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「ヴェイパーに自分の走り方をフィットさせていくか」 or 「ヴェイパーよりも自分の走り方にフィットするシューズがあるかどうか」

2017年にヴェイパーフライ4%が発売されて以降、駅伝やロードレースにおいて競技力の高い選手が着用するものが薄底シューズから厚底カーボンシューズに段々と変化していった。

そのフェーズにおいて、これまでの薄底シューズの「履きこなし」は次第に厚底カーボンシューズのバウンスに「乗っていく」という走り方に変わっていった。

ここで「(厚底カーボン)シューズに自分の走り方をフィットさせていく」というスタイルが徐々に定着しつつあったが、それはかつて一部のランナーが支持した「フォアフット走法信仰」の時と少し似たような雰囲気を私は感じていた。

無理に「フォアフット走法」にこだわると、ふくらはぎを痛める例もあるが、同じように特定の厚底カーボンシューズに自分の走り方をフィットさせていく過程で、その人にとって股関節や足関節周辺に過負荷がかかっているような状態であれば、それは故障を招く可能性がある。

2021年の正月の第97回箱根駅伝では、95.7%の選手がナイキのシューズを着用していたが、この時はアルファフライの箱根デビュー戦ということもあって多くの選手が「ナイキのシューズにいかにして自分の走り方をフィットさせていくか」という状況だったのではないだろうか。

それが、翌年の第98回大会(今年の正月)にはナイキの着用者は73.3%に減った。そして、アシックスやアディダスのシューズを着用していた選手が合計で24.7%いた。

近年、スポーツブランド間で厚底カーボンシューズの開発競争が進んだこともあり、この24.7%の選手は今回、ナイキのシューズよりもアシックスやアディダスのシューズのほうが良いと判断したわけだ。

前回の第97回大会の時に比べれば、今回は選手たちにとって「(ナイキの)シューズに自分の走り方をどうフィットさせていくか」という考え方の他にも「自分の走り方にフィットする(ナイキ以外の)シューズがあるかどうか」という考え方がもたらされたといえるかもしれない。

2018年末〜「フォアフット走法信仰」

2018年10月のシカゴマラソンで、大迫傑が2時間05分50秒の日本新で3位に入った。日本人初のマラソン2時間06分切りともあり、テレビメディアはその後、大迫のフォアフット走法に注目し特集を組んだ。

確かに、彼の当時の洗練された美しい肉体とともに、つま先から接地するフォアフット走法は印象的であるし「マラソンの日本新記録」と結果を出した選手ということもり「ハロー効果」もあったことだろう。

その結果、一部のランナーの中には走速度に関わらずフォアフット走法を試したりする人もいたようだ。スプリント動作や上り坂で坂ダッシュでつま先から接地することはあっても、ジョグのような低強度のランニングでも自分の本来の接地面を無理やりつま先で着こうとすると、何らかのランニング傷害を引き起こしてもおかしくない。

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(2018年ベルリンマラソン41km地点:その後2:01:39の世界記録で優勝)

マラソン界で世界最強であるエリウド・キプチョゲはマラソンを走っている時はフォアフット走法ではないし(↑つま先から接地していない)2017年にボストンマラソンとロンドン世界選手権のマラソンでともに優勝したジョフリー・キルイは、かかとから接地するヒールストライカーである。

このことからわかるのは、大迫傑にとってはフォアフット走法がベストな走法なのだろうが、各選手が目指すベストな走法や接地面は必ずしも同じではない、ということである。

今回は「ヴェイパーに自分の走り方をフィットさせていくか or ヴェイパーよりも自分の走り方にフィットするシューズがあるかどうか」というタイトルであるが、この項目では「自分の走り方をフォアフット走法にフィットさせていくか or 自分の走り方にフィットする走法が(そこに)あるかどうか」ということについて書いた。


2019年「いかにヴェイパーに走りを合わせていくか」

2018年10月のシカゴマラソンで大迫が日本新で優勝した頃はヴェイパーフライ4%フライニットが発売されていた頃で、その翌年の2019年には現在の1番人気ともいえるヴェイパーフライネクスト%が発売され瞬く間に普及した。

