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49「MとRの物語(Aルート)」第三章 12節 脳内会議(1)

うわーー、こわーーい!
アイデアとしてはあったんだけど、あまり使い道のなさそうだった伏線が、
突如その狂暴な口を大きく開けた! おい、どうするんだよこれ……。
と、悩み中。

(目次はこちら)


「MとRの物語(Aルート)」第三章 12節 脳内会議(1)

 布団に横になり、目を閉じるR。Mと女神は、無言でRを待っていた。今Rの心の中では、二人がソファーに座り、テレビを見ていたが、自分の心の中を覗き見ることが出来ないRには、その姿は見ることは出来ない。

 Mさん? 終わったよ?

 お疲れ様。今日も色々、よく頑張ったな。

 えへへ。それで、会議は進んだの?

 いや、まだだ。ずっとお前を待っていた。
 どうやって話を進めるかだが、まず相談しないといけないのは2つ。
 ひとつ、神に図書室の霊を成仏させてもらうためには?
 もうひとつ、今日お前の身体に生じた異常について。

 身体の、異常?

 うん、それについては後だ。
 まず女神に、霊を成仏させるための条件を、言ってもらおう。

 条件……、そうね……。
 今Rちゃんが読んでいる、「暁の寺」のクライマックスシーン。
 そこに出てくるエロチックなシーンを、
 私とRちゃんで再現する、というのはどうかしら?

 却下だ。論外だ。
 ネタバレになってしまうし、Rはまだ未成年だ。

 そうよね。しょうがない。Rちゃんの身体を借りて、Mとデート。

 却下だ。そういうエロい条件は、全部却下。

 デートは別にエロくはないけどね……。
 他には……、そうね、私とMとのバトルはいったん休戦して、
 一緒に戦って欲しい相手がいるの。共闘をお願いしてもいい?

 戦う? 一体誰と……。

Mは眩暈を感じた。そうだ……、誰かと戦うために、俺は転生した……。誰とだ……、何のためにだ……。神の口からそれを聞くことが出来るのか。それはルール違反にはならないのか。

 バトルは休戦。ルールはいったんすべて白紙に。
 それでいいなら、あなたから奪った記憶を戻してあげる。

Rは黙って、ふたりの会話を聞いている。口を挟める余地などない。Rには二人の会話が、全く理解できないのだから。それによる苛立ちを隠し、RはMにすべてを任せる。Rには確信があったのだ。Mはきっと、Rを悪いようにはしないという確信。

 Rに危険が及ぶことはないのか?

 さあ? たぶん及ぶでしょうけど、その相手を放置しておくと、
 日本はそのうち奴らの手に落ちるでしょう。
 そうなった時、あなたはRちゃんを守り切れるかしら。
 でも今ならまだ、間に合うかもしれないのよ。

 日本が手に落ちる、だと?
 なら、相手は中国か、それともロシアか?
 韓国やアメリカという解釈もできるが、その可能性は低いよな。

 今は知る必要はない。その理由はそのうちわかるでしょう。
 あなたは今は、イエスかノーで、答えればいいのですよ。
 私と共闘してくれる? してくれるなら、あの霊を成仏させましょう。

Mは考えた。しかし、考えても何もいい案は出て来なかった。肝心な「相手」の記憶は、女神によって完全に封印されている。鶏がいなければ卵も出現しないし、卵がなければ鶏も生まれないのだ。Mは少し思考のアプローチを変える。この世かあの世か、どちらが戦いのフィールドかはわからないが、この女神の戦う相手と言えば、

 (1)M以外の人間
 (2)M以外の精神
 (3)神自身
 (4)地獄門
 (5)上記以外の何か

この5つしかないはずだ。今俺が得ている情報から言うと、「俺の転生した目的は、上記(1)から(5)の、いずれかと戦うこと」、であるようだ。それだけはかすかに、記憶にある。あの世にいる俺が、戦うこと目的で転生するとすれば、その相手は、(1)、(2)、(3)ではあり得ないはずだ。なぜなら、もしそうだとすれば、あの世でも戦うことは可能であるからだ。その相手に会うために、あの世を出る必要があったのだ。となれば残るは(4)と(5)だが、(4)の記憶は消されてはいない。つまり俺が戦うべき相手は、(4)ではない。人間でもなく精神でもなく、神でも地獄門でもないものとは何なのだ?

