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【読書録】ナイルに死す / アガサ・クリスティ

2021年10月25日 読了

250ページくらいずっと殺人が起こらない展開に驚き。じっくりと多くの登場人物を描いていく前半がしっかりとキャラクターの魅力や伏線を描いていて、複雑に積み上げたプロットを最後に解放させるカタルシスはさすがだった。
伏線を積み上げながら同時に人物の魅力を描くプロット力もすごいが、それゆえに読者にとって、殺人が起こるシーンがとてもショックなものになっている。殺人事件が起きるのが当然である推理小説において、殺人にショックを受けるというのはすごい読書体験であるように思う。

登場人物全員がそれぞれ何らかの思惑を抱いていて、それらが交錯し複雑化する事件の中で、各キャラクターのロマンスなどドラマも描く没入感、さらにミスリードもまんまと作者の手のひらの上で、衝撃の真相を叩きつけられる気持ちよさもあり、とにかく完成度が高い小説だった。

しかし、個人的に特にしびれたのは、そこまでのドラマ性を描いておきながら最後の最後に「問題は未来であって、過去はどうでもいいのである」と締めくくる点だ。
壮大な人間ドラマを「どうでもいい」と言い放ち、テレビで流れるそんなドラマチックなニュースより競馬の勝敗のほうが大事だ、という締め方は一見ドライなようだが、「過去よりも未来へ目を向ける」というこの作品における重要なテーマ性をドライな締め方のなかに覗かせる構造がクールすぎて、読み終わった瞬間心のなかでスタンディングオベーションするほどだった。


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