その年度の第96回箱根駅伝では84.7%の選手がナイキのシューズを履いていたが、その頃には薄底から厚底への移行が本格的に進んでいた時期であり「フォアフット走法を磨いていくか」よりかは「いかにしてヴェイパーに走りを合わせていくか」という雰囲気が学生ランナーやガチな市民ランナーの中ではあったかもしれない。

かつて、アシックスやミズノの薄底シューズ、またはアディゼロタクミシリーズやミムラボといった薄底シューズを履いていた選手は、ナイキのテクノロジーをなぞるように、走り方をいわゆる「乗り込む」ようにカスタムしていった。彼らは(私もそうだったが)薄底時代よりもストライドが伸びていながらも「クルクルと脚が回る」という現代の特徴的な走り方を会得していった。

今でも、昔の選手の動画を見ると今の選手とはストライドの長さが違うということがよくわかる(特にアルファフライを履いている選手とその選手が薄底シューズを履いている時の動画を見比べればその差は一目瞭然である)


2020年「厚底への完全移行と故障箇所の変化」

大迫傑が再びマラソンで日本記録を出したのが2020年3月1日であるが、その東京マラソンの後にアルファフライが発売された。ナイキの素晴らしいマーケティングで多くの選手がアルファフライを手に取り「キプチョゲがマラソン(非公認)サブ2を達成した / 大迫がマラソン日本新を達成した秘密兵器がどんなものか」を試したことだろう。

ここでも「いかにしてアルファフライに走りを合わせていくか」という考え方があったと思うが、なかには「マラソンでこのシューズはキツイな...」と思う人もいたりと、アルファフライは汎用性が高いシューズでない「諸刃の剣」であることに気づいている人もそれなりにいたことだろう。

とはいえ、ヴェイパーフライネクスト%と合わせてナイキのシューズの人気は絶大で、この時点でアシックスはメタレーサーしかカーボンシューズを発売できていなかった。アディダスもなんとか、アディオスプロを2020年の秋に発売したが、冒頭の通り2021年の正月に行われた第97回箱根駅伝では95.7%の選手がナイキのシューズを着用していた。

この時点で、ほぼ大半の選手が厚底カーボンシューズに移行していたが、そこで起こっていたのは故障箇所の変化であった。

この記事では、“股関節回りケガ「2倍超」”という小見出しで、厚底カーボンシューズを普段の練習から試合で使用するうえで昔とは違って(仙骨の疲労骨折や臀部の故障など)股関節周りの故障が増えたことが書かれている。

その一方で、この記事では詳しく書かれていないが、おもにふくらはぎへの負担が減ったことによってシンスプリントを発症する選手が減少している。私もその1人で、薄底時代にはシンスプリントと友達、というぐらい治療で毎回すねのハリがひどがったものだ。

それが、厚底カーボンシューズに移行してからはシンスプリントの痛みで悩まされることは1度もなくなったので、これは「世紀の発明だ!」と思ったぐらいである。

しかし、私はシンスプリントと友達だった頃は、坐骨神経痛を1度も発症したことがなかったが、厚底カーボンシューズに移行してから1回だけ坐骨神経痛らしき「ビリビリ」を経験して「ハッ」としたことがある。

さらに、私にとっては厚底カーボンシューズの多様で足趾の機能低下を招いていたことも相まって、アーチのバランスが崩れていた。その結果、厚底カーボンシューズでも、接地初期の過度な外側への捻れ(過回外)が起こりやすくかつ、そのシューズの剛性が高いほど(カーボンが硬くてシューズの屈曲性がないほど)足底部や股関節周辺への負担が大きいと感じていた。

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この写真はMGCの大迫傑の40km地点での接地直後であるが、シューズを見ると「回外」していて(外側に捻れていて)足部のやや外側から地面をなぞっていることがわかる。ZoomXなどの高反発 / 超軽量のミッドソール素材のカーボンシューズであれば、素材のふんわりさも含めて安定性が気になるところであるが、人によってはこの「過回外」やその逆の「過回内」の繰り返しによって蓄積されるダメージが気になるところである。

