩に出ます。もちろんルシオも一緒です。
 馬丁は「なんだってロバの世話まで」
とこぼしますが、ポラリスはまったく気にしません。ルシオがいてくれるだけで嬉しいのです。


 しばらく行くと、子供が遊んでいました。子供は無邪気に
「綺麗なお馬さん、乗せて乗せて」
とせがみました。
 ポラリスは嬉しそうに子供に寄っていこうとしますが、馬丁は、
「駄目だ駄目だ。これはお姫様の馬だ。お姫様以外は乗せてはいかんのだ」
と叱りました。

 ルシオは、
「ワシでよかったら乗るといい」
とかがんでやりました。
 子供は、ルシオにまたがると、キャッキャと声を上げて喜びました。


 またしばらく行くと、大荷物を抱えた商人に出会いました。商人は、
「すまないが、馬を貸してくれないか?」
と頼みましたが、馬丁は、
「駄目だ駄目だ。これはお姫様の馬だ」
とにべもなく断ります。

 ルシオは、
「乗るだけ乗せなさいな」
と、背中に商人の荷物を何袋も乗せて歩きました。
 商人は馬丁に、お礼の銀貨をはずみました。

ポラリスがルシオに言います。
「君は凄いな。とてもかっこいいよ」
ルシオは照れて言います。
「君の方こそ尊い馬なんだよ」
「私、何にもしてやしないのに」
ポラリスは不思議がります。


 次に出会ったのは、車輪を轍に取られた荷車でした。おやじさんが頼みます。
 「すまないが、馬をつないで引っ張ってくれないか?」
馬丁はこれもすげなく断ってしまいます。
「これはお姫様の馬だ」

 「やるだけやってみよう」
と、ルシオは、縄を括り付けると、エイヨエイヨと荷車を引っ張ります。
 縄がこすれて、ルシオの首から血が滲みました。
 これをみたポラリスは、
「私も手伝う」
と歩み寄りますが、馬丁がこれを止めました。
「お前に傷でもついたらどうするんだ」。

 おやじさんはたっぷりの礼を馬丁に渡すと、荷車を押して帰りました。
 馬丁はホクホク顔でした。


ポラリスは、ルシオの傷が心配でした。
「馬丁さん、薬を塗っておくれ」
馬丁は、ポラリスの頼みも断りました。
「これはロバだ。ロバは丈夫なものだ。薬などいらんよ」

 ポラリスは怒って嘶くと、後ろ足を跳ねあがらせました。
馬丁はこれをうまくいなして、どうどうとなだめましたが、ポラリスは怒りがおさまりません。

「ポラリス、大丈夫。ワシはロバだ。これくらいなんともない」
ルシオがそう言ってやっと、ポラリスはしぶしぶ跳ねるのをやめました。


 帰りに出会ったのは、大荷物の旅人夫婦でした。ふたりは年老いて疲れ切っていました。
 おじいさんが頼みます。
「すみませんが、宿まで乗せて行ってくれませんか?」
 馬丁は当然のように断ります。

 ルシオは、背中を向けて優しく言います。
「さあ、二人ともお乗りなさい」
 老夫婦は何度も腰を追って感謝しました。

 ポラリスは、大荷物の二人を乗せるルシオを見ていられませんでした。
 ルシオの背骨はたわんで、とても歩いて行けそうにありませんでした。おまけにさっきの傷も気になります。

 ポラリスは、ルシオの横に並ぶと言います。
「旅人さんたち、あなた達はルシオには重過ぎる。私の方へお乗り」
 これを見た馬丁は、慌てて駆け寄り、止めようとします。
「ポラリス、やめろ。お前はお姫様の―」
そこまで言うや、馬丁はポラリスに、ポーンと後ろ足で蹴り上げられてしまいました。

 ポラリスは旅人が背に乗ると、馬丁を置いてパカパカと、宿までさっさといってしまいます。
 ルシオは黙ってポラリスの後に続きます。
 馬丁は腰をしたたかにうって、そこに蹲っていました。


 旅人を降ろすと、ふたりは並んで歩きます。
 「なんで、あんなことしたんだ?」
 ルシオが怒っています。
 ポラリスはルシオが何故怒っているのかわかりません。

 「お前は、お姫様の馬で、お姫様しか乗せない、特別な馬なんだぞ」
ルシオはまくしたてます。
「おまえの友達でいるのは、ワシの自慢だ。お前が尊くいられるなら、ワシがいくらでも代わりに石でも塩でも運ぼうじゃないか。それを、お姫様以外の者を乗せてしまうなんて、バカなことをして」

