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【掌編】夜、静寂、魔法

BFC3オープンマイク作品です。
173「夜、静寂、魔法」
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 夜は静かだ。
「都会じゃ信じられないだろうけど、外灯の明かりは10m間隔にしかないんだ。住人だって夜中の一時には寝静まって、電気のひとつ付いていない。本当に、静かすぎて耳の奥で音がするみたいだったんだよ。山の上も本当に星が近くてさ。僕が魔法を使えたら、届いたんじゃないかってくらい! あんなに星って空に浮かんでいるものなんだね」
 目を輝かせ、細長く横へ伸びる耳を指してネムは言う。なんだか兎の耳を横向きにして、人間の耳の位置に取り付けたみたいだ、というのは共通の人間の知人談だ。話を聞いているカルアスは同じ位置にある耳を掻いて、紙袋に入ったポテトをつまんだ。
「あ、その顔、信じてないな」
「いや、正直、あんまり興味がなくて」
 連休前に突然街を飛び出して行ったネムは、電車一本で行けるかぎりの田舎へ向かい、山でキャンプをしてきたそうだ。朗らかに帰ってきたネムは、駅から帰宅する足でカルアスに電話をかけ、ファーストフード店まで引っ張り出してきたのである。街から一歩も出たことがなく、出るつもりもないカルアスにすれば、信じられない行動力だった。
「今度一緒に行こうよ。カルアスなら届くよ」
「届くって何に」
「星に。だってカルアスは学校一の魔法使いじゃないか」
 ポテトをつまむカルアスの手が止まる。
 ネムは幸福な夢を見るように微笑みを浮かべ、隣の席に立てかけてある箒を見た。魔法使いは空を飛ぶ。正確には魔法使いが飛ぶのではなく、持ち物の箒が浮遊力を持っているのだが、魔法使い以外にはどうでもいい話だ。ネムたち獣耳の一族が、本来なら人間より強い魔法を継いでいるはずなのも、どうでもよかった。
「流石に無理だろ」
 乾いた笑いがカルアスの口端からこぼれる。ほかの話題を振ろうと思ったが、口の中がぱさぱさで声が出てこなかった。
「カルアスがいればさ、電車なんかいらないし、いつでも行けるじゃんか」
「それは、そうだけど」
「僕は魔法使いじゃないからさ」
「知ってるよ」
「箒の乗り方とか分かんないけどさ」
「そうだろうね」
「でも、一緒に行きたいからさ」
 うん、としか言えない状況を作られる。カルアスは紡ぐべき言葉を探して左右に目を動かし、鋭くなってきた爪で頬を掻き、最後にポテトを見た。
「今度、タイミングが合えばな」
 夜は静かだ。
 カルアスはそのことをよく知っていた。魔法使いは夜空を飛ぶから。誰よりも星空の近くを駆けるから。ネムがわざわざ二日の休みを費やして知ったことを、とうの昔に知っていた。

夜、静寂、魔法


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