101 経済の諸概念① 代謝と労働

前章

の続きです。

人間は生物ですので、代謝を行います。

ダイヤモンドのような物質は、それ自体でずっと存在し続けますが、生物はというと、運動や思考をしているときはもちろん、何もせずじっとしているときでも、体に蓄えたエネルギーを消費しており、また、体を構成する細胞は絶えず作り替えられています。

体に取り入れられ蓄えられた栄養は、エネルギー源として消費されたり新しくつくられる細胞の材料にされ、エネルギーの燃えかすや古くなった体の組織が老廃物として絶えず体外に排出されるので、人間を含めた生物は、それを補うべく燃料や自分の体の材料となる物質を、絶えず外部から取り入れなければなりません。人間の場合、1日に3回程度の食事を毎日死ぬまで欠かすことができません。

植物などの生物は、仙人が霞を食べるように、自分がいる周囲の環境の物質を自分の器官で取り入れて栄養にしますが、人間を含めた多くの動物は、必要な物質を主に他の生物から取り入れるべく、何らかの行動をしなければなりません。

この人間が行う代謝を補うための行動を他の行動と区別して労働と定義します。

人間がする行動は多様ですが、そのうち、遊びや勉強、トレーニングといった行動は、多くの場合、代謝を補う目的に直接には結びつかないので、労働には含まれません。ある行動が代謝を補う目的かどうかの程度の尺度を労働価値とします。多かれ少なかれその行動に代謝を補う目的があることを「労働価値がある」といい、その行動は労働となります。代謝を補うことを目的としない行動は労働価値がゼロで労働ではありません。

労働には、労働するための体労働するだけの力(労働力)が必要ですが、労働によって栄養を獲得してそれを摂取し、自分の体をつくりエネルギーを蓄えることは、ふたたび労働するための体と労働するだけの力を持つことでもあります。このことから労働は、労働力の(自己)再生産とも呼ばれます。

代謝によって自分の体を絶えず作り続けると同時に、その代謝を補いうる能力をも作り続けているわけです。この意味で代謝と労働は不即不離であり、どちらかが止まると個体の生命は止まります。

労働の量的考察

人間が体と労働力を維持するために補う必須栄養量を、単純に基礎代謝量に代表させてそれを仮に「1,000kcal/日」とします。

この場合、毎日1,000kcalの栄養物質を取り入れると体と労働力が維持されます。取り入れる栄養が1,000kcalを下回る日が続くと体はどんどん痩せていき、やがては自力で採食行動=労働を行うことができなくなります。これは労働力が維持できなくなった状態です。個体で生活している人間の場合、労働ができなくなると、毎日取り入れる栄養がゼロとなり、衰弱がさらに進んで最後には死に至ります。これは自分という個体の維持ができなくなった状態です。

したがって、この場合人間は、毎日1,000kcalの栄養物質を必要とし、またそれだけの量を手に入れるための労働を必要とします。その労働自体もカロリーを消費するので、満たすべき代謝のノルマは基礎代謝量と労働の消費カロリーを合算したものになります。この数字が労働価値となります。労働価値にはこのようなノルマという側面と、労力を払うことで得られるべき栄養のリターンの見込みという側面があります。

ケーススタディ

ここで、ごく原始的な人間の生活を仮定します。この人間は、最大で丸1日食べ物を探索(労働)することで、自分1人の1日の代謝を補える量の食べ物を手に入れます。1日の終わりまでに満腹になれば満足して労働を終えます。人間以外の動物はほぼこのような生活をしていると思われます。

図の(A)は半日狩りをして1,500kcalの獲物を得たケースです。これで基礎代謝と労働の消費カロリーが賄えそうなので労働をやめて、それで満腹になりました。労働価値に見合うカロリーの獲物を捕らえたわけで、このことを「(成果物に)労働価値が実現する」といいます。これを食べることで1日の代謝の収支がとれて、体と労働力は再生産されました。これで明日も狩りに出ることができます。

図の(B)は丸1日狩りをして2,000kcalの獲物を得たケースです。狩りの労働時間が長くなっているので、その分労働価値も多くなっています。2,000kcalの獲物が見つかって満腹になりましたが、労働時間が長引くほど大物を見つけなければならないことが分かります。この場合も労働の成果物に労働価値はすべて実現され、それを食べることで体と労働力は再生産されました。この日は疲れましたが、明日も元気に狩りに出られそうです。

図の(C)は丸1日狩りをしたものの、1,000kcalの獲物しか得られなかったケースです。丸1日労働したので、労働価値は2,000kcalと高くなっていますが、労働価値は1,000kcalしか実現しませんでした。これを食べたところで狩りに出た分の労力が取り戻せていませんが、狩りに出かけなければ獲物を見つけられないのですから仕方がありません。体と労働力の再生産は不十分で、体重が減る等して労働力が損耗します。ただ、労働力そのものがゼロになるほどではないというところでしょうか。

最後に以上の様子を図で示します(クリックで拡大)。

以上この章では、毎日代謝を満たすだけの生活を送る人間を考察することで、代謝労働、そして労働価値という概念を検討しました。次の記事ではもう一歩進んだ人間の経済活動を考察することにします。

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に続きます。

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