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バウワーマントラッククラブ(BTC)から学ぶ期分けとチーム内T.Tの活用法①

2020年6月30日の夕方に、オレゴン州ポートランドのイエズス高校の公認トラックで“Nike Bowerman Track Club Meet”が開催され、男女の5000m、女子1500mで今季(2020年)の世界最高記録が出た。

この公認競技会は、事前に米国陸連の公認申請を取得したもので、BTCの選手のみで行われた“T.Tスタイル”の公認レースである。

ちなみに、6月10日にオーストラリアのメルボルントラッククラブや、メルボルンに拠点を置く他のトレーニンググループの選手らが、メルボルンの“Tan Track”で合同T.Tを行ったが、

それとは対照的に今回の公認レースは、オレゴン州に拠点を置くピート・ジュリアンのトレーニンググループや、ユージンのオレゴントラッククラブ(OTC)などとは連携せずにバウワーマントラッククラブ(以下、BTC)が単独で行ったものである。

事前告知なし、無観客かつライブ配信なし(この会場使用の条件だった)といった、BTCの関係者のみの完全なクローズドレースがひっそりとポートランドの高校のトラックで進められたのだ。

Nike Bowerman Track Club Meetの結果

【男子1500m】
1. ジョシュア・トンプソン:3:39.66
2. ロペス・ロモン:3:39.66
3. モー・アーメド:3:39.84 PB

トンプソンは昨年の全米選手権(3位)の時点でドーハ世界選手権の参加標準記録を突破していなかったので全米代表にはなれなかったが、その後9月に3:35.01 → 2020年2月に3:34.77(室内)をマークした伸び盛りの選手。

アーメドは現在のロモンと同じく5000m / 10000mの選手。彼は1500mに毎年春先に1, 2レース出るぐらいで、1500mでは実に5年ぶりの自己新。

【男子5000m】※ペーサー:ロモン、アーメド、トンプソン 
1. ショーン・マクゴーティ:13:11.22 PB
2. グラント・フィッシャー:13:11.68 PB
3. エヴァン・ジェイガー:13:12.12
4. ライアン・ヒル:13:15.28
5. クリス・デリック:13:46.75

故障に悩まされた2人が復帰:ジェイガーは2018年9月、ヒルは2018年8月以来の約2年ぶりの屋外レース。2人ともに室内シーズンはレースに出ていたが、昨年の屋外の全米選手権に出場していない(ジェイガーの全米選手権 / 五輪選考会は7連覇でストップ、ヒルは5000mで2017年3位、2018年2位)。

今回のレースをラスト1マイル4分01秒、ラスト1周55秒でカバーして、この2人の世界大会のメダリストであるチームの先輩を一蹴したのがマクゴーティフィッシャーの2人。ともに自己新をマークしBTC男子の若手の奮起を印象付けた。この2人はスタンフォード大の先輩と後輩の関係にあたる(デリックもスタンフォード)。


【女子1500m】
1. シェルビー・フーリハン:4:02.37
2. カリッサ・シュヴァイツァー:4:02.81 PB
3. エミリー・プリット:4:34.26

フーリハンはドーハ世界選手権で3:54.99の全米新で走ったが、4位でメダル獲得ならず。彼女は若い頃からジャンクフードが好きで、今年のロックダウン中もボーイフレンドのマシュー・セントロウィッツと一時期のジャンクフードを楽しんだが... それでも、BTC女子のエースの座を守り続けている。

そのフーリハンに2月の室内3000mで土をつけたのがプロ2年目のシュヴァイツァー(3000m8:25.70の北米新をマーク)。ミズーリ大時代に全米学生個人タイトル6冠(クロカン×1、室内×3、屋外×2)の成績を収めた大器は、初のシニア世界大会となった昨年のドーハ世界選手権で14:45.18の自己新で9位。

シュヴァイツァーは昨年の夏から練習でフーリハンに挑んでいたそうだが、今回は1500mの自己新よりも、フーリハンに肉薄したことが評価できる。

また、3位のプリットはBTCのプロでなくその下部のエリートのメンバー(BTC男子のヒルのノースカロライナ州立大時代からのガールフレンド)。

【女子5000m】※ペーサー:フーリハン、シュヴァイツァー
1. エリス・クラニー:14:48.02 PB(全米歴代7位)
2. コートニー・フレリクス:14:50.06 PB (全米歴代8位)
3. コリーン・クィグリー:15:10.42 PB
4. グウェン・ジョーゲンセン:15:18.25
5. マリエル・ホール:15:30.86

男子5000mとは違って、この種目を専門としている選手は出場していないホールジョーゲンセンは10000m、フレリクスクィグリーは3000mSC、そして大幅の自己新を出したクラニーはこれまでは1500mの選手だった。今回の走りでクラニーは、フーリハン、シュヴァイツァー、フレーザーとともに今後5000mを専門にする可能性がある(五輪代表の枠は3つしかない)。

2位のフレリクスは5000mの走力を伸ばし、いよいよ本格的に3000mSC8分台の大台に手が届きそうな予感がある。


今回の“チーム内T.Tレース”の目的は?

