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【真実】コピーが書けない

JR東海は凄い。私の心は今でもその壁を越えられない。

「そうだ、京都行こう」

特にこの凄さがピンとこない人は、まんまとJR東海の戦略によって作られた世界に生きる人。

ある日突然このコピーのCMが流れ、世間の認識を変えた。


野暮ったくない誘い

神秘的な映像、音楽に思わず目と心を奪われ、画面に釘付けになったところで、最後にこのコピーが流れる。「そうだ、京都行こう」。

このCMが登場するまで、京都といえば修学旅行だった。嵐山を中心に原宿並みの観光地と化していたし、大人が改めて行くところではない。という予定調和があった。

しかしこれ、「そうだ」の一言で、若い女性を中心に「そういえば京都いいかも」の雰囲気を作り出し、一気に大人の旅行先として認識させた。


しかもそれが、観光地・京都の売りではなく乗車率を増やしたい新幹線のCMである、ということとなればもう鳥肌もの。

「新幹線に乗ってちょうだい!」なんて言わずに「そうだ」だけで、その目的を達成したのだから。


究極は、少ない

コピーの凄いところは、ダラダラ書かないで勝負しているところ。そしてその威力はダラダラ書くより、よっぽど強いところ。


私のように、あれも書かなきゃこれも書かなきゃと思っているやつはダメだ。

優秀なコピーとは不要なものをそぎ落とせるだけそぎ落とし、あれ?ちょっと落としすぎじゃない?ぐらいの量で、残りは相手の解釈に委ねて勝負する。

本当にプロの仕業だと思う。


コピーが書けない

私の崇拝する「宣伝会議」を主宰とした、宣伝会議賞という年に一度のコピーコンクールがある。プロアマ年齢性別国籍問わず、とにかく誰でも応募可能なコピーの全国大会だ。


そうだ京都行こう。に魅せられた私も毎年ノリノリでエントリーするのだが、まぁーこれが書けない。

そぎ落とす作業は、考えれば考えるほど、難しい(語彙力)からだ。


私が思う、優れたコピーのポイントは、

直接的にそれを指さなくても、その商品の特徴が「確かにそうかも」と伝わるもの

だと思っている。

はっきり言ってこれが正しいのかどうかも良くわからないけど、とにかくこれまで私は、たくさん書いた。


削りすぎて何を言っているのか意味不明なもの。うまく言おうとして何を言っているのか意味不明なもの。要するに意味不明なもの。最終的にダジャレ。最終的に全部”そうだ”付けちゃう。

駄作だ。


そんな私だが、過去に一度だけ最終選考の一歩手前(最終選考ではない)に一本だけ残ったことがある。

選ばれたのだから晒してもいいだろう。それはDHA入りの魚肉ソーセージのコピーだった。

剥く時の集中力が、日に日に増している

どうだい?微妙だろう?


DHAの特徴を「集中力」で表し、さらに「日に日に」というところで毎日の習慣化を促している。意識したポイント通りの素晴らしいコピーじゃないか。ただ、

私はこのコピーが選ばれているとを知った時、信じられないことに書いた事を忘れていた。

文字を削ぎ落とすどころか記憶からも削ぎ落とされていたのだ。


そぎ落とす作業

本当にできる言葉は、少ない。これが究極の目標だが、


今年も宣伝会議賞には挑戦するつもり。何度だって考え続ける。

ただ夜中まで粘るのは禁物だ。削ぎ落とす作業は集中力を要する。

本日のnoteも夜中までダラダラ書いてしまった。


そうだ、そろそろ寝よう。






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