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固定費をゼロに近づける/出版社とフリーランスが生き残るための1000の試論

「もはやお忘れであろう。或いは、ごくありきたりの常識としてしかご存じない方も多かろう。が、試みに東京の舗装道路を、どこといわず掘ってみれば、確実に、ドス黒い焼土がすぐさま現れてくるはずである」──阿佐田哲也『麻雀放浪記』(角川文庫)

出版社・クラーケンを立ち上げて1年以上が経った。

15年以上“野良”の編集者としてのキャリアはあるものの、出版社の経営者としては赤子も同然。

準備段階でいきなり詐欺師同然の流通代行会社に騙されそうになり、魑魅魍魎が跋扈する業界なのを思い出したほどだったが、その他はだいたい想定どおりに推移している。

この試論は、主にフリーランス編集者やライターを対象に、出版社を運営して軽やかに生き残っていく方法を探っていくものである。

期待できる収支やその計算方法をオープンにせずに、無責任にひとり出版社を推す人たちもいるが、基本的に僕が推奨しているのは、編集者がライターかデザイナーか営業と組んで運営するふたり出版社である。

もちろん会社と組んでもよくて、クラーケンもこのタイプだ(会社同士で出版社を共同運営。片方は僕の個人事務所なので、個人と法人が組んでいるようなものだ)。重要なのはレベニューシェアにすること。本をつくる上での主要な業務ふたつをレベニューシェアにできれば、圧倒的に固定費を減らせる。

ひとり出版社のほうがもちろん理論上の利益率は上がるのだが、タイトルが増えてくると雑務で生産性が下がってしまうだろう。年4冊くらいと決めてひとりでやるのなら楽勝だが、それ以上となると、ふたり出版社のほうが明らかに優位性がある。

なお、編集者やライターが出版社を立ち上げるのは本当に簡単なので、興味がある人はクラーケンのサイトを見てもらえれば。もしくは版元ドットコムに寄稿したテキストを参照してほしい。

出版業界は既得権益がものすごく、新規の出版社は恐ろしく不利な条件で戦わなくてはならない。1000円の書籍が1冊書店で売れると、KADOKAWAなら710円(掛率71%)が手に入るが、ウチのような新規出版社だと550円〜650円がいいところだ。

この理不尽としか言いようがない条件格差を前提に、いかに同等で戦えるようにやっていくか。いわば、弱者の戦略を探っていくのが本連載(予定)と言ってもいいかもしれない。

その方法のひとつが、固定費をゼロに近づけることだ。ひとり出版社の経営者で「やっと事務所を借りられた」的なことを言う人がいるのだが、僕は正直、あまり同意できない。大手との条件格差を詰められないからだ。

あくまで個人的な考えだが、(本のクオリティと無関係な)事務所を“新たに”借りる余裕があるなら、そのお金で著者の印税を多く払ったほうが良い。クラーケンの印税は、いまのところ全て製造部数の10%だ。

実売印税にしたり(海外では主流だ)、印税率を8%に下げたりしたほうが原価的には相当楽になるものの、それではさらに大手に条件で負けてしまう。クオリティを維持しながら別のコストを削って、大手とも対等に戦っていきたい。

KADOKAWAが高級レストランを運営したり、ホールディングスに1タイトルあたり5万円を上納したりするのを横目に、われわれは固定費を削減して格差を埋めるのである!(KADOKAWA大好きです。念のため)

結果として、クラーケンが現在払っている固定費は、倉庫代2万5000円/月と、流通代行(トランスビュー)の基本料金1万円/月だけである。合計3万5000円/月だ(正確には組合の会費などであと2000円/月くらいかかっている)。

人件費だけでなく事務所機能も込みでレベニューシェアにしているからだが(ちなみに事務所はかなり立派だ)、固定費を抑えた効果は絶大で、1年ちょっとで累計の粗利はギリギリ4ケタくらいになった。なので、いまのところ破綻の気配はない。

なお、この固定費も別事業をすることで無効化しているが、それはまた別の回に。

土地とかはそもそもは誰のものでもないんだから、使っていないあいだなら頼めばシェアしてくれるかもしれない的な期待を、僕は昔から持っている(できたばかりで流行ってなかった六本木のホテルのラウンジを、イベントスペースとして無料で何度か借りたこともある)。

冒頭に『麻雀放浪記』の序文を引用したのも、なんとなく昔は土地が誰のものでもなかった感が出ているからだ。メリットを提示して固定費を抑える方法を模索するのは、これからの(空き家なども増えていくらしい)日本において、とても有効な気がしている。

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