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美術史家は、科学者である(べきだ)、 と私が思う理由

「美術史って、絵の前に座って感想を言っているだけの学問でしょう」と、昔、理系の大学院生に言われたことがあります。多分、そう思っている人が大半だと思います。感想を言う、想像する、どれも美術史家の仕事ではありません。少なくとも、私はそう思ってきました。

「美術史家は、科学者である」と言ったのは、美術史家の若桑みどり氏(1935-2007)です。私も全く同感です。私がnoteで「個人的におすすめの作品」と紹介するとき、私的感情(好み)が入るので「個人的」と説明しています。いろいろな考え方があると思いますが、私が考える美術史家とは、主観なしで対象物を観察する科学者だと思っています。

最近、「芸術と科学」というキーワードでnoteで気になった記事があります。国立科学博物館で開催中の企画展「風景の科学展 芸術と科学の融合」に関するfukudakoji氏とミミ氏の記事です。私は、まだ行けていませんが、fukudakoji氏の記事を読むと展覧会の内容がよくわかります。

fukudakoji氏が上記の記事の中で、以下のように述べられています。

なぜならそれはこの展示が写真展であると同時に、場所柄というわけか、博物学の事実と想像力が相関関係を持って私たちに語りかけてくるからだ。

まさに、芸術鑑賞に相通ずるような気がします。

そして、ミミ氏は、9月16日行われた同展覧会の特別トークショー「風景の科学」について書かれています。

上記のミミ氏の記事の中で見つけた言葉、「芸術も科学も根っこは同じ」に思わずうなずきました。続けて、同博物館副館長の篠田謙一氏の以下の言葉がミミ氏によって引用されていました。

芸術も科学も、物事を観察するということから始まっている。

まさにそうです。ただ、もう少し科学の意味を知りたくて、まず、科学自然科学人文科学を広辞苑(第六版岩波書店2016)で調べてみました。

科学 
①観察や実験など経験的手続きによって実証された法則的・体系的知識。また、個別の専門分野に分かれた学問の総称。物理学・化学・生物学などの自然科学が科学の典型であるとされるが、経済学・法学などの社会科学、心理学・言語学などの人間科学もある。②狭義では自然科学と同義。
自然科学
自然界に生ずる諸現象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問。ふつう天文学・物理学。化学・地学・生物学などの分野に分ける。。。
人文科学
自然科学・社会科学に対して、哲学・歴史学・文学など人間文化を研究対象とする学問の総称。人文学。文化科学。

最後の文化科学が気になったので同じく広辞苑で調べてみました。

文化科学
対象の一般性を明らかにして法則を定立する自然科学に対して、事物の歴史的一回性と個別性を価値の観点から記述する科学。人文・社会科学とほぼ同義。リカーとの科学分類法による名称。

ついでに、歴史科学という言葉もあるので同じく調べてみました。

歴史科学
①歴史学に同じ。②歴史的な性格をもつ諸現象を取り扱う諸科学。内容上は社会科学に近い。③ウィンデルバントの科学分類によれば、方法上自然科学に対立するもの。自然科学は反復のできる一般的な法則を立てることをその方法とするのに対し、歴史科学は反復できない一回的・個性的なものの記述を方法とすると考える。

歴史学も同じく調べました。

歴史学
歴史を研究の対象とする学問。また、歴史研究の本質を究める学問。史学。

一応、社会科学も同じく調べました。

社会現象を対象として実証的方法によって研究する化学の総称。政治学・法律学・経済学・社会学・歴史学・文化人類学およびその他の関係諸科学を含む。(反対語は)自然科学。

最後に、美術史を広辞苑は、なんと説明しているのか、おそるおそる見てみると。。

美術史
美術の変遷・展開を調査・研究する学問分野。

(岩波書店には、申し訳ありませんが)これは、納得出来ません。確かに間違いではないけれども、これだけではありません。

私の考えでは、美術史の学問の最大の特徴は、有形の対象物を観察することです。あるいは、歴史学の定義で述べられている歴史的な性格をもつ諸現象美術作品(絵画、彫刻、建築等)を用いて証明することです。美術史の論文では、自分の仮説を証明するために、あらゆる手法をとります。史料はもちろんのこと、科学的(例:X線を用いる)、宗教的(例:教義を調べる)、民俗学的(例:慣習を調べる)、政治学的(例:プロパガンダの有無を調べる)、服飾史(例:流行を調べる)などなど様々な視点から観察して証明する。

こう考えると美術史は、歴史学の一部のように思われるかもしれませんが、美術史家の必須条件である有形の作品を観察する力は、歴史家には絶対に必要とは限りません。実際、歴史家が何かを証明しようとして美術作品を扱う時、どこかが違うと感じるのですが、それがこの観察の違いなのかなと思います。

多分、科学という概念を自然科学の学問として捉えるのであれば、人文科学の芸術と相対するように思えるのですが、観察実証を必要とし、モノ(写真を含む芸術品)を扱う美術史は、自然科学に近い人文科学(および社会科学)の学問だと思うのです。つまり、美術史の視点では、芸術と科学の融合ありです(かなり、トークショーの内容から離れているかもしれません)。

ただ、悲しいかな、美術史は、科学のように真実に行き着くことは、ほぼ不可能です。限りなく真実に近い推測しか出来ないからです。なぜなら人間が作ったものですから「絶対」という答えはない。観察する側は、対象物に対して謙虚でいる必要はあるのかなと思います。もちろん、科学も美術史同様、新しい発見で塗り替えられていく学問でもあるわけですが。

また、制作者の声を直接聞くことが出来る現代美術は、通常の美術史の考え方を変える必要がありますから、正直、様々な欠陥のある学問でもあります。

多分、美術史家の言っていることは、つまらないかもしれません。なぜなら、想像を膨らませて好きなように鑑賞した方が絶対に楽しいですから。でも、壮大な美術史の通史だったり、あるいは、美術展覧会のキャプションについている、一見事実のようにみえる作品の解説内容は、美術史家たちによって実証された知識なのです。

長くなりそうので、続きは、また。

*トップの画像は、著者が撮影した英国・ソールズベリーにある、皆様もご存じのストーンヘンジです。これも「芸術と自然(科学)の融合」かなあと思って使用しました。

追記:上記にて引用させていただいたfukudakoji氏のnoteは、fukudakoji氏のご事情により現在反映されていません。(2020/05/21)。