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美術を鑑賞する作法 「まず、はじめるとよいこと」

日本において「西洋美術」の人気は、すごいと思う。その人気は、展覧会の動員数で明らかだ。例えば、下記は、去年の展覧会の動員数だ(*)。

1位 レアンドロ・エルリッヒ展 61万4411名(2017年11月18日~2018年4月1日)
2位 建築の日本展 53万8977名(2018年4月25日~9月17日)
3位 ルーブル美術館展 42万2067名 (2018年5月30日~9月3日)
4位 ゴッホ展 37万31名 (2017年10月24日~2018年1月8日)
5位 至上の印象派 ビュールレ・コレクション展 36万6777名(20
18年2月14日~5月7日)

2018年上半期の展覧会の動員数トップ5のうち、四つの展覧会が西洋美術
に関する内容だった、特に4位のゴッホ展は、一日単位の平均入場者数が「5607名」(*)。この数字も驚異的だ。

展覧会=美術史とならない日本の現状

さて、展覧会=美術というわけではないけれども、展覧会=美術史とならないのが、日本の現状だ。展覧会へ行くのが「好き」な方でも「美術史?何それ?」となる。異論があるかもしれないが、英国でファインアート(美術を制作する)を専攻する日本人留学生に「美術史って何するんですか?」と聞かれ、正直驚いた。そして、英国から日本へ来て「美術検定」にもっと驚いた。

美術検定の運営は、『美術手帖』でお馴染みの美術出版社だ。1級をとるとアートナビゲーターになれるそうだ。同検定の公式サイトでは、検定の目的を以下のように説明している。

美術は、作品を創った人の意思を感じとり、その背景にある歴史をひもとく「みる力」を持った人たちによって、支えられ育まれてきました。そんな美術の情報という引き出しを多く持ち、作品の観察力を深め、そして美術から得た感動を多くの人に伝えていく…美術と人々、社会をつなぎ、美術でより豊かな人生を送る「成熟した美術鑑賞者」を目指すあなたを応援する検定です。

(美術検定公式サイトhttp://www.bijutsukentei.jp/index.htmlより)

私の知る限り、欧米では「美術検定」はない。もし、美術に興味があり、知識を深めたいのであれば、学生は、学校で、社会人は、コミュニティカレッジで「美術史」を学ぶ。なぜなら、基本的に美術史の学問は、そこら辺で受講出来るほど身近なものだ。もちろん、ただ、ただ、美術が好きで「鑑賞するだけ」の人々もいる。「プロ」を目指さない限り「自由」だ。

一方で、一般的に日本の大学で美術史という学問は、選択科目として扱われることが多い。大学で「学芸員」の資格ととるためには、必須になるけれども、美術史を学科として設けている大学は、驚くほど少ない。

歴史的な背景もあるかもしれない。日本では、美術史は、美学美術史として文学部の哲学の中に入ってしまうことが多かった(美術史の専門書の日本語が難解なのは、これが原因と思うのは、私だけ?)。

だから美術を学びたい人達にとって「美術検定」は、モチベーションの意味でも人気があるのだと思う。

ただ、「日本では。。欧米では。。」と比較することは、好きじゃないけれども、「美術を見る力=美術検定の級」という考えが、個人的に不思議な感じがする。

そして、これからつぶやくことは、私独自の考えだ。美術検定を批判することでは、ない。

鑑賞する作法

今からだいぶ経つのだけれども、2014年に現代アートの世界では、かなり話題になったシンポジウムがあった。そして、私は、その場にいた。

そのシンポジウムは、第17回文化庁メディア芸術祭シンポジウム〈想像力の共有地:第2部〉「ジャパン・コンテンツとしてのコンテンポラリー・アート──ジャパニーズ・ネオ・ポップ・リヴィジテッド」だ。

モデラーは、noterのお一人である楠見清氏。パネリストが、中原浩大氏、ヤノベケンジ氏、村上隆氏(順不同)。そのシンポジウムの目的は、楠見清氏の以下のブログで読んでいただきたい。

まあ、すごかった。現代アートをご存じの方であれば、すごいメンバーであることがわかるだろう。年月が経ってしまったので、4人の方々も考えが変わったかもしれないので、あまりシンポジウムの詳細をここで説明することは、やめておこう。

ただ、村上隆氏の、日本の一般&プロの鑑賞者と美術業界全体へ対する憤りは、驚いた。欧米と日本のアートに対する考え方には、温度差がある。欧米で○でも、日本でそうならない場合が多々ある。もちろん、どちらが正しいというわけではない。でも、そのフラストレーションは、容易に想像出来る。

そして、そのシンポジウムで、村上氏が発した「鑑賞する作法」という言葉が今でも記憶に残っている。「当時の」村上氏の考えでは、日本の鑑賞者は、この「作法」が欠落しているということだった。

茶道から学ぶ、鑑賞する作法の学び方

村上隆氏が主張する「鑑賞の作法」という概念とは、異なるかもしれないが、より深く美術を鑑賞するためには、この「作法」がひとつのキーワードであり、その作法を学ぶための基本的な知識が「美術史」だと個人的に思う。

そして、私は、美術史という学問は、「道」のようなものだと思っている。例えば、「茶道」は、まず基本を徹底的に繰り返して学ぶ。流派によっても異なるかもしれないが、正式な点前(てまえ)を学ぶまえに盆手前(ぼんてまえ)を学ぶことが一般的だ。お盆の上に道具(茶碗、茶巾、茶杓、茶筅)がすでに置いてあり、略式の作法なので裏千家では、盆略手前や略盆(りゃくぼん)と呼ぶ。

まず、初心者は、略盆で同じ動作を徹底的に繰り返す。正直、つまらない。訳がわからない。ただ、一通りの動作が問題なく出来るようになって、はじめて正式な点前を学ぶ。そして、またしても徹底的に動作を繰り返しながら「作法」を身につけていく。

もちろん、掛け軸の意味や茶花など、茶文化も同時に学んでいく。ただ、根底にあるのが同じ動作の繰り返しだ。お茶碗だって、見て、触ってみて、自分の好みがわかっていく。掛け軸も、意味がわからなくても、これって良いかもとわかってくる。

私は、美術史の通史を学ぶことは、茶道でいえば略盆だと思っている。同じ作品を繰り返してみることによって、脳の中の自分の記憶の中に「形」を入れながら、「美術史の全体像」を目を通して身体でおぼえる。そうしていくうちに、だんだん見えてくる。その作品のどこが大事か。その筆致がどの名品と似ているか。

その「見る技術」は、誰でも簡単にできるわけじゃない。センスも必要だ。でも、茶道、あるいは語学みたいに、繰り返すことによって身についていく。その学問が、前もnoteで話したSurvey of Artだ。そしてその先に「鑑賞の作法」を究めていく「道」があるように思える。

*参考文献「1位はレアンドロ・エルリッヒ展の61万人。2018年美術展覧会入場者数 TOP10」美術手帖(2018.12.21)http://www.bijutsukentei.jp/index.html

(追記:2019年12月18日、加筆及び目次設定しました)
(追記:2019年12月20日、過去のnoteを貼りました)
(追記:2020年7月02日、過去のnoteのリンクのみ、外しました)