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淡い想いと光

この季節になると、よく蛍を見に行っていた。

車を手放してからのこの10年くらいは、全然行けて無いけれど。

蛍を見に最初に連れて行ってくれたのは、バイト先の同僚だった。
わたしは彼のことが好きだったけど、彼にはずーっと忘れられない片思いの女の子が居て、お互い叶わない恋をしているという点でも、共通点があった。
笑いのツボが似ていて、好みの音楽も近くて、MDをあげたり貰ったりする仲だった。
飲み会があれば近くに座って話したり、バイト中も、彼が入る遅番のシフトと、わたしが帰る前の早番のシフトがかぶる時間に、沢山話をした。

話がとても盛り上がって、まだまだ話したい、時間が足りないと、お互いが思ったある時。たまたま次の日が2人とも休みだったので、「明日、ドライブデートしよ」という事になった。

彼は、わたしとのそのデートを隠したがった。
誰にもバレたくないから、絶対に内緒にしてと念を押された。バイト先での噂話に巻き込まれるのが面倒で、彼に想いを告げてきた他の女の子にも申し訳ないからだと言っていたけど、恐らくは、わたしと出かけたと知られるのがただ単に恥ずかしかったのだと思う。
わたしは多分、一緒にいるところを見られたく無いタイプの存在だったと思うから。

可愛い女の子に生まれたかったな。その時も、心底そう思った。

とにかく。わたしにとっては、内緒のデートでも、デートはデート。隠す事だって、2人だけの秘密が出来るみたいで、やぶさかでは無いよ、なんて思っていた。今思うと、もう少し自分のことを大切にしてあげるべきだったけど。

朝早くに待ち合わせをして、ドライブに出かけた。その頃流行っていた曲をひと通りかけた後、小島麻由美を聴いたりして、ちょっとサブカル気取りになって「この歌詞深いよね」なんて言い合ったりした。思い出すと顔から火が出そうな台詞。

前世の事なんじゃないかと思うくらい昔の事だから、夜までどうやって過ごしたかはあまり覚えていない。ベタなデートコースを、ひたすらドライブしたんだと思う。2人で話すのが楽しかった。とにかく話をしていたかった。

暗くなって来てから、神社の近くの道路脇に車を停めて、川沿いを歩いた。
他にも蛍を探しに来た人達が数組居て、皆、静かに散歩しながら目を凝らしていた。
「あ!今光ったんじゃない?」草むらの中で、ふわっと一瞬明るい光を見た気がして、彼の腕をちょんとつついた。「あ、本当だ。あ、あっちにも。」最初の一匹を見つけた後は、まるでゴーサインが出たみたいに、次々に飛び交う光が目に入ってきた。
薄暗い静かな空間で、口々にそのきれいな光景に感嘆し、しばらく見惚れていた。

もうすぐ今日が終わってしまう。蛍の光が減って来た頃、少し寂しい気持ちが芽生えていた。もう二度と彼とはデート出来ない事も、何となく予感しはじめていた。

車に戻るまでの道すがら、わたし達は手をつないで歩いた。恋人ごっこみたいなその時間が、偽物の幸せが、たまらなく愛おしかった。

ー欲しいものは手に入らないー

そんな事初めてではなかったけど、彼を手に入れることが出来ない事実を、いつもの様に諦められるのか、不安で仕方なかった。

帰り道、車の中で一度だけキスをした。
彼が板ガムの端を噛んでこっちを向き、「半分食べる?」と聞いてきた。
なんてズルイ誘い方だよ、とわたしは思ったけど、「食べるに決まってるじゃん」と、女々しさを悟られない様にわざと強い口調でそう言って、奪う様にガムと彼の唇を食べた。

結局彼とは付き合わなかった。彼もまた、片思いの女の子とは結ばれなかった。

そうやって沢山の恋をした。何故か絶対にわたしのことを好きになってくれない人ばかりを選び続けて、まるで傷つく事で生を感じるかのように、ボロボロになり続けた。

今は、穏やかな陽だまりの様な人と一緒に居る。心は凪のように落ち着いていられるけど、時々辛かった恋を懐かしく思い出す時がある。

それは、蛍の季節だったり、初夏の日差しが眩しい日だったり、土砂降りの寒い日や眠れない日に、不意によみがえる。

傷付く事で存在価値を確かめるなんて、そんな日に戻りたい、なんて思ってる訳では決してない。この記事に散りばめられた、陳腐な表現が良く似合う、辛く悲しい恋ばかりだった。

#日記 #エッセイ #毎日note #初夏の思い出 #恋 #ひとりごと #蛍

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