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偽一年生

僕は大学時代四年間寮生活をしていた。
朝夕二食付き、四人部屋で月15,000円。安い。
学生の自治寮なので運営も学生自らしていた。
学生運動の盛んだった時代はこういった寮はそういった運動の拠点になりやすかったらしく、当時の時代を映すような落書きがいっぱいある場所だった。
僕が生活していた時はそんな雰囲気は全く無く、安く生活が出来る場所というイメージだった。全員で250名くらいが暮らす寮。5階建ての建物。いつもたくさんの学生でごった返し、密な暮らしをしていた。
その運営のために各階でグループ分けがされていて、そのグループは4年間変わらない。運営の為の会議や日常生活も階単位で行っていた。
階の中に全学年がいて、毎年新しく10人から15人の一年生が各階に入ってくる。
寮に入る学生は基本、遠方からやってくる。全国津々浦々から学生がやってきていた。
この寮で今も続いているのか分からないが、おかしな風習、イベント?があった。

入寮時の初めの4、5日、偽の一年生が混ざっているのだ。

この時に偽をやるのは大体4年生。
寮生活の経験豊富な4年生が1年生になりすます。
その存在は「偽一」と呼ばれた。
そして入寮してから4,5日間、新一年生と一緒に過ごす。
この数日間は新入生歓迎期と言われ、毎日何かしらをする。
大学生にもなってという気もするけど、学芸会のような劇やフォークダンスそんなことを一緒にして交流を図る。
この寮は男子寮に女子寮が併設されていて、女子寮も同じ様な形態。この間のイベントは男女共に一緒になってするので、まあそこはそこそこ、楽しい。
夜は男女間の門は閉鎖されるが食堂で繋がっていてそこは24時間利用可。
そんな不思議な空間だった。

入寮する新一年生はみんなおそらく不安を抱えてのスタートだっただろう。寮の先輩は怖くないのか?共同生活がやっていけるのか?
自分もそうだった。
そんな中、この新歓期は色々なトラップが仕掛けて在り、部屋や風呂に入るときは「〇階〇室○○○○入ります!」と大きな声で言って、先輩たちが「よし!」と言わなければ入れないルール。そして、風紀委員会みたいな先輩がいて怖そうな格好をして見張りをして周る。
入って早々、このようなおかしな世界を経験する。
きっとだれもが思う。こんなところ来るんじゃなかった。
すぐ寮は出てアパート暮らしをしよう。

そんな中、僕は直ぐに友達が出来るのかも心配だった。
そこで、大活躍するのが「偽一年生」。もうすっかり寮に慣れた先輩たち。
緊張している新入生に話しかけ、リーダーシップをとり、場を盛り上げる。
それを見ている二年生以上はそれを見るのが面白くてたまらない。

僕らの階には3名の偽一が紛れていた。十数名の内3名。
後から思えば、それなりに老けていた。しかし、当時はそんなこと思いもしない。
僕はそのうちの一人とすぐに打ち解けた。
高校まで田舎で常に幼馴染がいる環境。初めて誰も知らない土地に行く。
友達が出来るのか、どう関係をつくったらいいか、正直不安だった。
その不安を直ぐに吹き飛ばしてくれたのが偽一の新入生だった。
たくさん話しかけてくれたし、劇の出し物では僕が目立てるようにと取り計らってくれた。
何て、いいやつ!いい友達が出来たと、明るい寮生活の未来を想像していた。

それがその新歓期の最後の日5日目、突然ばらされる!
最後の日は出し物を披露した日。その打ち上げをする。
今となって「?」だがもちろんお酒が入る。
階ごとにその打ち上げをするのだが、僕の階もミーティングルームみたいなところに全学年集まり、打ち上げが始まった。
終わった終わったと楽しい宴の途中、突然場が凍り付く出来事が始まる!

僕が一番仲の良かった偽一の新入生があろうことか、二年生の先輩を新聞紙で丸めた棒でたたき始めた。「お前誰に向かって口をきいているんだ!」切れている!

どうした?どうした?悪酔いしたのか?

そうしたら、その二年生の先輩が正座をして謝り始めた「○○さん、すいません・・・」
? ? ?
本物の一年生はポカンである。
新一年生に先輩が謝るって・・・?
その場が上手く呑み込めない・・・
何が起きた?

そこで、スタードッキリ☆マル秘報告並みにばらしが始まる。
実は三人、偽の一年生が混ざっていた。
部屋や風呂に入る前に名前を言うのも嘘。
風紀委員もうそ。あいつらホントはすごくいいやつ。

あまりの衝撃に、天地がひっくり返る思いだった。
この五日間はなんだった?

そして、僕は号泣していた。

初めて出来たと思った友達が先輩だった。
突然、友達が先輩となる衝撃。

そして、初めの5日間は新入生を楽しませるため(だましも含む)、先輩たちがいろいろ工夫して迎え入れる伝統があることなど、説明された。
明日からは普通の寮生活が待っている。先輩たちもみんな優しいよ、ということも言われその場でいろんな先輩たちと杯を交わした。
その後、新入生は浴びるほど酒を飲まされる。当時は当たり前の文化だった。
もう、やけ酒である。

そんなこんなで始まった、寮生活、大学生のころを振り返ると、あまりにも寮での思い出が多い。それだけ濃密に友達や先輩と生活を共にした期間。

インターネットが発達した今の時代にこのような「嘘」を5日間だけでも突き通すのは難しいだろう。
あの頃だから出来た、大規模ドッキリ!

あれ以来、この衝撃を受けるほどの嘘には出会っていない。
大学の中、寮の中という閉鎖空間だからこそ出来た体験。

もうあの時の偽一年生も50歳になる頃か。