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ショートショート171【しっかりとした吉岡】

吉岡さんは誰にその評判を尋ねても「しっかりした人」と評されるような、たいへん仕事の出来る人である。


その所以は大きく分けて3つあると言われている。いや、正確にはそう思っている。誰が?私が。私がそう思っている。

私、つまりお前は誰かと思っている人がいるだろう。私はそう、一言で言えば吉岡さんの怒りの対象となった男とでも言っておこうか。まぁ簡単に言えば彼女に怒られた男だ。


話を少し前に戻そう。吉岡さんがしっかりした人だと言われる理由その1。彼女は「正義感の塊である」。

話は3日前の夜に遡る。


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私がラーメン屋で気持ちよくすすっていたところ「ちょっとあなた」という刺々しい声によりそれを静止せざるを得なくなる。

振り返ると吉岡さんが腕を組んで立っていた。「あなたはいっつもそうだ」とも言っている。

身に覚えが無いのでキョトンとしていると「彼女の財布を取ったわね」と唐突に畳みかけてくる。
親指の示す方向に目をやるといい歳してメソメソとする吉岡さんの後輩らしき女がいる。

私がやはりキョトンとしていると、吉岡さんのしっかりした人だと思われる2つ目の理由、”確かな裏付けがありそうな自信” が発動した。


「白状しなさい!」取調室の警官バリに詰め寄ってきた。
彼女なりに何らかの証拠を掴んでいるのだろう。その態度は大変毅然としているので「そういえば?」という気がしてくるから不思議だ。目の前にあるどんぶりがカツ丼にすら見えてくる。

そして畳みかけるようにして、吉岡さんがしっかりした人だと思われる3つ目の理由を垣間見ることとなる。彼女は”頭の回転が著しく早い”のだ。


一部始終を見ていた大将が間に割って入る。「まぁまぁ」
そして決定的な一言を放つ。「財布、そこに落ちてるよ」 それを私が拾って渡す。

かくして私の冤罪は見事に証明されたわけだがここで吉岡さんがしっかりとした人っぷりを発揮する。

「おじさま、良かったわね」そう言ってウィンクすると後輩の肩に手をやり「もう忘れましょう」と気遣って颯爽と店を出た。

「吉岡さん。ありがとう。」涙をぬぐう後輩の女がそう言って頷いたとき、私はあの女性の名前が”吉岡”であることを認識した。


彼女は今どんぶりの中で虚しく横たわる麺とは真逆の、とてもコシのある女性(ヒト)だった。
私はこれがカツ丼だったら伸びずに済んだのに、と思い箸を置く。

そして会計を済ませようとした時、財布がスられていることに気付いたのである。

吉岡さんは、たいへん仕事の出来る人であった。


大将に目をやる。すでに自分の持ち場に戻っている。
「お客さん、散々だったから今日はお代はいいよ。」嬉しい心遣いであった。



私はこのラーメン店がかつて「吉岡軒」だったことを思い出す。

吉岡さんは、たいへん仕事のできる人である。




**完**


本日も、最後までお読みいただきありがとうございました!


素で悪びれない人が、一番強いです。。。






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