 ポラリスは悲しくなりました。
「私は、友達のあなたが辛い思いをしているのを見ていられない。それとも、尊くないと、私はあなたの友達でいられないの? 尊いって何? たくさんの人を助けたあなたこそ尊いんじゃないの?」
 ルシオは首を振ります。
「おまえはまだ若いんだ。わかってないんだ。もう、お姫様の馬ではいられない。おまえは、得がたいものを手放したんだ。ワシは、おまえにずっとずっと幸せでいてほしいのに。苦労なんてしてほしくないのに」

 ポラリスは、これまでにない憤りを感じました。体の芯から湧く、熱くて熱くてたまらない血の流れを感じました。
「ヒヒーン!」
と嘶くと、でたらめに走り出しました。
 ルシオはハッと我に返って、ポラリスを追いかけましたが、あまりの速さに追い付けません。

 ポラリスは走ります。ルシオを理解できない悔しさ、ルシオに理解されない寂しさ、ルシオを傷つけた馬丁への怒り、勝手に尊いと持ち上げられる気持ち悪さ。自分はお姫様の馬でなくなったら、価値がないのだろうか。


 めちゃくちゃに走って、大きな川沿いの道に出ました。少し先に橋が見えます。曲がって橋を渡ろうと速度を緩めたとき、木の影からポラリスに突進するものがありました。

 体制を崩し、倒れたポラリスの前に現れたのは、顔を赤くした馬丁でした。
「よくも俺を蹴り飛ばしたな? もうお前はお姫様の馬じゃない。それに、俺も首を切られるだろうさ。その前に、仕返しはきっちりしないとな」
そう言うと、鞭をおもいっきり振ってポラリスを打ちました。

 ポラリスは悲鳴を上げます。何度も何度も打たれて、何度も何度も鳴きました。
 体中から血が滴ります。
 しかし、馬丁は手を緩めません。そればかりか、どこからか持ってきた恐ろしい斧を振りかざしています。
 「これでおしまいだ」
馬丁は、かかげた斧を振り下ろします。


 その時、ザザザッと銀の兵隊があっというまに現れて、馬丁を簡単に拘束してしまいました。

 橋を渡って、たくさんの兵隊を連れた白い馬車が近づきます。
 馬車がと停まると、 兵隊は皆敬礼をして主を待ちます。
 降りてきたのは、お姫様でした。

 「ポラリス。可哀そうな私の馬」
 お姫様がポラリスに近づきます。馬丁は大声で、
「ポラリスは下賤の者を背に乗せました。私を殺すなら、その馬も殺してください」
と騒ぎました。兵隊がぎゅっと縄を絞って馬丁を黙らせます。

 「ポラリス、私のかわいい馬よ。お前は、私以外の者を乗せたのか。もうお前は私だけの馬ではないのか」
 お姫様は残念そうに言います。

 そこへ息も絶え絶えにルシオがやってきます。
 ルシオは膝を折って控えると、お姫様に言いました。
「ポラリスは、私の為にしたのです。老いぼれ、怪我をした私をかばったのです。私が悪いのです。ポラリスにはどうかお情けを」
 「許せぬ」
 お姫様は言います。
「ポラリス、私のことは頭になかったか? 私の馬という誇りはなかったか?」
 ポラリスが答えます。
「お姫様を乗せて走るのが好きでした。でも、目の前のことに頭が真っ白でした。友達が辛そうなのをほっておくのが、尊い馬でしょうか?」
 お姫様は、
 「それでも、お前はもう私の馬ではない」
とポラリスを見据えます。
 ルシオは、ポラリスに鼻面を寄せました。

 「しかし、かわいいポラリス。生きるといい。そのロバと一緒に。馬車でも荷車でも引いて、生きていくがいい」
そういうとお姫様は馬車に乗って行ってしまいました。


 ポラリスとルシオは、あてもなく歩きました。
いよいよ街の外れまでくると、あの老人の旅人に声をかけられました。
 ルシオが訳を話すと、旅人は快く二人を受け入れ、一緒に旅をすることになりました。

 ポラリスとルシオは、重い荷を運びながら、あっちへ旅し、こっちへ旅をしました。けして楽な日はありませんでしたが、ポラリスは、ルシオと一緒にいられることを嬉しく思いました。

 ポラリスがルシオに聞きます。
「私、まだあなたの尊い友達?」
ルシオが答えます。
「ずっと尊い友達」

 ルシオが歩けなくなると、老夫婦は家を買って暮らしました。
 ポラリスは、夫婦の息子と旅を続けます。たくさんの人と出会い、たくさんの人を助けながら。


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?