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【読書日記】亡霊の地 / 陳思宏

2023年7月8日 読了。

この本は、祖師ヶ谷大蔵の喫茶店「黒田珈琲」さんにて7月に行われた読書会の課題本となっていて、自分もこの読書会に参加させていただいた。

自分にとって生まれて初めての読書会参加だったのだけれど、とても素敵な読書会で、そのときの様子もnoteにまとめているのでぜひ読んでもらえたら嬉しい。

この記事にも書いた通り、初めての読書会にも関わらずとてもハードな内容の課題本で、一言で本の感想を言い表すのがとてつもなく難しい本なのだけれど、せっかく読書会にも出て感想を語り合ってきたのだし、頑張って感想をまとめてみたいと思う。

この本は台湾文学賞、金鼎賞(この二つは台湾の二大文学賞らしい)を受賞した台湾の小説で、ニューヨークタイムズでも「最も読みたい本」に選出されるなど話題の作品だったようだけれど、日本では2023年の5月に初刊が出たばかりでまだ情報が少ない。改めて、発売1週間くらいで読書会の開催を決定した黒田珈琲さんの選書センスに脱帽する。

「永靖」という架空の台湾の地を舞台にした、7人兄妹の群像劇。5人の姉と、2人の弟。主人公は末っ子の男となっているけれど、それぞれ視点が変わりながら話が進む。

……いや、「話が進む」と言ったけれど実際は全く進まない。延々とこの7人兄妹の過去の回想、永靖という呪われた土地の歴史が、多くの登場人物の視点で描かれていく。
過去の回想と現在進行の視点が目まぐるしく変わり、回想から現在の視点に戻る際も何の説明もなく唐突に戻るので、ちょっとでも気を抜くと今がいつの話をしているのかわからなくなる(おそらく狙ってそういう描き方をしているんじゃないかと思われる)。

とにかく登場人物全員がろくでもない人生を送っている、地獄すぎる内容。姉たちは五女以外結婚しているが、長女は夫が博打好きで借金まみれ、次女はカスハラに苦しむ公務員、三女は夫にDVされまくってて四女は引きこもりで精神が狂っている。五女は体を切り付ける快感にハマって既に自殺している(簡単に書いたけれど実際はさらに酷いエピソードだらけである)。
主人公である次男はゲイで周囲からも虐げられ、永靖を出ていくもベルリンで作家として成功していたが、事実上同性婚状態にあった恋人を殺害してしまう。

永靖という地も本当に酷い場所で、作中でも「鬼地方」(くそったれの地)として描かれている。王(ワン)一家という金持ちが建てた巨大な住宅(ホワイトハウスと呼ばれている)以外は貧困が広がっていて、すぐ近くに豚の屠殺場があり死体は川に流され放題、子供がストリップで働いていたり学校は体罰が横行していて同性愛者が半殺しにされたり……。これでも時代設定は現代で携帯電話とかが普通にある、というのもおぞましい。

ベルリンで殺人を起こした主人公が出所し、「中元節」という日本でいうお盆に故郷へ戻ってくるというのが物語の主軸となりながらも、ひたすらこの永靖という街と、7人兄妹の家族の過去が時系列バラバラで語られていく。

主人公がなぜ恋人を殺したのか、なぜ五女は自殺したのか、といった色々な謎が、過去の回想の中で少しずつ、少しずつ明らかになっていく。というか、過去のエピソードが掘り下げられれば掘り下げられるほど次々と謎が出てくる出てくる。
謎が明らかになっては新たに生まれる。このミステリー的な「謎の一進一退」っぷりが面白く、こんな地獄のような内容にも関わらずページを捲る手は止められなくなる。

また、群像劇として色々な話が繋がっていく面白さもある。永靖という狭すぎる村社会のなかで、各登場人物のトラウマが連鎖的につながっていくところも(内容は胸糞が悪くて最悪だけれど)面白い。
この永靖という村の地獄っぷりが生々しすぎて、呪われた地のトラウマのループから誰も抜け出せない絶望感が凄い。

さらにこの作品の面白いところは、死者の視点まで描かれること。すでに死んで幽霊になった父や五女の視点が時折挟まれ、幽霊だけが知っている謎も少しずつ明らかにされていく。
最後の最後までじっくりと、パズルのピースが少しずつハマっていくように話が繋がり続ける構成は、単純にシナリオの完成度が高くてのめり込んでしまう。

しかし、「じゃあこの小説は群像劇ミステリーで、シナリオの完成度が高い作品なんですね」と言われると、う〜〜ん……と首を傾げてしまう。
「この本はいったい何小説なのか?」というのは、まさに読書会でも話題に上がったテーマで、この作品の不思議な魅力でもある。

というのも、この作品はミステリーとしてわかりやすくストーリーラインにスポットを当てた作品とは言い難い。
バラバラの時系列で回想される、各登場人物のエピソードの中の鋭すぎる人物描写や、永靖という土地の匂いまで立ち込めてきそうな圧倒的な映像的描写、対して美しくて描写されるベルリンの風景とのコントラスト……そういった文学的要素の良さが際立っていて、むしろミステリー的なストーリーラインはそれらに隠されているようにすら思う。

そういう意味で、この作品が「構成が良くできたミステリー小説」とカテゴライズされることには強い違和感があるし、読んだ人は誰もそんなカテゴライズはしないだろうと思う。
実際、読後に印象に残っているのも物語そのものよりも、映像的な風景や何気ないシーン・やり取りが多い。

この作品の不思議な魅力として自分が感じたのは、これほど殺伐とした地獄のような人生・環境が描かれながらもどこか牧歌的な、ほのぼのとした場面が多いことだ。
姉たちが久しぶりに集まって口喧嘩が止まらなくなるシーンとか、子供のころにわざわざ隣町まで行ってマクドナルドを買ってくるシーンとか、どこかほほえましく、郷愁をくすぐられるシーンが多いのもとても印象的だった。

しかしながら、読書会でも話題に上がった「ラストシーンの衝撃」については、序盤の序盤に配されたミスリードにまんまと騙される衝撃によるものであり、この辺りはまさに「ミステリー」的であるし、本当に不思議な作品だ。

永靖という地は作者の生まれ故郷がモデルになっていて、作者も同性愛者・九人兄妹であることから、ある程度自伝的な要素を含む小説だと思うのだけれど、とんでもないエピソードがありすぎて、どこまでが事実に基づいていてどこまでがオリジナルの発想なのかは気になるところだ。
作中のエピソードも「一体どこからそんな発想が湧いてくるのか??」というぶっ飛んだものばかりで、この計り知れなさもこの小説の凄まじさの一つだと思う。

読書会で「今年読んだ中では一番」と強く言っていた方がいらっしゃったけれど、自分も今のところぶっちぎりかもしれない。良さを言葉にするのが難しい作品だけれど、これ以上のインパクトがある読書体験をしばらくは想像できそうにない。


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