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映画『怪物』とアメリカの怪物

【ネタばれ有 この映画はネタバレなしで観た方がいいです】

 脚本が羅生門方式とか言われてますが、少し違います。『羅生門』は自分のことで精いっぱいのそれぞれがそれぞれに嘘をつくので事実がわからなくなる話。『怪物』では、キャラクターたちそれぞれの目線の出来事に嘘はない。キャラが自分の視点で事件を理解するしかないのは当然として、嘘をつかないで生きていくつらさのお話。
 脚本自体はむしろ、シルクスクリーン印刷でスクリーンを交換して色を重ねて画を完成させるみたいなかんじ。安藤サクラの母+世の中の目線、永山瑛太の小学校教師の目線、子供たちの目線を重ねて行ってお話が完成する。そのお話を、子役含めキャストそれぞれの演技の安定感の上に、田中裕子の校長先生と中村獅童の父親のアクセントを効かせて、作り込んだ脚本が破綻なく映像化されています。

 さらに細かい設定やシンボリズムも秀逸。今時、組体操を平気で実施する学校というのが冒頭で説明されて、学校側の不誠実な隠ぺい体質に憤る母親視点の展開に説得力を与えるとか。
 さらに靴。靴が片方だけになったり揃ったりする描写が視点ごとに意味があって、母親にはいじめの証拠になり、担任の先生の壊れた人生の象徴になり、生きづらい子供たちふたりの距離の描写になったりする。
 また、箸休めみたいにでてくる諏訪湖の風景と夜景が美しくて、子供たちの秘密基地になる廃線の端の廃車輛のセット/大道具も頑張ってて最後まで画面の隅まで注意深く鑑賞してしまうような映画でした。

 とはいえカンヌで、クイア・パルム賞なんて余計な賞をもらっちゃったんで、”ああ、このポスターの男子二人が恋するんだね”とネタバレ状態で観ることになってしまい、驚きは小さかったんです。完成度が高いので十分感動できるんですが…

 なんともつらかったのは、結局「生まれ変わる」が口癖の生きづらいふたりが、台風の夜秘密基地を襲った土砂崩れで(結果として)心中。やっとその後、晴れ渡った空のもと遮るもののない路に向かって駆けてゆく、という話だったところ。劇中、二人が秘密基地近くの廃線路の端まで辿り着くんですがフェンスで封鎖されていて、廃線路には入り込めずに眺めるだけというシーンがあります。ラストではそのフェンスが消えうせています。現世とは違う生きづらさのない世界にたどり着いたというラストです。ラストの廃線の描写は映画では一瞬ですが、ふたりが写ったポスターの画像をみると、背景にフェンスがない(もしくは写していない)のは明らかです。ここは解釈の違いもネタバレも何もなく、映画ポスターの画像がもう現世にはいない二人なのです。
 
 完成度の高い、普遍的な作品というのは、同時に公開された瞬間の時代を描くものでもあるわけですが、そんな訳で結構つらかった。「女性セブン」にアウティングされた後、”生まれ変わり”を願った猿之助の事件の直後だけあって……つらかった。
 2012年の新春浅草歌舞伎で亀治郎(現猿之助)のをどり「独楽」をみて、眠くならない日舞があるんだ! 亀治郎の芸は凄い! と感動したのとか脈絡なく思い出しました。
 もうひとつアメリカの映画業界的にはタイムリーな内容になってしまっています。2022年2月フロリダ州で小学校三年生までの初等教育で性的指向や性自認に関する学校での議論を制限する法律が成立。米国内で批判が集まる中、フロリダ州でディズニーワールドを展開しているディズニーは当初立場を明確にしませんでした。そうしたところLGBT当事者のディズニー従業員たちから突き上げをくらい、当時のチェイペックCEOは社員へ謝罪した上でフロリダ州における政治献金を停止。金の切れ目が縁の切れ目とばかり、法案を推進したデサンティス州知事は様々な嫌がらせをディズニーに繰り出し、2023年4月にディズニーは自社の言論の自由に対しての州政府権力を使用した報復に対して、デサンティス フロリダ州知事を訴えています。デサンティスはトランプ支持層の反リベラル感情の尻馬に乗って州知事に当選したものの、あっさりトランプを裏切って2024年大統領選への出馬を先日表明した、なんか気持ち悪い男。
 このデサンティス州知事とディズニーとのフロリダでの大激突、すべては性的マイノリティの子供をより生きづらくする法律の制定からはじまった話です。この映画での【怪物】はつまるところ子供たちを追い詰める教育システムと家庭です。このデサンティスは大統領にまでなろうとしているわけですから怪物としては最悪の部類。その文脈で米国でこの映画がどれくらい話題になるか? Well Go Entertainment(画像はIMDBProより引用)というアジアのジャンル系映画を主に扱う小さな配給会社が『怪物』を米国で配給するようですが、今後は米国での展開に注目したいと思います。