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アマゾン川で旅をした。

私には8つ上の従兄弟がいる。この従兄弟がたいそう優秀で、かの有名な某国立大を卒業し、そしてかの有名な名の知れている企業に就職。その企業をサラッと退職したと思えば、今はどこかの博物館で学芸員をしているとのことだ。そんな自由気ままに生きる彼のことを、私は尊敬しているし、ちょっぴり羨望の眼差しでもみている。

そんな彼が何年か前にある話をしてくれた。

アマゾン川は何日もかけて船で巡ることができるんだって。その間はハンモックを船に引っかけて寝るらしい。きっとさぞかしいい気分なんだろうな。

彼はまた旅好きでもあり様々な場所に足を伸ばしていたが、未だにアマゾン川を流れたことはないようだった。
当時の私は、よもや自分がこんなに旅をする人間になるなんて思ってもいなかったから、ふーんと雑誌片手に聞き流していた。

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そして月日は過ぎ2019年の8月。
彼がしてみたかった旅を、私はしている。

ITABERABA号は、ブラジルとコロンビアの国境タバティンガから、アマゾン川の中心地マナウスまでを、3泊4日もかけて私達を乗せて流れる。乗客の大半は地元の人で、その中にぽつぽつと旅行者の姿があった。
チケットは200レアル(約6000円)、三食込み、浄水器で濾過された水も飲み放題でこの値段は相当お値打ちだ。船にはトイレやシャワーもついていて、もちろん清潔とは言えないけれど、汚くはない。食事も鶏肉をメインとした料理、豆や米にパスタと結構なボリュームがある。まあ野菜不足なのは否めないけどわがままは言えない。

船上での昼食、何の種類かわからない魚のフライなど

3階建船の2階部分に乗客はハンモックをつるして、日中の大半をハンモックで過ごす。ここにはwi-fiも電波もない。あるのは人の声、船のエンジン音、川を流れる水の音くらいだ。手持ち無沙汰っちゃ手持ち無沙汰であることに間違いはない。でもハンモックで心地よく揺れながら、結び目の隙間から覗くアマゾン川を眺める時間は、日本にいたら考えられないほど贅沢な時間の使い方だ。

日中はハンモックと共にのんびり過ごせるのだが、日が沈むと急に気温が下がる。昼は半袖半ズボンで過ごせるのに、寝る前になると長袖長ズボンに加えて上着まで欲しくなる寒さだ。川の上だからなのか、気温の変動が激しい。乗客のほとんどは慣れているのか、手早い様子で服を着込み暖かそうな毛布に身を包んでいた。事前の知識無しで乗船した私は幸運にも持参していた膝掛けで身を包み寒さを凌げたけれど、隣で眠っていたイタリア人は毛布なぞ持っておらず手足を擦り合わせていた。

隣のイタリア人、マルコ

それでも朝日が昇ると気温はまた上昇し、ハンモックで過ごすのに気持ちのいい温度の風が吹く。

アマゾン川の沿いには点々と家や村があって、遠目ながらその地で生活を営んでいる姿が見える。干された洗濯物、小舟を漕ぐ人、伐採された木々。
この地で生まれ育つことは、どういうことなんだろう。電波もない、ネットもない、凝った食品や服飾品も手に入らない。東京近郊で育った私とはまるで真逆の生活だ。東京ではその気になれば、何もかもが手に入る。選択肢は無数で、それはとても幸せなことかもしれない。ただ選択肢がないことが不幸であるのかはわからない。だってアマゾン川でおそらく一生を終える彼らの顔は、笑顔に溢れ幸せそうにみえるのだ。

船の隙間から覗く熱帯雨林

考えている途中で微睡んでしまっていた。ハンモックには睡魔を誘う魔力があるのだろうか。寝すぎて頭が鉛のように重い。
魔のハンモックから抜け出し3階のデッキ部分に上がると、各々の時間の過ごし方をしている人達に出会う。

賭けトランプをしている地元民
夕方になるとビールが販売される

デッキの上は生ぬるい風が吹いて、ハンモックと違った心地よさがある。そして何より眺めが抜群にいい。
Googleマップでは糸の細さしかないアマゾン川も、デッキ後方部から望むと途方もなく広くみえる。アマゾン川は世界一の流域面積を持つと地理の授業で習ったけれど、さすが世界一の広さだ。コーヒー牛乳色の水はお世辞にも綺麗とは言えないけれど、熱帯雨林に沿って流れる川は美しいし、川に沈む夕日の姿は言葉にするのが失礼と言うほどに格別であることは間違いない。

きっと月日が経つと忘れてしまうのはわかっている、それでも忘れないように強く目に焼き付けた。

アマゾン川に沈む夕日

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従兄弟は未だにこの旅をしたいと思っているだろうか。そもそも彼はそんな話をしたことさえ忘れてしまっているかもしれない。
それでもいい。それでもこの旅がどんなに素晴らしいものだったのかをきっかけをくれた彼に伝えたかった。

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