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バウワーマントラッククラブ(BTC)から学ぶ期分けとチーム内T.Tの活用法②

前回の記事は以下。

BTCの期分け:基礎構築 → 高地合宿 → 調整 → 試合

はじめにことわっておくが、彼らは秘密主義なので練習メニューが公開されることはほとんどなく、またコーチもメディアを敬遠しているのでほとんど情報がない。

ただ、彼らがSNSで発信している内容や、出ているレースをじっくりと追っていくと、ピリオダイゼーション(期分け)で大事にしているポイントとして以下が挙がる。

① 基礎構築にじっくりと時間をかける
② 故障をしていなくても出場レースが少ない(出るレースを絞っている)
③ 目標にするレースに向けて高地合宿に入る

① は↓次の次の章で詳しく記述。
② 箱根駅伝前の東洋大のように「手の内を見せたくない」という意図で記録会やレースあまり出ないということに少し似ているが、彼らはプロ選手なので少し事情が違うようだ。

彼らはナイキがスポンサードしている選手で、実績が良いことから年間の契約料(スポンサー費)がそのほかのプロ選手よりも平均的に高い。よって、レースに積極的に出て賞金や招待料で生計を立てるスタイルではない。BTCに入る選手は、チーム創設の初期を除いてアメリカでの大学時代に好成績を残している選手ばかりである。

ただ、アメリカのナイキのプロ選手は「ユージンDLに出場してください」という契約条項があったりする。アメリカの選手でなくても世界中のナイキのプロ選手は、ナイキが協賛しているユージンDLに出る前にナイキ本社を訪れることも目的にしている。

(これは、アディダスやNBの契約選手も同じで、アディダスボストンGPや、NBインドアGPもそれらのメーカーの契約選手の出場が多くなる)

BTCの場合はアメリカのレースに主眼を置いていて、欧州で行われるDLを転戦するスタイルを基本的にとっておらず(場合によってはそういう選手もいる)、全米選手権 / 五輪選考会に向けてアメリカで調整するスタイル(世界大会が欧州である時は変則的でサンモリッツ合宿をすることがある)。

普段の練習場所が同じナイキ本社のマイケルジョンソントラックであることから、BTCはよくNOPと比較されたりしたが、元NOPのトラック選手は欧州のDL転戦で仕上げていくというケースが多く、あまり高地合宿をしない。

元NOPの場合は、BTCよりもアメリカの選手でない選手の割合が多いので(J. ハルK. クロスタハルフェンY. ケジェルチャS. ハッサン大迫傑、最近だとP. タヌイ鬼塚翔太)あまりアメリカのレースにこだわる必要がないという事情も関連している。

③ BTCは目標のレースに向けて高地合宿を組む。場所はコロラド州(ボルダー、コロラドスプリング...etc)や、マンモスレイク(カリフォルニア州)、パークシティ(ユタ州)だったりその時々。欧州で世界大会などがある前はサンモリッツなど。これは、彼らが高地に住んでいないことをも意味する。

このような高地合宿のスタイルは高地に住んでいない日本の大学生や実業団選手にとってもお馴染みのものであり、菅平や御嶽、湯の丸高原や妙高、阿蘇などは人気の夏の合宿地であるし、日本の大学や実業団のアメリカ合宿(フラッグスタッフ、ボルダー、アルバカーキなど)も定番となっている。

また、高地に住まず高地で事前に合宿をして仕上げていくのはインゲブリクトセン兄弟も毎年取り入れているスタイルである(1-2月:欧州クロカン後の室内シーズン前の南アフリカ合宿、4-5月:ペイトンジョーダン招待や、ユージンDL前のフラッグスタッフ合宿、6月-夏:欧州でのDLや世界大会の前のサンモリッツ合宿等)。


合宿仕上げスタイルのデメリット

ただ、BTCのチーム事情において、昨シーズンは特殊だった。

ドーハ世界選手権が10月にあり、ピークを持ってくる時期が例年に比べて1ヶ月半後ろにずれた。そして、米国陸連が日本代表のように国内選手権が終わってからもドーハの参加標準記録を突破することを許可しなかったのだ。

去年の全米選手権の1500mではトンプソンが3位、5000mでロモンが優勝、キンケイドが3位だったが、レース終了時点で3人は標準記録を突破できず。その後3人ともに標準記録を突破したものの米国陸連の決めた選考ルールによって彼らはその種目でドーハ世界選手権に出場することができなかった。