 あ……。

記憶、とは言えないほどの、かすかな匂いを、Mは嗅ぎ取った。それは透明な水のような、薄く薄く引き伸ばされた金箔から立ちのぼるような、香り……。強い強い白い光の中に、誰かがいる。一人ではない。何人かの、うっすらとした影が見える。誰だ……。お前たちは……。

Mはそこで諦め、意識を女神の姿に集中させた。女神はニコリともせず、真顔でこちらを見ている。Mが記憶を探ろうとするのを、応援でもしているような、真剣なまなざしだった。

 どうやら無理そうね。当然と言えば当然。
 ひとつだけ、ヒントを上げましょう。これに触れてみて。

女神はソファーに寝そべったまま、右手を軽く上げて人差し指を上に向けた。その先端に、赤とオレンジの淡い光を放つ、美しい宝石のような、球が現れ、Mに向かって空中をゆっくりと移動した。Mは恐る恐る、右手でそれに触れた。それは記憶の鍵だった。Mの中の、記憶の扉が一つだけ開いた。その扉を細くあけて、恐る恐る隙間から覗き込む。広い広い空間。赤い空。乾いた地面。ずっとずっと遠くに、燃えるリングのようなものが見える。それは……。

 なんだ、やっぱり地獄門じゃないか……。

そう、それはまさしく、地獄門であった。ギラギラと燃える炎、そしてぽっかりと空いた、赤黒い空間。それはさっきRの胸から開いて行った亀裂とよく似ているし、平安の世にMが苦労して召喚した、地獄門と全く同じであった。

 地獄門なら、さっき同様に「裏鬼門(うらきもん)」で消える。
 共闘するまでもなくはないか?

 そう思うのは早計だよ。もう少し見てなさい。

 ああ……、見てるよ。

そう答えたMは、数秒後にぎょっとした。2、3メートルほどだった地獄門は、急速に縦に伸び始めた。もっと正確に言うなら、地獄門を中心とした、上下の空間が、アルミホイルを突き破るように裂け、口を開けた黒い空間から、黒く巨大なものが顔を覗かせ、甲高い咆哮によって、周囲の空気をビリビリと震わせたのだ。その声は、まるで砂嵐のように周囲にまき散らされた。

 ぐっ……。

荒れ狂った大気が、Mの身体を痛めつける。なんだこれは……。Mは頭上を見上げた。巨大な黒い物は、金属っぽいとげとげしい身体を持つ、頭までの高さが100メートル程はあろうかという、龍だった。いや、もしかしたらスカイツリーほども、あるかもしれない。

 ※作者註:高さ100メートルは、シンゴジラより少し小さく、
      スカイツリーは、634メートル。

 こ……、これは。
 そんな馬鹿な……。何なんだこれは!

 それはあなたが苦労して得た、太古の龍の記憶。
 今日本の地下に、その龍が眠っているの。
 そしてその龍が近年、目を覚まそうとしているの。

そうだった……。Mは思い出した。前世においてMは、「豊饒の海」のラストを書き上げるために、そのアイディアを求め、東京の古本屋街をくまなく歩き回り、古文書や研究書を、買い漁っていた。その時に見つけた、ある不気味な画集。苦労してその謎を解いたときに見えた映像。恐怖と、絶望……。

 M、私はあなたを、前世でもずっと観察していたの。
 今まで荒ぶる神のように生きてきたあなたが、
 前世では意外と大人しくて不思議だった。
 ただの天才小説家として、終わるのかなと、
 正直私は、がっかりしていた。
 でも、違ったの。
 あなたはその創作活動を通して、人生の最後の最後に、
 とんでもない太古の遺物を掘り当てた。それがその、黒い龍の記憶。
 私は恐怖を覚えながらも、あなたの数奇な運命と、
 たぐいまれな推理力に、また驚嘆させられたの。

女神が悲しそうに言う。それはそうだ。神は恐らく、前世でも俺をバトルに誘い、俺はその挑発にのり、まんまと東京の暗がりに潜む、小さな謎を掴んだ。そこまではよかったのだ。しかしその小さな謎が、とんでもなく巨大な鶏を、生んでしまった。そして恐らくその小さな謎は、女神が生まれるよりずっとずっと前に、この宇宙に産み落とされていたのだろう。Mの眼前の、太古の龍がまた吠えた。Mは恐怖に震えながら、両耳をふさぐ。扉を閉じればすむことだがそれが出来ない。Mは今、蛇に睨まれたカエルだった。

 その龍を私と一緒に始末してくれるなら、
 図書室の霊を、成仏させてあげましょう。
 どうしますか? M。

 そ、そんな……。こんな酷い取引なんてあるか!

ずっと黙っていたRが、たまらず声をかけた。

 Mさん! 大丈夫!
 図書室の霊は、私とMさんだけで、何とかしましょう。
 すぐに戻って! あんまり無茶しないで!

Mは龍の顔を真っ直ぐに見上げたまま、後ろ手でドアを探り、外へ出た。扉を閉めると、そこは女神がさきほど出現させた、ソファーの近くだった。Mはソファーにがくっと崩れ落ち、ぜえぜえと息をした。

 なんてことだ……、あんな化け物が……、日本の地下に?

 ええ。ただ、別の位相に潜んでいるから、
 今は私とあなたくらいにしか、見えないだろうけど。
 もしかしたら今ならRちゃんにも見えるかも。
 それでMさん、お返事は?

女神は再び真顔で、Mを見つめていた。Mは息を整えながら、女神を睨み返した。全く、地獄門よりよっぽど厄介じゃないか。いや、地獄門が卵で、あの龍が鶏か……。やがてMは、ニヤリと笑って答えた。

 面白い。やってやろう!

<つづく>

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