現在では、練習での走破タイムの向上も顕著であるが、走行距離を増やしていくうえでも厚底カーボンシューズが大きく貢献しているだけに、知らず知らずの間に起こっている足部 / 足関節(おもに足首)の大きな捻れで蓄積されたダメージもケアすることが必要だろう。

厚底カーボンシューズ特有の故障予防の対策として
・頻繁に治療にいく、またはセルフケアで足裏をほぐす(アーチを整える)
・剛性の高い厚底カーボンシューズを履きすぎない(代替案としては剛性がそこまで高くない中厚底シューズがオススメ)
・薄底シューズや裸足で走る、またはカーフレイズやタオルギャザーなどで足裏の機能性を保つ
・ウェイトトレーニングなどで股関節周辺を効果的に鍛える
といった方法などが挙がる。

ただ、ウェイトトレーニングなどの筋力トレーニングは(基礎筋力を高めるということは)そもそも厚底カーボンシューズだからといってやるというよりかは、薄底であっても厚底であってもある程度故障の予防には有効というエビデンスが多いので、積極的に取り入れる価値があると思う。


2021年以降「ヴェイパーよりも自分の走り方にフィットするシューズがあるかどうか」

ランニングの練習を進めていく上で、最も大事なことは故障をせずに練習を継続していくことである。人間の体はトレーニング刺激に適応していくが、トレーニングがいびつな継ぎ接ぎであるよりかは、きちんと期分けをして建築物のようにコツコツと土台を構築していきたいものである。

トレーニングが進んでいくと、ある時期からはより速く走れるシューズを使ってワークアウトのタイムを上げていくことが重要になっていく。シニアの選手であれば、その時にはすでにウェイトトレーニングなどで以前よりも筋力アップを遂げているのが理想であるが、ワークアウトの強度を上げることと故障のリスクを照らし合わせたときに、どんなシューズ / スパイクを使用するかどうか、はとても大事なことである。

足部にフォーカスをあてることでわかることも沢山あります。ランナーたちの足部のマメやタコなどをみていると接地時の動作とリンクしていることがよくわかります。ほぼどの選手も外側から接地していきますがその際のコンタクトの仕方は人によって様々です。接地後の母指球方向への重心移動の仕方も足によってまったくちがうので靴選びは本当に難しいな、と見ていて思います。靴だけでコントロールできないと思うとインソールを入れてみたり、接地自体を変えるようなランスキルを考えてみたり、スキルよりも筋力面から責めてみたり。引用:五味トレーナーのインスタグラムより

少し前までは「ヴェイパーやアルファにいかにして走りを合わせていくか」という考え方でワークアウトもそれらのシューズで走っていた人も多いことだろう。

しかし(全日本までナイキ以外のシューズで箱根がナイキだった選手もいるとはいえ)今年の第98回箱根駅伝でナイキの着用者が73.3%になったのは、各ブランドの企業努力のおかげで「選手にとって(ナイキに引けをとらない)厚底カーボンシューズの選択肢が増えた」という状況に他ならない。

私はこれまでに様々な中厚底 or 厚底カーボンシューズを履いてきたが、カーボンプレート(やその他のプレートやロッド)の硬さや形状は微妙に異なるし、そのどれもが同じシューズではない。

目標のレースではパフォーマンスを最大に高められるシューズを選択するだろうが、練習の過程においてはシューズの選択肢は多い方が良いのかもしれない。故障とは、特定の部位に過負荷がかかった状況でリカバリーが追いついていない状況である。

「より速く、より楽に練習をこなせるシューズ」は大事である。しかし。私のような30代半ばの加齢で筋力やリカバリー能力が落ちてくる世代にとっては、

↑のランニングドクターさんのように、自分の走りにフィットしているであろう、自分にとってより負担が少ないであろうシューズやスパイクを見つけられるかは、とても大切なことなのかもしれない。


※本記事内のベルリンマラソンとMGCの写真は私が撮影したものです。

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