73「MとRの物語(Aルート)」第五章 5節 花瓶と花

「MとR日記」で書いておいた、「ハピトロピー」「ハピトロピーその2
のようなものの片鱗を、語っておきました。

「聡子(らしき者)」の言動に矛盾があることに気づきました。
解決するいい方法がないか。なければ第四章最終節の、
書き換えが必要。

(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第五章 5節 花瓶と花

 次の日、暗い表情のRを心配しながらも、母は先にマンションを出て駅に向かった。Rは、スクランブルエッグをのせたトーストを、無表情に咀嚼していた。腕組みをして窓の外を眺めるMが、心の中でRに語りかけた。

 R。お前の夢の中の記憶、読ませてもらった。
 俺に内緒で俺の過去をネットで調べたことを、
 俺は別に咎(とが)めないよ。
 むしろそういう慎重さに、俺は安心した。
 それで……。技を使った過去の書き換えの話だが……。

 うん……。

 お前は幼少の俺の夢に現れ、3つの警告をしてくれたんだな。
 俺の記憶に、確かにその3つの警告はあった。
 だが俺は、ただの夢だろうと思っていた。
 妹を救えなかったのは、そんな俺の甘さだ。
 Rのせいじゃない。
 竜のことは……。
 警告というより導きだと受け取ったかもしれない。
 
 導き……。私の警告が、Mさんに竜への興味を
 持たせちゃったんだね?

 ああ……、たぶん。でも、
 Rの警告がなかったとして、俺の竜への興味が、
 生まれなかったかというとわからない。
 別の手段で俺は竜への興味を持ったかもしれないし、
 少なくとも俺は、あの古本屋で、
 竜についてのあの文献を確実に手にしたはずだ。
 それほど宿命めいたものを、俺は感じたんだ。
 さらに言うとね。
 俺があれの封印を解かなくても、誰かが解いたはずだ。
 運命とはそういうものだと、俺は思う。

 そう……、かも。
 でも3つめは?

 3つめ。自決はいけない、という警告だな。
 それは竜以上に俺の心に残っている。
 確かに俺は、未来から来た不思議な少女の言葉、
 「自決なんてしないで」、という言葉を覚えていた。
 その少女の真剣さに心を打たれ、
 逆に自決への甘美な空想をかきたてられた。
 R、俺は自決への道を歩むことで、
 お前に再び会えると考えていたのかもしれない。

 え……?

Rは咀嚼をやめ、窓際に立つMの背中を見た。Mはこちらに、背を向けたまま言った。

 いや……、違うな。
 夢の中で出会った少女が、ただの夢か、
 それを超えるものか、俺にはわからなかったが、
 誰かが俺を未来で待ってくれているのだと信じた。
 だからこそ俺は、狂ったような選択をも、
 自信を持って選び、生き、そして死ぬことが
 出来たんだと思う。
 R、お前は何もできなかったわけじゃない。
 少なくとも俺は、お前に救われたんだよ。

Mは振り返り、笑顔をRに向けた。Rはその優しさに涙ぐみながら答えた。

 うん……。

残ったトーストを口に放りこみ、コーヒーで流し込んだRは、時計を見ながらコートを着て水色のリュックを背負い、鍵を持って部屋を出た。駐輪場で自転車に乗り通学路を疾走する。ある角を曲がった所でRは少し先の十字路をちらっと見た。それは以前、子猫がバイクと接触して命を落とした場所だ。赤いダウンジャケットを着た女性が、死んだはずのその子猫を抱いて立っていた。Rが過去を変えたことで、その子猫は死んでないことになった。そう、過去は変えられたはずなのだ。だが……。

 あれ?

 ん? どうした?

 ちょっと待って。

Rは自転車を漕ぎ、その女性の近くで停め、下車して声をかけた。

「おはようございます」

「あ、おはようございます。あなた、近くの高校の人ね」

「ええ……。あの、その花は……」

女性は小さな白い花瓶に黄色い花を刺したものを、電柱の元に供えようとしていたのだ。

「ああ、これは……。この子の母猫がここで亡くなっちゃって、毎日お花を供えてあげてるの。亡くなった母猫のためでもあるんだけど、この付近は危険だからっていう、運転手へのサインになるようにと思って、この子のためにね」

女性は片手で抱いた子猫をRの方に向けた。子猫はRを見て、にゃあ、と鳴いた。

「そうなんですか……」

Rは花瓶の花に向かって手を合わせ、女性に挨拶をして通学ルートに戻った。

 Mさん、過去は変えられるけど、変えられないかもしれない。
 
 あの子猫を救ったことで、
 その母猫の命を奪ってしまったかもしれない、
 ということだな?

 うん……。

 あり得ない話ではないな。
 時間を水に例えるとしたら、
 川の流れをいくら手の平でせきとめても、
 水の流れはそのままだ。
 それはせきとめられた川、自らが、
 自己を修復した結果と言える。
 時間に置き換えると、
 もし過去を変えられたとしても、その直後には、
 ほとんど変らない形で歴史が保たれるように、
 この世の事象が自己修復されるのかもしれない。
 
 じゃあ、私の能力って……、無意味なのかな?

 どうかな……。
 どうしても必要なもの大切なものがあって、
 それを護りたいとしたら、
 意味はあるんじゃないのかな?
 ただ、長い目でみれば、それは小石で、
 巨大な水の流れを変えようとするようなもので、
 あまり意味がない行為と、言えるのかもしれない。
 まあ、時間に自己修復機能があると仮定しての話だね。

 そうだね……。
 まだ時間がどんなものか、わからないね。
 もう少し実験してみないとね。

だがそうは言ったがRは、自分が二度と、あの能力を使うことはないだろうと考えていた。ある物を救うことによって、別の何かを失うことなど、あってはならないのだ。そういえば昨日、夢に出てきたあの女、聡子(らしき者)は何だったのか……。彼女は自分に、父親の死という過去を書きかえさせようとしていたが……、もし自分がそうしていたら、時間は父の代わりに、誰の命を要求していただろう? 母親か、それとも私自身の命か……。Rはそんなことを考えながら、黙々と自転車を漕いだ。

<つづく>

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