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ややちゃん。

ややちゃん。
きみのことを思い出すと
私はいつもやさしさについて考えるよ。

こどもは人を許す天才だ。
そんな言葉を
本で読んだことがあるんだ。
まだ天使に近いくらい
小さな女の子だったきみが見せてくれた
あの場面。
その言葉は本当なのかもしれないと
思わせてくれた。
やさしさは、いつ生まれるのだろう。
いつ生まれて、どこへいくのだろう。



⭐︎


ややちゃん
きみはひどく人見知りをする子だったね。
人見知りで敏感で
些細なことでも怖がった。
幼稚園のみんなが自由に
積み木を重ねたり
縄跳びをしたり
おままごとをしたりしている時、
きみはいつもひとりで
お絵描きをしていた。
うさぎのぬいぐるみを大事に抱えて。
それはややちゃんのおうちでも
いつも仲良くしてるうさぎなんだよね。
心を落ち着かせるために
一番の友だちを持ってきてもいいと
先生が特別に言ってくれたんだよね。
後できみのお母さんから聞いたよ。

きみは
時々ちらちらと他の子をみていたから、
全く関心がないわけでもなかったのだろう。
人見知りすることにかけては
プロ級の私には、
きみの気持ちがよくわかった。


あの日
男の子たちはお部屋でボール遊びをしていた。
先生が何度も注意したけれど
遊ぶことに一生懸命だったんだ。
だからやめなかった。
そのうちに
あるやんちゃな男の子の蹴ったボールが
ややちゃんの顔に当たったんだよね。
痛かったし、びっくりしたきみは、
顔を赤くして泣き出してしまった。
おろおろする男の子。
先生の叱る声。
ややちゃんの涙。
先生は男の子に
「ややちゃんに、ごめんなさいしようね」
って言ったけれど、
その子は謝れなかった。
きっと悪いことしたなと思っていたのだろうけれど、バツが悪かったのかもしれない。
男の子は
部屋の隅のほうに座りめそめそ泣いていた。

ややちゃんは
泣き止んだばかりの
まだ鼻の頭の赤いままで男の子を見ていた。
どんな気持ちで見ていたのだろう。
その後の
きみのおこないは、
私の想像を超えていたんだ。


ややちゃんは
ゆっくり歩いていって男の子の横に座った。
そして小さな手を
少しぶるぶる震わせながら、
男の子の頭を
そおっとそおっと
何度も撫でた。
それから
いつも一番大切にしてるうさぎのぬいぐるみを
男の子の膝の上に
おずおずと乗せたんだ。
男の子は涙をぬぐう手を下ろすと、
うさぎをぎゅっとした。
そしてうさぎを撫でた。
男の子とややちゃんは
ふたりして穏やかに
はにかんだようにほほえみながら
うさぎをみつめてた。
「ありがとう。このうさぎ、かわいいね」
気持ちが落ち着いた男の子は
そう言ってややちゃんにうさぎを返した。
「ボールあてちゃって、ごめんね」


私はこの時のことを思い出すと
何度でも瞳が潤む。
ややちゃんが見せてくれた
心の泉の透明さを思う。
やさしさは、いつ生まれるのだろう。
まだ三歳だったややちゃんが見せてくれた
あのやさしさは、
持って生まれたものなのかな。
ややちゃんだけの特別なものなのか、
本当は誰もが持っているものなのか、
私にはわからない。
人には優しくしなさいと
大人が教えたとしても、
あの時のややちゃんのようには
できないだろうと思うんだ。
ボールを当てられたのに、
泣いている子に
自分の一番大切なものを渡して
慰めてあげること。
そのやさしさは
私の心を今も激しく揺さぶるんだ。
小さなきみが見せてくれたもので、
悲しいことばかりのこの世界は
まだ良くなれる、
人間は良い生き物になれる可能性がある
とわかって、救われたんだ。


その男の子にも変化があった。
少しわんぱくで困ったところもあったけれど、
誰かが椅子を運ぶのに手間取ったりしていると、進んで手伝ってあげるようになったんだ。
ややちゃんとのことが
理由なのかはわからないけれど、
やさしさは
連なっていくものなのかもしれない。
あの男の子の中に
気持ちの変化や気づきがあったのだと思う。
誰かに貰ったやさしさを
他の誰かに渡してゆく。
違うかたちでもかまわないから。
それがきっと
時には世の中を覆ってしまうような
黒い感情にも負けない、
強いやさしさの輪をつくっていくのだと思う。





ややちゃん。
今きみはどこでどうしているのだろう。
どんな子に成長しているのかな。

私は、
やさしい人が割に合わない思いをしない
世の中であってほしいと、
あれからずっと願っているんだ。
やさしい人はなぜだか時々
後回しにされたり
損をしたり
軽んじられたりすることが
あるように思う。
でも
きみのやさしさを知っている人は、
きみが本当に困っている時に
手を差し伸べてくれるはずだと、
そういう人は必ずいるはずだと
私は信じてる。
きみのやさしさが他のやさしさを呼ぶ。
やさしさは連鎖する。
それを信じられるようになったんだ。



⭐︎⭐︎⭐︎


朗読や絵本の読み聞かせをする団体に
所属していた頃、
近隣の幼稚園や小学校に
よく出向いていました。
その時にある幼稚園で
ややちゃんに出会ったのです。

ややちゃんがしめしたやさしさは
いつになっても
薄まることなく私の中に存在し、
輝きを放っています。
ややちゃんのやさしさによって、
あの男の子が変わっていったように、
やさしさには人を巻き込むエネルギーが
あるのだと知りました。
それがどれほど
私を勇気づけてくれたことでしょう。

どうか
ややちゃんが幸せでありますように。
やさしい人が損をしない世の中で
ありますように。
そう心から願っています。












文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。