(W. キンケイドは5000mで2019年の全米選手権3位、その後の9月に5000mで12:58.10の全米歴代5位の好記録をマークしたが、彼は全米代表としてドーハ世界選手権に出場することができなかった)

彼らがピーキングに長けているのは間違いないが、合宿前と全米選手権でドーハ世界選手権の標準記録を突破できなかったことをみれば合宿で仕上げてレースを連戦しないというスタイルにはこういったデメリットも存在する。

もちろん、彼らの場合は1度高地から降りて、飛行機に乗って時差のあるDLで記録を出すということほとんどをしないので、それが結果的に影響してしまったということになる。


目先の利益を追わず、基礎を作る

以下の記事では、ジェリー・シュマッカーコーチの指導スタイルというか、期分けの考え方が反映されている。

期分けには1週間単位のミクロサイクル、1ヶ月単位のメゾサイクル、半年もしくは1年間のマクロサイクルがあるが、彼らはメゾサイクルにおいても、マクロサイクルにおいても基礎構築の考え方を重要視しているようにみえる。

トラック選手なら秋から冬にかけてじっくりと走り込む時期を持つこと、そして有酸素ベースを斬新的に年間計画で徐々に引き上げていくことである。

意外なことかもしれないが、BTC女子のエースである、1500m・5000m全米記録保持者のシェルビー・フーリハンの得意な練習は“ロングラン”である。

BTCのシャレーン・フラナガンコーチは「彼女はスピードとスタミナの理想的な組み合わせを持っている」とこの記事で話している。元々フーリハンは高校・大学と800m / 1500mの選手であったが、彼女の有酸素能力の基礎はアリゾナ州立大時代に週間走行距離を増やすことによって築かれた。

フーリハン自身は、1500mでサブ3:50、5000mでサブ14:00という夢のような目標を持っているが「実はロングランが得意」と上の記事内で話しており、将来彼女は「マラソンを走っていてもおかしくない」という。

彼女はまだ10000mを走ったことはないが、そのようなことから10000mでもそれなりの記録を出せることがもうすでに目に見えている。

また、シファン・ハッサン が昨年、生涯2回目の10000mで世界チャンピオンになったことをみても、彼女が1500m / 5000mを専門にしながらも、昔から高いレベルで有酸素能力を開発してきたことが窺える(彼女の800mのPBは1:56.81だが、初ハーフを65:15で走った)。

このように有酸素能力の基礎構築は中長距離走の基本であるし、そうなってくると基礎構築に関してもメゾサイクルやマクロサイクル(中・長期的視点)での練習計画が大切になってくる。そこで、「目先の利益を追わず、基礎を作る」ことがまずは重要となる。

それを踏まえると、BTCが欧州のレースを転戦せず(タイムや順位を追わずに)に国内で仕上げたがるのには確固たる理由があると見えてくる。

そして、フーリハンがいうロングランだけでなく、彼らは普段のジョグも、ロングランも、スパイクを履いてのインターバルやスプリントも、フィジカルトレーニングにも期分けの考え方を適応しているだろう。

何か1つのワークアウトが突出して大事というよりかは、結局のところそれらのバランスを取り、それぞれの能力のベースを斬新的に引き上げることを計画し、最終的にはそれらをどのようにして組み合わせくるかが重要である。

日本の場合、中長距離のトラックの選手でも場合によっては秋から冬にかけて駅伝があるため、駅伝のための走り込みをやっていても、それが実はトラックに向けたじっくりな走り込みになっていないこともある。

また、日本にはロードレースもトラックも記録の狙いやすい好条件のレースが山ほどあるので、人々は知らず知らずにうちに、記録を出したいという欲望に駆られていることも考えられる(特に秋の日体大記録会や世田谷記録会、八王子LD、10000m記録挑戦会などはそう)。

とはいえ、秋の記録会は駅伝に向けての学内選考として機能することもあるし、選手の現状の確認といったT.T的な機能も果たす。また、レースを挟むことによって、刺激を加えて調子を上げていくというメリットもある。

上の記事にある遠藤日向のくだりに関しては、彼の高校時代に日本の記録会での成功体験があるため、もしかしたら期分けにおける基礎構築を飛ばして「タイムを出したい」という考えを高校で持ってしまったのかもしれない。

ただ、若いうちにはまだ修正が効くので、シューマッカーコーチはそういった点を彼への指導で修正していったのではないかと考察できる。


バウワーマントラッククラブ(BTC)から学ぶ期分けとチーム内T.Tの活用法③に続く...

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