フリーターと喫茶店(ショートショート)
フリーター、アスファルトの上白い石目掛けて土踏まずを交互に差し出す。顔を上げた先に喫茶店を見つけた。外が寒かったこととドアが少し開いていたことを理由に店に入ることを決めた。
客は彼の他に居ない。
「いらっしゃいませ」おじいさんが一人。メニューを差し出す。
逡巡するかのように顎に手を当てしばらく。
メニューに指を添わせ、二秒が経つ。
「ブレンドで。」
「かしこまりました。」
しばらくしてからコーヒーが来る。
口を当てて驚く。熱い。
おじいさんが口を開く。
「こんな時間にお兄さん。お仕事は何?」
「フリーターです。」
「フリーターかあ。豪勢だね。ゆったりしてていいね。」
フリーターの涙袋が小さく痙攣する。
「はあ。」
「僕が若い頃はできなかったなあ。美味しいかい?」
にこやかにおじいさんは問う。
フリーターの息は小刻みに揺れた。
「おじいさん…。」
「あなた、その年まで生きてこられた奇跡を自覚せずにここまで来たんですか。」
「馬鹿だといいですね。生きるのが楽しそうで。」
フリーターの喉仏が泳いだ。
おじいさんは口を開く。
「返してくれ。」
「返してくれ。」
かち、かちかちかち、かち。
フリーターは震える手でコーヒーを返した。