フィクションの世界で【短編小説】

感情移入しやすい僕にとって、「本」は嫌いなものの1つだ。

いや、正確には、作られた話、つまりフィクションの世界が、だ。

主人公たちがどんなに楽しい想いをしようと、主人公たちがどんなに凄いことを成し遂げようと、「終わり(この物語はフィクションです。)」の一文で全て無かったことになってしまう。全て「真っ赤な嘘」ということになってしまう。

もちろん作り話に嘘も何もないのだが、いつも物語を読み終えると、悲しい気持ちになる。

しかもこの世界には、「幸せ過ぎる話は大体フィクション」というよくわからない法則もある。

「幸せ過ぎるノンフィクション」なんて僕が知っている限り、伝記くらいだ。



...なんて小難しいことを、僕はいつも考えてしまい、ボーッとしてしまう。

僕はそんなとき、いつも隣にいる彼女に起こされるのだ。

「あれ、またボーッとしてる。起きてー、おーい、まーくーん。」

意識を脳内から現実に戻すと、僕の恋人の五月(さつき)ちゃんが僕の目の前で手を振っていた。

「あ、起きた起きた。ほら、バス、着いたよ。映画館。」

自分たちで言うのは違うかもしれないが、僕らは非常に仲の良いカップルだ。

お互いがお互いを愛しあっていて、2週に1度はデートに行く。

今日も恋愛映画を見ようと映画館に来た。


1時間50分の観賞時間は本当に楽しかった。

映画の内容も面白かったが、五月と映画を観れることが何よりも幸せだった。

帰りのバスを待っていると、五月が僕の肩をトントン、と叩いて、

「ところでさ、まー君、明々後日、誕生日だよね?」と問いかけてきた。

「うん、そうだよ。」

「じゃあさ、これあげる!」

五月が差し出した包みを広げると、僕好みのカッコいい筆箱が入っていた。

「え!すごいね!でもすごいちゃんとした筆箱じゃん!高かったでしょ!」

「何言ってんのまー君、これ、私が作ったんだよ。」

「ええ!めちゃくちゃクオリティー高いじゃん!本当にもらっていいの!」

「いいよいいよ。まー君にあげるために作ったんだから。でも...その代わり...ずっと私のそばに居てね。ずっとだよ...」

五月は頬を赤らめてそう言った。

僕は、言葉で「もちろん!」と言うのは何か恥ずかしかったので、黙って、五月の手を握った。

ああ、僕達は、幸せ過ぎるくらいに幸せだ。


ん、待てよ…

僕の頭に1つの言葉がよぎった。

「幸せ過ぎる話は大体フィクション」

今、僕は幸せ過ぎる。ということは、僕達の存在がフィクションである可能性は十分にある。

ひょっとすれば、僕は、作り話の作者に、やりたいように踊らされているだけなんじゃないか。


「まーくーん!もうバス来たよー!」

また考え事をしてしまった。僕達はバスに乗り、他に乗客は居なかったので、2人で並んで座席に座った。

さっき考えたことは多分思い違いだろう。確かに僕は今幸せ過ぎるが、だからと言って「フィクション」と決定付けるのは違う気がする。

「まー君。」

五月が僕の肩にコトン、と傾くような形で倒れこんできた。

「五月、眠いの?」

『うん。でも、ここで寝ちゃうのもったいない気がするんだ…せっかくまーくんとのデートなのに…』

「あぁ、いいよいいよ。またいつでもデートに行こう。楽しい思い出を何度も作ろう。だから今日は寝ちゃっていいよ」

『…そうだね。ありがとう、まー君。大好きだよ。』

まもなく彼女は寝息をたてて、寝てしまった。

やっぱり僕は幸せだ。でも、幸せということに何か恐怖を感じているのも事実だ。

やっぱり幸せ過ぎる=フィクションなんだろうか。


その時、一気に恐怖に襲われた。

僕に、いや、この世界に何かが迫って来ている気がした。

「ん...?あ...私寝ちゃってた。」

五月が起きた。

「えへへ、ごめんね。」

そういうと五月は僕に抱きついてきた。

やめてくれ。これ以上、幸せを重ねないでくれ。

「この物語はフィクションです。」この一言で、この世界は終わってしまうというのに。

やめてくれ、やめてく...




終わりです(この物語はフィクションです。)

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