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瞳のない人形が見つめる世界

放射冷却が街を包む。
朝日が澄み切った空気を照らす。
鴉の烏合が悪魔の遣いのように人間を挑発する。

ゴミステーションに捨てられる人形。
とある老人が切なく置き、何度も振り返る光景。
整っているが瞳がない不気味な姿。

喰いちぎられたのか、
引きちぎられたのか。
壮絶な闘いの痕跡が残る。

溢れかえるゴミの山。
埋もれる人形。
気味が悪いと警戒する人間たち。

このまま焼却されてしまうのか。
眼のない人形が暗闇の中、
必死で助けを求める。

漆黒の闇。
何かに見られる気配がする。
唸り声が聞こえる。

このまま喰いちぎられて、
手足も胴体も首も、
バラバラになって余生を終えてしまうのか。

人形には魂が宿る。
口をきけないが、
手足も動かないが、
確かにそこに意識はある。

無残な死に方はしたくない。
出来ることなら火葬で灰になりたい。

咥えられた人形は、狭い部屋に運ばれる。
体の震えが止まらない。
拷問が過る。

恐怖に怯えながら、
瞳のない魂に悲観しながら、
しばらく眠ってしまったようだ。

こんな感じでどうだろう。
人間の声が聞こえる。
どんな凶器を持っているのだろう、
どんな拷問をされるのだろう。

光を感じる。
眼のない魂に光が宿る。
恐るおそる眼を開けてみる。

笑顔で眺める夫婦。
目つきの悪いドーベルマン。
どうやらわたしは助かったようだ。

人形の仕立て屋。
どうやら、目つきの悪いドーベルマンに救われたようだ。
ドーベルマンに視線をおくる。
うつ伏せで視線を流し入れ、そのまま眠りに入る。

ボロボロだった衣服は新調され、ボサボサだった髪はツヤツヤになっている。
たかが人形に、こんなにも親切にしてくれる夫婦に恩返しがしたい。

神さま、どうかこの夫婦に天の思し召しを。

しばらくして、ドーベルマンが亡くなった。
老衰らしい。
祭壇に花を添える夫婦。
眠っている顔も人相が悪い。
どうか神さま、この老犬に冥福を。

曇天の僅かな隙間から一筋の光が差す。

あなたはこの老犬に救われた身。
この老犬の分まで生きるのがあなたの使命。
人間のからだを得て、夫婦の力になりなさい。

天からのお告げが聞こえる。

夫婦に一人の女の子が生まれる。
子どものいない夫婦は感極まる。
大切な一人娘に衣類を拵え、遊び道具を与えた。

言葉が話せるようになっても、
とある人形への関心はおさまらない。
いつも肌身離さず持ち歩いている。

この人形の眼ってきれいだよね。
まるで魂が宿っているみたい。
どこか懐かしい気持ちになるのは何でだろう。

ドーベルマンのお墓の前で手を合わせている子どもの姿に、夫婦は不思議な縁を感じるのだった。

次のおはなし▶


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