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ルワンダの虐殺/差別の日本

 2020年9月12日に、ルワンダで活動しているタケダノリヒロさんが主催するオンラインイベントに参加することができた。ルワンダの現在を肌で感じている方による、虐殺という歴史的事実の解説は、ニュースの文字や映像を通して知る情報を越えて伝わるリアルな感触があった。

【9/12 オンラインイベント 当事者に聞くルワンダ虐殺】
・【第1部】18:00~19:00 ルワンダ虐殺はなぜ起こった?ゼロから分かる解説
・【第2部】20:00~21:30 虐殺生存者グレースさんのお話(彼女運営の雑貨店から中継)
現地の女性に直接お話をうかがえる貴重な機会。ぜひ。
https://rwandanote.com/special/online-start-202009/

 最初に、1994年の凄惨な出来事の理解を深めるために、19世紀後半からはじまるドイツ、ベルギーによる植民地化から、説明がなされた[註1]。宗主国はともに間接統治を行い、少数派のツチを支配層に据えたことで、ツチから多数派のフツへの迫害が行われた。独立後はフツ政権となり、今度は逆にツチへ迫害が行われた(傀儡の国王の死により、独立以前から迫害・殺害・難民化が始まっていた)。ここでも最大の被害者は、子どもと女性であった。「未成年の少女を含む25万〜50万人の女性が強姦され、2千〜5千人が妊娠させられた」。貧困とともに植民地化が、迫害・虐殺の大きな原因の一つであった。

 そもそもフツとツチは別の「民族」なのであろうか?[註2] ドイツ植民地時代に至るまで、ツチとフツの区別はあまりなかったという。両者に明確な線が引かれたのは、ベルギー統治下の1932年、IDカード導入の時であったが、統治者が決めたその基準を知って愕然とした。それまでツチが牧畜を、フツが農耕を多く営んでいたから、牛を10頭以上飼っていたらツチ、それ以下はフツとしたのである。それからおよそ60年後、牛の数が、虐殺の加害者と被害者を分けることになったということである。(身体的特徴も参考程度にはされたようだが、同じ地域に住んでおり交流も盛んなので分けることはできない。)

 現在、ルワンダ 国内では、植民地時代のツチ(少数派)からフツ(多数派)への迫害については語られないという。1994年の虐殺を鎮圧したポール・カガメ氏率いる現政権の影響があるようだ。この虐殺は、正式には「The 1994 Genocide Against the Tutsi」と言われ、それ以前の迫害と区別されている。

 今年8月31日、映画『ホテル・ルワンダ』で 俳優ドン・チードルが演じた主人公のホテル支配人のモデルとなったポール・ルセサバギナ氏が逮捕された。これについても複雑怪奇で、政府の影響、関与があり、深く追求することは危険を伴うという。タケダさんは、何が正しい情報なのか判断するのは難しく、虐殺を生き抜いた当事者の話であっても、全てを信じることはできないだろうとおっしゃっていた。このリアリズムは現地で活動しているからこそであろう。ルワンダ虐殺を題材にした映画としては、現地で撮影されている『ルワンダの涙』がオススメとのこと。『ホテル・ルワンダ』は南アフリカで撮影された作品でした。

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 生存者のグレースさんのお話を聞いてから1週間以上経ったが、どう受け止めて、どのように血肉化するのがよいのか。

 彼女は幼い時から差別され続け、生まれてから幸福だと感じたことがないという。当時フツ至上主義が勃興、「ツチはゴキブリである」と喧伝され、小学校の先生からも「ゴキブリ」と言われていた。彼女は、毎日心が壊れていたと言っていた。94年に彼女が経験したことをここに記すことは(もちろんメモをつくったが)とても難しい。証言のディテールは真に迫っていたが、彼女の話した内容に自分の身体がついていっていない感じがする。

 「〇〇人はゴキブリである」。今の日本でも同じ言葉を吐く人間がいる。ルワンダのグレースさんに、言葉による差別から虐殺に至るまでの話を聞いてから二日後、朝鮮学校への苛烈なヘイト・スピーチに対して名誉毀損の罪が問われ罰金刑が言い渡されていた「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の元幹部の控訴審判決が出た。控訴棄却、被告側は上告するという。

朝鮮学校ヘイト、元在特会幹部の控訴棄却 拡声器使い名誉毀損発言、大阪高裁 (京都新聞 2020年9月14日)
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/357463

 罰金刑支持は当然としても、信じられないことに、判決は〈被告の発言の公益性などには言及せず、事実上、「朝鮮学校関係者かな、と思ったら110番して〉などの発言は公益目的だったとした、一審・京都地裁判決を追認する形となった〉のである。

