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努力コンプレックス

”ガチった”経験がない。能動的に、積極的に、何かに一生懸命取り組んだ記憶がない。努力ができない。しない、したくない、苦手、面倒、やる気がない。漁夫の利を得つつ二兎を追いながら、棚からの牡丹餅を待ちたい。

私は努力できないことをコンプレックスに思っている。努力コンプレックス。

高校入ったあたりかな、気づけば頑張れなくなっていた。少し頑張るのも多大なストレスになっていた。だから私は頑張るのをやめた。逃げることの解放感を居場所にした。

これは、鬱とか学習性無力感とか言い方はいろいろあると思うけど。学習性無力感とは、努力しても結果が得られないのを繰り返すことで諦めてしまうことらしい。

ガチるべきときにガチれない人間は人生だんだん詰んでいく、と聞く。本当そのとおり。いい年の大人になった今、キャリアも貯金も交友関係も結構終わっている。人生かけて取り組んだこと、なし。専門的な知識、なし。極めた趣味、なし。いまだに何者なのか、決まってない。

「結果的に頑張った」ことならある。これは、受動的な頑張りである。つらい時間や出来事を耐えて過ごしたという頑張り。それならある。ただ、やはり能動的に頑張れるようになりたい。

焦りは多分にある。そして、人が頑張ってる姿を見るといちいち落ち込んでしまう。これはもちろん頑張ってる人に非はなく、完全に私側の事情である。面倒くさい奴だね。

じゃあ努力したらいいのに・・・と思うでしょう? それができないんだ。呆れた。

スイッチが入らない。エネルギーがない。ガソリンが入っていない。「だって、逃げればいいじゃん」。そっちのほうが楽。

逃げることは楽しいよ。他人の努力に劣等感を抱く私は、怠惰をそそのかす悪魔のようになることがある。やらなくていいよ、やめてもいいよと囁く。そしたら安心するから。あなたの頑張っている姿を見て私が落ち込む必要がないから。一緒に逃げてくれる仲間になるから。

逃げることは気持ち良いよ。投げ出したときの解放感は良いよ。楽だよ。真剣な顔するのやめて遊ぼうよ。用事はキャンセルしようよ。約束はすぐ帰ろうよ。夜中にお菓子食って、だめなこといろいろしようよ。欲まみれの姿見せてよ。

何が私をそうさせたのか? 主には発達障害でうまくいかなかった経験からかな。カンも悪いし、コミュニケーションも下手くそだし、落ち着きないし、手先も運動も不器用だし。

ほんとね、皆や先生が何言ってるかわかんなかった。同じ説明を聞いてるはずなのに、私だけ理解できてなくて、作業が全然進まずに一人だけ取り残されてる状況、教室でよくあった。

提出物の内容も期限も重要性も理解してない。テストの範囲も知らない。家庭科という科目ではあまり出現しないだろう成績「2」を取ったり、体育で走ると大体ドベ、理系も文系もしょっちゅう赤点。あるテストで一桁取ったら怒り心頭の先生に皆の前で叱られたことあったな。

毎日登校してるのに不登校の子より悪い成績で、学年順位は最下位クラス。でもそんな私がいるのは進学校で、実力テストや模試だといつも皆より上で、大学も皆より良いことに受かった。

なぜなら、得意科目ならたいして勉強しなくても実力があったから。学校の定期試験はそのときの範囲をやり込んでこないし教科書読んでないから点数悪いけど、範囲がない状態ならいける。

高校までそれでやってこれたおかげで、大学以降の生活は終わりに終わることとなった。だって大学からは自己責任の世界だから。サボれるだけ、サボれるから。そこから先の人生をフォローしてくれる担任とかいないから。

高校までは、提出物を出さずとも、成績が赤点や「2」ばかりだろうとも、授業態度が悪くとも、人付き合いを避けようとも、必要日数を出席し、大学受験の成績が良ければクリアできたのだ。早々に多くの科目を捨てていた私は、自分が決めたごく限られた数の科目を、他の科目の授業時間に自主勉強するなどしていた。

その頃すでに「私は皆と同じように頑張れない」というコンプレックスがあったため、皆が自主勉頑張っていそうな時間帯と場所ではダラダラして過ごし、みんなが数学の問題をやっている時に英語をやってた。

でも、知ってのとおり、大学では提出物や締切は絶対だ。出さないならそこで終了。もちろん単位落としまくり。授業サボりまくり。だって別に怒られない。見限られるだけ。何を提出しなきゃないといけないかもよく知らないレベル。

その後、メンタルのことで休学して復学したら、大学講師らは私の事情を汲んでかなり甘い採点で卒業させてくれた。優しいよね。私の根性なんてつかないよね。じゃあ、そこで講師らが甘くなければ自分で真面目に頑張ったか? いや、たぶん退学したんじゃないかな。先生たちごめんね、助けてくれたけど、その後も特に頑張らなかったや。

就活の時期も知らないし、やることもわかってないし、社会人的な振る舞いも知らないしできない。バイトでは緊張がつらいしトンチンカンなことするから、すぐ辞めて、親に寄生。いつまでもグレてて、遊びたいときに遊びに行くという二十代を過ごした。

さて、それからすっかり大人になり、一応は小規模に働いて、当社比では落ち着いた生活をしているが、私はいまだにあんまり頑張れてない。貯金ないし。周りの人たちは優しくて、甘やかしてくれる。私も、優しくて甘やかしてくれる人だいすき。ただ最近は、少~しだけ頑張れる物事も出てはきたよ。分野によってはね。体力はかなりなくなって、動けないときのほうが多いけど。

少し頑張り方みたいなのがわかってきたのは、物事の整理がつくようになってきたからだね。かなり大人になってやっと、この世のいろんな物事やルールがどういう仕組みなのか、どういう目的なのか、何が妥当なのかとか少しわかってきたから。

小さかったころの私は、若かったころの私は、頑張れないなりに、真っ暗な世界のなか、本当にあっぷあっぷで生きていたんだと思う。あーあ、この先一回くらいは、頑張れるようになりたいな。

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