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バイシクル・ガール

「通り過ぎたあの子はいったい誰だったのだろう」

ぼくは、アルバイト以外ほとんど外へ出ません。世間は新型コロナウィルスで外出自粛ムードですが、ぼくの生活において外に出るという行為に関していえば、ほとんど影響がないといっていいです。

そんな出不精なぼくですが、散歩は好きでたまに家の近所を歩きます。
昨日もバイトを終えたあと、気分転換がてら住宅街をぶらついていました。

ぼくの散歩スタイルは行き当たりばったり方式です。腕時計のタイマー機能で、15分間思いつくまま道を行き、15分経ったら来た道を戻っていくのです。

思いつくまま住宅街を抜け、街の表通りを東へと進んでいきました。次第に上り坂となり僕はえっちらおっちら歩を進めます。

するとそこへ、前方から自転車に乗った若い女性が颯爽と現れました。彼女は丁子色のスプリングコートを羽織り、さらりとした長い髪をなびかせていました。

彼女にとって坂道は下り坂です。ぐんぐんスピードを上げていきます。

自然と彼女の姿がはっきりと目に映りました。
あれ? 誰かに似ている……。
なんか目元とか、中学時代の同級生のあの子では?

そう思いながらも、自信がなくて彼女の姿を視界から外そうと、無意味に電線を見上げました。

彼女はシャーッと勢いよくぼくの横をすれ違い、通り過ぎてから、ぼくは思わず立ち止まりました。振り返って彼女の後姿を追います。けれど、すでにそこには彼女の姿は無く、ただぼくが歩いてきた道が続いているだけでした。

15分経過をつげるアラームが僕の耳に響きました。

道を行く人々はだれしも他人に見えます。
顔を合わせることをついついためらってしまう。
気が付いたとしても気づかぬふりをしてしまう。

けれど、たまに立ち止まりその人の後を追ってみたくなる。
彼女がこれからどんな道を行くのか少し気になる。

社会人になって一年経ったぼくは、足並みそろった学生という身分ではなくなりました。これから、ぼくは縦横無尽に歩き回るしかない。

彼女だってそうだ。スピードだって目的地だって違うでしょう。僕にとっての上り坂が、彼女にとっての下り坂かもしれない。

網目のように入り組んだ街では、ひょんなところで思いがけない出会いがあります。

昨日のぼくは確信の無いまま彼女とすれ違ってしまいました。もう同じように出会うことは無いでしょう。けれど、そんなすれ違うだけの出会いをぼくは大事にしたい。

本当に中学生時代の同級生であったかどうかは、今ではわからずじまいです。それでもとっても意味ある出会いでした。

中学時代のあの子を身近に思い出すことができましたから。
あの子がこれからも颯爽と自転車に乗っていますように。

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