 司法の場でヘイト・スピーチが公然と認められる。「公益」とは何を指しているのか。今すぐにではないかもしれないが、将来、凄惨な事件が日本で起こってもおかしくはない。ルワンダでは、隣人への差別、ヘイト・スピーチがあらわになってから35年ほど後に、100日間で50〜100万人の人が殺されたジェノサイドが起こったのである。

 2020年の都知事選で18万票を得た桜井誠は、この在特会の創設者である。狡猾にも差別的な思想を背後に隠し、都税ゼロという口ざわりのよいスローガンを掲げていたので、18万票イコール差別主義者の数とは言えないだろうが、まごうことなき人種差別主義者にこれだけの票が集ったことに愕然とする。同じ選挙で再選した小池百合子知事も同じ意味で非常に危うい。歴代の都知事が寄せてきた関東大震災の朝鮮人虐殺追悼式典への追悼文の送付を4年間、拒否し続けている。彼女の続投を支持した都民の数は、約370万人である。

関東大震災から97年、墨田区で法要 小池知事、朝鮮人虐殺に触れず
(東京新聞 2020年9月2日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/52547
(記者解説)朝鮮人虐殺、歴史直視を 小池知事の対応、ヘイト支える恐れ
(朝日新聞 2020年9月21日)https://www.asahi.com/articles/DA3S14629112.html

 日本も昔から様々な差別が存在していたが、2000年代に入り、在日コリアンに対するヘイト・スピーチが日常的に、より身近に見聞きされるようになってしまった。それからおよそ20年が経った2020年。ルワンダの歴史に当てはめてみると、差別が常態化してから1994年の虐殺まで、わずか15年しか経っていない。ルワンダではその間にも2万人が殺され、難民も出ている。もちろん現在の日本と当時のルワンダとでは時代も状況も異なるので、同じように事が進むわけではないだろう。しかし、ルワンダ虐殺の背景にあった、構造的な貧困や権力への盲従は、今の日本が抱えている問題と近似している。

 グレースさんは事件後、2年間、誰とも会うことができず、聖書を読みながら引きこもった生活をしていたという。しかし、神の言葉と実際に起った出来事が異なっていると感じ、外へ出た。同じ境遇にあった生存者たちと少しずつ交流をはじめ、彼女たちと物語を共有することで、心が開かれていったようである。

 私は、グレースさんに以下の質問をすることができた。

日本でも100年前ですが、東京で在日コリアンに対する大虐殺がありました。また2000年以降、ヘイトスピーチが増え、在日コリアン差別が目に見えるようになりました。今回お話を聞いて、日常的な差別が、虐殺にまで発展することがよくわかりました。悲惨な虐殺、殺人が起こらないためには、何が必要、大切だと思われますか?

 彼女はいくつかの答えをくれた。平和のために闘うこと。All humanbeings を意識すること——今回の新型コロナウィルスのパンデミックは人種差別をしなかった、と。これは、第1部で紹介されたMurambi Genocide Memorial Centerのスタッフによる次の言葉をすぐに思い起こした。「死体になったら黒人か白人かもわからない。人類はみな同じ。」[註3] そして彼女はこうも言った。「You are nothing.」あなたは何者でもない。あなた方は何人(種)でもないから人類は平等であるとも受け取れる。私には、あなたはいかなる権力も持ち合わせていない、いかなる他者も辱めることなどできないのだと聞こえた。

 最後に、グレースさんは参加者へ向けて「アンバサダーになってほしい。ルワンダ虐殺はなかったと、喧伝する人がいるから」と言っていた。関東大震災での朝鮮人虐殺[註4]、南京虐殺[註5]、ナチスによる虐殺と同じように、歴史的事実を否定する者がいるのである。すでに今回のオンラインイベント自体が、ルワンダの現在を伝える素晴らしいアンバサダーであった。過去と現在をリアルに結びつけるのは、今まさにアクションを起こしている人、プロジェクトなのである。果たして、私もアンバサダーの役割を担えるだろうか。


[註1]
説明は、以下の公的な記念館の情報を元に構成されていた。

Kigali Genocide Memorial
Murambi Genocide Memorial Center

[註2]
「民族」という言葉、定義については、以下の説明が参考になった。

『民族 Ethnic Group / Tribe / Nation 身近で、実はあいまいなもの』

[註3]
Murambi Genocide Memorial Centerには、虐殺犠牲者をミイラにして保管しており、観客は見ることができる。スタッフの言った「死体」とは、乾燥し肌の色が抜けてしまったミイラを指していると思われる。

[註4]
以下の書籍は、関東大震災の朝鮮人虐殺を学ぶ入口となるだろう。

九月、東京の路上で 1923年関東大震災 ジェノサイドの残響
http://korocolor.com/book/kugatsu.html

[註5]
南京虐殺は反論の余地のない史実であるが、今もって続く論争については以下に詳しい。

増補 南京事件論争史 日本人は史実をどう認識してきたか
https://www.heibonsha.co.jp/book/b378068.html

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