誰かの役に立つ連鎖は言葉で作られる
私には人に誇れるほどの知識や経験はなにもない。人の役に立つことができているのだろうか。ちゃんと社会に貢献できているのだろうか。
そんなふうに思うことがよくありました。
でも、一番難しいことって人の役に立っていると自分自身が実感することなんじゃないかと思うのです。
「あなたが人の役に立ったことってなんですか?」と質問すれば、謙虚な人が多い日本人なら、「自分って誰かの役に立ってるんだろうか。」と考え込んでしまう人が多いでしょう。
私が人の役に立ったことってなんだろうって考えた時にふと思い浮かんだことは、文章を書くことを始めて、自分の文章を読んだ人に感謝されたことでした。
自分の文章が人の心を動かしたという経験は財産となり自信にもなりました。
私の書いた文章に救われたとnoteにコメントをくださった方、感動して涙が出たと言ってくださったクライアント様には本当に感謝しています。
言葉にしてくれないと私が誰かの役に立ったと実感することもできなかったのです。
仕事をして報酬を得ること以上に難しいことが、人の役に立つこと。
そして、人の役に立つことをしていると実感すること。
人の役に立っていると実感しながら仕事をしている人ってどのくらいいるのでしょうか。
そう思うと、私に人の役に立てたと実感させてくれた言葉がとてもありがたいことなのだと気付きます。
実際に人がしてくれたことで役にたったと思っても伝えなければ、その人は自分のしたことで役に立ったと実感することはできないのです。
役に立ったこと、助かったこと、感謝したことは、言葉にしてきっちり相手に伝えたい。
その言葉がまた誰かの役に立つことに繋がっていくのでしょう。
自分が誰の役に立てるのかは、役に立った人の言葉でしか測れないのです。
それは、仕事だけでなく夫や子ども、家族、友人に対しても同じ。
その人がいるだけで笑顔になったり、元気になることも役に立っていると言えます。
誰かの役に立っていることは自分が考える以上に多いのかもしれないとも思うのです。
人の役に立てるように私ができることを精一杯することと、人に感謝の言葉を伝えることを改めて続けていきたいと思う今日この頃です。
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