気づくことは世界を救う!かもしれない。
「雨、降っているのですね。」
偶然訪れたショップで買い物をした日。
レジ前で私が差し出した
他のショップの袋についた水滴を拭きながら、
その人は言った。
♢
「お荷物、まとめましょうか。
よろしければ一緒に袋にお入れします。」
四十歳代くらいのその男性は
ちらりと私を見遣ると、そう声をかけてくれた。
それは今までにもよくあった声かけだ。
その時の私は千手観音でもないのに、
マイバッグ以外にもいくつか袋を下げていたので、申し出を受け入れてまとめてもらうことにした。
先ほどの店を出た後少し雨に濡れて、
つまりは荷物にも雨がかかっていたことに
思い至らなかった。
その人は私の袋を預かると、
引き出しからティッシュのような紙を取り出して、わずかな雨の雫を
丁寧に拭き取ってくれた。
「お気遣い、ありがとうございます。
濡れていたことに
気がつきませんでした。
丁寧に袋を拭いていただいたのは
初めてのことで、感激です。」
わあ!と思うままに、
素直に言葉が出た。
その細やかな気遣いに
心打たれたのだった。
それはお店の人からしたら、
普通のことなのかもしれないけれど、
その時の私は少しの驚きを持って
嬉しさを感じていた。
私の言葉に
その人は照れたように微笑みながら、
「雨、ふっているのですね。
ここにいると、
外の天気がなかなかわからないのですよ。」
と、窓のない店内を見渡して言った。
私はもう一度お礼を言って店を出た。
ふわりとした温かい気持ちで歩き出した。
雨でも心は晴れやかだった。
あの男性も、
少しでも心緩んでくれただろうか。
ささやかな優しいおこないを、
息をするように出来る人たちがいる。
私はそれを見逃したくはない。
本当にちょっとしたことかもしれない。
駅で不意に落とした傘を拾ってくれたとか、
電車の中で
二人連れの人達が並んで座れるように
席を移動してくれたりとか、
お店のドアを、次に通る人のために
開けて待っていてくれたりだとか。
本人はきっと
何も求めずにただ、そうしてくれたのだろう。
一見、当たり前のようなことだと、
見過ごされがちな小さなことでも。
スルーしたくない。
たしかに気持ちを受け取ったことを、
きちんと伝えたい。
それがその人の心を温めて、
これからも優しさで世界を回してくれるのだと
信じる。
優しい何かに気づいて、
それを感じたままにちゃんと相手に伝えること。
それがじわじわと明日を、
世の中を、
良いものにする材料のひとつになっていくと
いいと思う。
微かすぎて、笑われるかもしれない。
そんなこと、誰だってやっているよ、
と思われることかもしれない。
本当にそうだろうか。
私は立派な人間ではない。
世の中の役に立つような仕事を
しているわけではないし、
大きな夢やビジョンを
掲げて生きているわけでもない。
大多数の波に埋もれる
なんてことない、ひとりの人間。
それでも
誰かのさりげない優しさに、
気づく才能だけはある。
その人たちのように、
できるなら私も優しくありたいと願う気持ちを、
もつことは出来る。
そんなことで世の中は良くなりはしないと、
絵空事だと思われても
いいじゃないか。
♢
春の優しい雨が
地面に染み込む様を見ていた。
木の根はそこから養分を吸い、
時が満ちれば
やがてたくさんの葉を繁らせ、
美しい花を咲かせてゆく。
その時が来るのを
私はここで楽しみに待っているのだ。
文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。