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【実録】【真実】人生の周期

ショートショートやサッカーネタ以外でつらつらと書いてきたものが遂に100まで来ました!!

書いていたことは仕事や子育ての学びだったり、日常で感じた事だったりでしたが大きく括れば全て人生のメモ書きだったと思います。

で、記念すべき100回目は僕の人生を大雑把に振り返って「こんなことあったけど割と定期だよな」とか「あの時こうしていればよかったなら次そうしような」みたいな、そんなことを良い時と悪い時に分けて綴っておきたいと思います。

いつか見返した時、同じ事でつまずかないように。


■良い時

良い時というのは言い換えれば自己肯定感が強い時

自己肯定感が強いということは、迷いがない。迷いがないからとにかくエネルギーが凄い。するとそれは自然と周囲を巻き込むほどの魅力となる。

「楽しそう。」「頼りがいがある。」という評価を得て人々が集まりだす。評価も上がるし、何よりこういう時はモテる。
さらに努力の類もさほど苦に感じないからそれがまた成長の糧となりさらに好転を促す。

良い時を維持できる人というのはこれらが運ではなく、自ら引き寄せるものだということを知っている。自己肯定感を維持できればサイクルは良化し続けることを知っている。

だから自己啓発本には脳を騙してまでポジティブな発言に徹しろ。と書いてある。
運とは、量ではなく流れ。ということを強く意識してきた。「運を使い果たしちゃった~」などとは思わないようにした。
なぜなら、ずっと良い時期を続けることは(物理的には)不可能ではなかったからだ。

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しかし、

気付いたことがあるのです。
良い時、すなわち自己肯定感を強い時というのは同時に、悪い時への入り口に立っていることと同義である、ということを。



■良い時と悪い時の境目

強い自己肯定感というのは非常に恐ろしく、特に私のような未熟な人間にとっては危険極まりない代物でした。

自己肯定感の強い時というのは、言い換えれば自分自身のことに熱中できている状態と言えます。

「モテたいわー」「金欲しいわー」とつぶやいていても中々そうならないのに、あることに熱中していると自然と異性からよく見られていたり、お金が貯まっていたりすることがあります。

こういう時、「結果は後からついてくるもの(キリッ)」と人はどや顔で言うのですが、これは自己肯定感の強さと自分自身への熱中度の因果関係を示す証拠ではないかと思っています。

で、

この盲目的な自分自身への熱中度が、実はとても危険なのです。
それは、この熱中が少しでも先走ってしまうと「決めつけ」「押し付け」「他人否定」に姿を変えるからです。

いわゆる、調子に乗っちゃってる状態です。


少し整理します。
自分自身の信念、あるいは想いに基づいて熱中しています。そのエネルギーが周囲を巻き込んで成功のサイクルを作っていきます。結果が出ます。自信が出ます。また結果が出ます。自己肯定感が高まります。

誰かに教えたくなります(悪気は無い)。誰かが間違っていると助けなくてはと思います(悪気は無い)。
追い討ちをかけるように周りの人が自分に対して肯定的な意見を言ってくれます。益々自分の成功体験を以って周囲を正さなくてはと思います(悪気は無い。むしろ正義感)。

いつの間にか聞く耳を持てなくなっています。口調も高圧的になっています。鼻が伸びています。
徐々に周囲の人は心を閉ざしはじめます。チームの生産性が落ちてきます。上部だけのイエスマンが増えてきます。
知らず知らずのうちに良いサイクルにブレーキがかかっているのです。そして、

「悪い時」に突入します。

つまり、良い時と悪い時の境目は無く、良い時とは悪い時の始まりなのです。

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■悪い時

悪い時とは、良い時とは逆に自己肯定感が皆無な状態とも言えるけどそれより恐ろしいのが「無気力」、つまりやる気が起きない状態なのです。

良いサイクルのきっかけが”熱中”であれば、悪いサイクルはその入り口が全く見えない状態といえます。

そのきっかけはメンタルがへし折られるような体験の場合もあれば、執着してきたものが無くなってしまう、いわゆる燃え尽き症候群の場合もあります。

「明日から本気出す」と言いながら、ズルズルと月日が経っていきます。どんな前向きな啓発本も鬱陶しくなってきます。
なぜなら成功の秘訣なんて知っているからです。知っていて、気持ちが乗らないからです。


そんな自分にはエネルギーがありません。魅力がありません。するとマウントを取ってくる輩が現れます。
本質ではなく人を見て意見をしてくる嫌なやつです。「決めつけ」「押し付け」「他人否定」をしてきます。それはいわば、”良い時の自分”の末期症状みたいなやつです。

ここで大事なのは必要以上に卑屈にならないことです。周りから認められて自己肯定感が上がったのと逆で、人に否定されると自己肯定感は一気に下がります。
でも慌てないことです。惑わされないことです。人に否定されても、自分は自分なのです。評価なんて自分で決めればいいのです。

卑屈になってオレは何てダメなんだ。と周囲に対して蔑むことは最悪です。認めてしまった方が楽だから多くの人がこれに陥ります。でも「オレはダメなやつだから」と言ってしまったらおしまいです。
言わないように、必死に耐えるという感覚も厳密には誤りだと思います。なぜなら、周囲に対して頑張る必要なんてないからです。


正直今のところ、この状況からの正しい脱出方法が分かっていません。ただ一つ言えることは、無理してもがく必要はないのではないか、ということです。

せいぜいマウントを取ってくる奴に、かつての調子に乗っていたころの自分を照らし合わせ、反面教師的に立場が逆転するのを待つのが良いのかもしれません。

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■嫉妬、怒り、欲望の功罪

実は悪い時から抜け出す方法として最も効果的な方法、すなわち心の底から熱中するものを見つける方法があります。
それは、嫉妬・怒り・欲望といったマイナスの精神をモチベーションに変えることです。

アンガーマネジメントという言葉があるぐらいなのでこれ自体は決して悪いことではないと思います。実際、これまでの自分の原動力も多分にこれらでした。

ただこれらのモチベーションには、大きな欠点があることに気付きました。マイナスの精神を発端に得た成功は、良いサイクルに入った途端 謙虚さを忘れてしまうからです。要はすぐに調子に乗っちゃうのです(泣)。


良い時というのは良くも悪くも盲目ですから、たとえこのことを知っていても基本的には調子に乗ります。人間とはそういうものです。だから歴史的に振り返っても、いつもいつも同じ失敗を繰り返すのです。


■波に揺られる

結局のところ、ずっと良い時でいられる条件とは、

神のような動機(例えば世のため人のため)で熱中し、常にポジティブにエネルギッシュに立ち振る舞い、一方で誰がおだてようが謙虚と感謝の気持ちを忘れず、背伸びすることなく自然体で成功を収めることである。

というのが結論です。無理です(笑)。

だから多くの人間はアホのように毎度毎度同じ過ちを犯すのだと思います。

つまり良い時や悪い時というのはある一定の周期をもって漏れなくやって来るので、ロジックだけ理解したうえで流れに身を委ねるというのが一番良いことかもしれません。

良い時には調子に乗らず、その代わり悪い時にも必要以上に卑屈にならないことです。


この文章を読み返している「自分」は今、良い時ですか?悪い時ですか?

いずれにせよ現状に対して無理に抗おうとせず、ロジックを意識しながらも、今そこに流れている波に揺られることです。
実はそれが一番当たり前で、それが正解なのだと思います。

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気付いたら3,000文字も書いていましたが、このことが皆さんの人生の一助となりましたら幸いです。自分ですら救えてないんですけどね(笑)。


本日も、最後までお読みいただきありがとうございました!



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