昨年の9月にもBTCはポートランドで5000mのチーム内T.Tレースを行っている(ウィリアム・キンケイドが全米歴代5位の12:58.10を出した)。今や室内競技会にしても、このようなT.Tスタイルで行うことはBTCのメンバーが好記録を出す際の定番となっている。

アメリカでのロックダウン中に、チームは一度自主練習期間を挟んでいるが、それでもチームは今回、男女で計7人が自己新をマーク。冬季練習や室内シーズン後も良い練習ができていたことが容易に想像できる。

ちなみに今回の男子5000mの上位3人、女子1500m・5000mの上位2人は東京五輪の参加標準記録を上回ったが、コロナ渦以降から2020年12月1日までの公認レースでマークされた記録は「公平性を保つ」という世界陸連が定めたルールにより、参加標準記録の突破としてカウントされない。

今回のチーム内T.Tスタイルの公認競技会は、五輪標準記録としてカウントされないが、BTCで走力の高いものは1500mに出場し、5000mでペーサーとしてのワークアウトとしての目的があり、一方、チームの若手はペーサーを駆使して記録をしっかりと出しに行くという目的があったように思う。

チームとしては、リオ五輪金メダリストのセントロウィッツが姿を見せていないのが気になる。また、昨年9月に5000mで12:58をマークしたキンケイドも故障が多く、「無事是名馬」という言い回しがあるが、現時点では「ガラスのエース」なのかもしれない(セントロもそのレースで13:00で走った)。

女子では2017年シーズンから故障で苦しんでいるエミリー・インフェルド(2015年北京世界選手権10000m銅メダル、2017年ロンドン世界選手権6位)が、今年の2月の室内5000mで自己新の14:51.91をマークして復調したが、今回のレースには出場しなかった。また、同じ2月の室内レースで14:48.51をマークしたヴァネッサ・フレイザーも春の故障の影響で今回出場していない。

BTCの選手は近年、軒並み好成績を残しているが、その反面でヒルやジェイガーの昨年の長期離脱など、彼らのワークアウトが“故障”というリスクと隣り合わせであることもうかがえる。

現在BTCのコーチとして活躍しているシャレーン・フラナガンも2017年の春に故障で苦しみ、フラナガンとともにマラソンで成績を残しているエイミー・クラッグ(2017年ロンドン世界選手権銅メダル)も、今年の東京五輪マラソン全米選考会を故障の影響で欠場した。


彼らの計画性は高い:八王子LDのケース

彼らの特徴は狙ったレースで確実に目標を達成してくる。つまり、計画性が高く、ヘッドコーチのジェリー・シュマッカーはピーキングの采配に長けているといえる。

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実際に自分の目で見たレースで印象的だったのが、2016年11月下旬に行われた八王子LDでのクリス・デリックが27:38.69の3位に入ったレース。

この時の彼のレースの印象は、大迫傑のような「クレバーなレースをするな」という印象。つまりは10000mのレースにおいて無駄のないレース運びを展開していた。それがコーチによる指示なのか、選手自身の感覚でやっているのかはわからないが、恐らく前者。

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このレースで彼らがわざわざ11月に日本まで来て出場した目的は、翌年のロンドン世界選手権の参加標準記録を2017年の春のスタンフォード(ペイトンジョーダン招待)ではなく、早めに出しておきたかったというもの。

(1500mや5000mと違って10000mは冬の室内シーズンで標準記録をクリアする機会がほとんどない)※世界クロカンの上位者には、その年の世界選手権の10000mの出場権が与えられることがある。

八王子LDの10000mは、各組で日本の実業団所属のケニア人選手がペーサーとして設定タイムのイーブンペースで先頭を引っ張り、ラストを除いて“競り合い”というものがほぼない記録会的要素が強いレースの性質を持つ。

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従って、デリックは30人近い出場者の集団の後方で7000mぐらいまでペース走のような形でレースを進め(ほぼ無駄な動きなし)、そこからポジションを上げて、ラストで3位にまで浮上して27:38.69で標準記録を突破。

その目的をいとも簡単なように達成するレースぶりにシビレたが、シューマッカーコーチが的確に指示をとばす姿がとても印象的だった。

そう、彼らは“計画通り”にレースを遂行したのだ...


バウワーマントラッククラブ(BTC)から学ぶ期分けとチーム内T.Tの活用法②に続く...


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