プリンアラモード[短編小説]
仕事の帰りに甘いものが食べたくなって、
ふらっと洋菓子店に寄った。
いつも帰る時に寄りたいとは思っていたのだが、
だいたいその欲は疲れの重みに負けてしまっていた。
しかし今日はすんでのところで踏みとどまった。
蝉の声も日が暮れてまばらになってきた。
店内に入ると商品のためだろうか、冷房ががんがん効いていて暑がりの私にはちょうど良かった。
甘いものと涼しさが同じ空間にあるとは
ここは夏場のオアシスかもしれない、と熱にうかされた頭で思った。
ふと目をやると、ぴかぴかに磨かれたショーケースの後ろに、店員がメモに目を落として立っているのが見えた。じっくりケーキを選びたい私にとっては、これくらいの距離感が心地よいのだ。
ショーケースを覗き込んだ瞬間店員にスタンバイされると「ケーキを選ぶ」という行為に勝手にタイマーをつけられたような気分になり、
焦って大して欲しくもないケーキを選んでしまうからである。
しばらく悩んで、せっかくだし、たまにはケーキ以外のものも選んでみようか、と思って視線を泳がせるとやけに豪華なプリンが見えた。
「プリンアラモード」というものらしい。
すると店員は私のプリンアラモードへの熱視線に気づいたのか、「…人気商品です」
と漏らした。本当に人気商品なら夕方まで残っているはずがないだろう、とは思ったが気づかれてしまった以上買わないのはなんだか気まずく思えてきて、「じゃあこれを1つ」と言って買って帰った。
家に帰り、お風呂を済ませ、晩御飯を適当に食べ(もちろんプリンアラモード用のお腹の余地を残して)、洋菓子店の箱を開けた。
やはり今見ても豪華なプリンだ。
プリンの上にはつやつやとした旬のフルーツがふんだんに乗っけられており、クリームもだいぶん使われている。品の良い容器にそのプリンは鎮座しており、スプーンを入れることが少しためらわれた。が、覚悟を決めてフルーツと少々のプリンを頬張った。
「…おいしい」
フルーツの爽やかな風味とプリンの甘さが合わさって、仕事の疲れがじわじわと癒されていく感じ、なるほどこれは、「あの店員にとって」人気商品だったのかもしれない。なんだか疲れていそうだったし。もしかして、譲ってくれたのだろうか。私ってそんなに疲れた顔をしていただろうか、と不安になってしまった。
結局プリンアラモードはあっという間に無くなってしまった。刺されていた可愛らしいピックは取り出して、容器を洗ってそっと食器乾燥機の中に置く。
「へ〜、アラモードってフランス語で流行りのって意味なんだ」
その夜ベッドでふと気になって調べてみた。
普段流行りなんてものは気にしないが、どこか
自分が時代の波に取り残されている気がして怖かった。
最近は特にそれが顕著で、流行りに乗らないことがはなから選択肢の中に用意されていないような圧力を感じることが多かった。
「でも今日のアラモードは良かったな…」
明日は今日食べたいちご色の、流行りのリップを塗っていくことにしよう、と静かに微笑んだ。
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