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書記の読書記録まとめ

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今までに読んだ本についてのレビュー。 ブクログ:https://booklog.jp/users/9512a62a15b04973
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#戦後文学の現在形

書記の読書記録#381『短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)』

『短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)』のレビュー 金達寿「朴達の裁判」は『戦後文学の現在形』収録作。 レビュー世界各地から集めた粒揃いの短編。知らない作家を知るいい機会になり,また近年の世界情勢を推し量ることもできる。 ピックアップ: コルタサル 「南部高速道路」 初っ端はアルゼンチンの文学。日常世界に隣接した気だるさの感覚がよく読み取れる。長いようで短い,時間感覚を麻痺させる,短編ならではの良さがある。 ディック 「小さな黒い箱」

書記の読書記録#251「苦海浄土」

石牟礼道子「苦海浄土」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録。 レビュー本書は,「苦海浄土」「神々の村」「天の魚」の,いわゆる水俣三部作を全て収録したものである。 水俣病に関する活動について示されている文学作品で,複数の視点を活用することにより物語としての強度を上げている。単なる事物の羅列にとどまらない,著者の編纂の底力が見える。事実と情動のバランス感に優れる,稀有な作品であろう。 描かれる世界というのはまさに地獄の底に等しく,その中で闘う人々の美醜がつまっている。ある

書記の読書記録#239「恋する原発」

高橋源一郎「恋する原発」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作。 レビューつまらなくはなかったのだが,わざわざ現代でやることか?と疑問(作者について何も知らないで読んだら,今更ポストモダンもどきですかって思う)。不謹慎なことは結構なのだが,結果として不謹慎を目的にしている気がする。結局は固有名詞のインパクトには勝てないのだ。 メタフィクションなのかパロディなのか,いずれにしても文学表現には限界がある。それに対する悲しみがこういった作品の原動力なのだろう。 あなたは、こ

書記の読書記録#235「想像ラジオ」

いとうせいこう「想像ラジオ」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作。 レビュー第35回野間文芸新人賞受賞作,第11回2014年本屋大賞ノミネート。 いわゆる「震災文学」の一種であり,それにより評価は大抵参考にならないものとなっている。涙腺が破綻している読者があまりに多すぎる。 本作は芥川賞候補作でもあり,選評をいくつか引用する。私の感想としてはその折衷を採用したいところだ。 肯定意見:高樹のぶ子の選評「小説を書く目的として最も相応しくないのがヒューマニズムだというこ

書記の読書記録#231「槿」

古井由吉「槿」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作。 レビューただただ退屈だった。 本作に込められた手法について,松浦寿輝による解説に詳しいが,果たしてこれを長編でやる意味はあるのか疑問。一種のリアリティについては同意するけれども,やはり簡潔にまとめないと輪郭が薄れてしまうと思う。むしろ「輪郭のボヤけ」こそ本質なのかもしれない,それにしても退屈なのは変わらない。 本記事のもくじはこちら:

書記の読書記録#181「朱を奪うもの」

円地文子「朱を奪うもの」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録本。 レビュー1969年, 『朱を奪うもの』『傷ある翼』『虹と修羅』の一連の活動で第5回谷崎潤一郎賞を受賞。 本作はおそらくイプセンの劇に大きく影響されている(ちょうど新劇運動と被っているのか?)。また左翼運動とのつながりも見られる。 考察ポイントはたくさんあると思うが,ここでは冒頭のみ取り上げてみる。始まりは抜歯の場面から,さらに乳房の切除手術を受けたことの告白。この地点で,既に性の喪失への恐れが見られる。

書記の読書記録#165「千々にくだけて」

リービ英雄「千々にくだけて」のレビュー 「戦後文学の現在形」紹介本。 レビュー実験性と衝動の混じる作品だと思う。あとがきが事実を元にしているのであれば,「千々にくだけて」では9.11当時の心境を写生しようとした作品といえる。その時のエモーションを衝動として書き上げたノンフィクションを基調とするのだが,同時に日本語と英語を行き来する体験を文学世界に実験的に落とし込もうともしている。 本記事のもくじはこちら:

書記の読書記録#150「花芯」

瀬戸内晴美「花芯」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作品。 レビュー表題作『花芯』は1958年の作品,1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞した後の第1作で,ポルノ小説であるとの批判にさらされ,批評家より「子宮作家」とレッテルを貼られ,しばらく干されていたのだという。 直接的な性愛描写を,隠すことを美徳としてきた(一部の)世間に対する,堂々たる反抗と読んだ。家庭というのは女性にとっては大きな制約なのであって,作者の裏表のない讃歌によって,子宮は自由へと

書記の読書記録#119「桜の森の満開の下・白痴 他12篇」

坂口安吾「桜の森の満開の下・白痴 他12篇」のレビュー 「戦後文学の現在形」にて紹介された本。 レビュー私は作品を読むときに「どう死なすか」を重点的に見ているのだが,その視点からすると,坂口安吾の作品は随分と手ぬるいものだ。とはいえ無意味に死なす近年の感動を求める風潮?に比べればはるかにマシ。現代において,坂口安吾の示す姿勢は参考になるだろう。 以下主要作品についての感想。 「白痴」 戦火と微睡みが両立する世界観に単純に惹かれた。理知に対するカウンターとしての白痴の

書記の読書記録#106「キッチン」

吉本ばなな「キッチン」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作品。 レビューよく暖かいと言われそうな感じがするけど,むしろ「ぬるい」って印象。その筆頭が吉本ばななの作品だった。本作は1987年に発表のデビュー作で,海燕新人文学賞を受賞,意外と古い。全体的に,単に書いてる風を装ってる感じ。特に何かかきたてるものもなし。 ただ注目すべき点はある。「キッチン」では最初から最後まで,"死体を置く"ことをやめていない。その事実一つを取るだけでも,作品に流れる時間感覚は大きく分裂する

「戦後文学の現在形」読書記録まとめ

本記事では,紅野謙介・内藤千珠子・成田龍「<戦後文学>の現在形」に収録された作品の読書記録をまとめる。 Ⅰ期坂口安吾「戦争と一人の女」 原民喜「夏の花」 武田泰淳「蝮のすえ」 大岡昇平「俘虜記」 林芙美子「浮雲」 太田洋子「半人間」 深沢七郎「楢山節考」 幸田文「流れる」 円地文子「朱を奪うもの」 瀬戸内晴美「花芯」 松本清張「点と線」 金達寿「朴達の裁判」 倉橋由美子「パルタイ」 小島信夫「抱擁家族」 野坂昭如「エロ事師たち」 河野多恵子「不

書記の読書記録#98「点と線」

松本清張「点と線」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作品。 レビュー一般に,社会性のある題材を扱い,作品世界のリアリティを重んじた作風の推理小説を指す。事件そのものに加え,事件の背景を丁寧に描くのが特徴。(Wikipedia「社会派推理小説」より引用) 「点と線」は1958年の作品。これをはじめとしたミステリー小説により,松本清張は現在では社会派を代表する作家に位置づけられている。作者の言葉によればこの時期で既に「社会派」という用語は定着していたようだ。 推理小説の

書記の読書記録#86「箱男」

安部公房「箱男」のレビュー 「戦後文学の現在形」収録作品。 レビュー覗き窓といえば,江戸川乱歩「屋根裏の散歩道」が印象的だろうか。「箱男」は随分と用意周到かつ大胆で,わざわざ箱を被ってまで「覗き窓」をこしらえるのである。そうして一市民を超越する。現代の「民衆」の姿と,そう変わらないような気もする。 少し脱線 「偽物の方が圧倒的に価値がある。そこに本物になろうという意志があるだけ,偽物の方が本物より本物だ」(西尾維新「偽物語」より引用) なおこのセリフに並べて,「本物

書記の読書記録#72「エロ事師たち」

野坂昭如「エロ事師たち」のレビュー 「戦後文学の現在形」にて紹介された本。 レビューお上の目をかいくぐり、世の男どもにあらゆる享楽の手管を提供する、これすなわち「エロ事師」の生業なり――享楽と猥雑の真っ只中で、したたかに棲息する主人公・スブやん。他人を勃たせるのはお手のものだが、彼を取り巻く男たちの性は、どこかいびつで滑稽で苛烈で、そして切ない……正常なる男女の美しきまぐわいやオーガズムなんぞどこ吹く風、ニッポン文学に永遠に屹立する傑作。 名前は知っていたが,野坂昭如の