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”世界のクロサワ”と称えられた 傑作『羅生門』 no.2

↓↓↓見て!見て!目次つけたの!!新機能!これで長ったらしいイントロを飛ばして本編行けるね笑  読むのめんど〜って人はどれか一つだけでも読んでってくださいね!よろしくお願いします🐌

イントロ

  こんにちは!!この記事を開いてくれてありがとうございます。女子高校生のrynca🐌です!

   突然だけど、主は今コロナウイルス感染中です!!ぱふぱふぅ!!←っておい!ちゃんと安静にしろよ!!ってツッコミが聞こえてくるけど、まーまーそーなんだけどさ笑笑

  実はね、なんと主はコロナかかるの2回目でして。1回目は熱が40℃越えちゃって、あ、もう死ぬんだなって薄ら三途の川見えたくらい辛かったんよ笑   でも今回はなんか高くて38.5℃くらいで、全然辛くないじゃん!めっちゃ生きてるやん!ってなってたんすよ。だいたい2日目3日目くらいがピークだと思うだけど、今3日目でこれ書いてるし、なんなら昨日、本文の方書いてたし。実はびっくりするくらいピンピンしてます!!だからコロナの実感ないんだけど、コロナらしいっすね笑

   はぁい!てなわけで大人しく自粛してます!でも全然元気だからただの休日なんよね。たくさん寝て、たくさん食べて、たくさん映画見ます!!

  そーいう感じで本日2回目ということですが、コロナと一緒に頑張って行きましょう!もしかしたら所々誤字脱字が目立つかもしれませんが、そこら辺は暖かい目で!怒るならコロナにおこってください!なんてね笑    うそうそ笑  できるだけないように努めます!では早く本編に行きますよ!ぜひ最後まで読んでいってください。前回の続きということで私がみたのは、、、(本編スタート!)


”世界のクロサワ”と称えられた傑作『羅生門』

あらすじ

  平安時代。空から降り注ぐ大粒の水滴たちが羅生門に打ち付ける。嫌という程耳に入ってくる雨音と幾度の嵐を超えてきたかという程に朽ち果てた羅生門。そんな殺伐とした天気を背景に、旅法師と柚売りが通りすがりの下人になんとも不可思議な出来事を語り始める。
  都で起きた侍の殺人事件。その場にいたとされる山賊と貴族の女性の言い分が、なんともすごく異なって、その後にも続く侍(武弘の霊が憑依している)の証言も2人とは似ても似つかないような内容だった。
  果たして本当の真実とはなんなのだろうか。いや真実は本当にいつも1つなのだろうか。全てが疑心暗鬼になる酷く恐ろしい物語が幕を開ける。そこに隠された本当の物語の真実とは。

作品の大まかな情報

  この作品は『七人の侍』や『生きる』で知られる黒澤明が”世界のクロサワ”と称えられるのようになったきっかけの映画である。また原作は芥川龍之介の『羅生門』と『藪の中』で、話の軸は『藪の中』がメインになる。
   撮影は”世界のミヤガワ”と称えられることになる宮川一夫。音楽は早坂文雄が手掛けた。
   様々な分野のプロフェッショナルが集まり、伝説の『羅生門』が生み出された。

雨と太陽

  旅法師と柚売りと下人が語り合う場面ではポンプ車何台分かも分からないほどの雨を降らせている。黒澤監督はその降り注ぐ水に黒汁を混ぜ、雨が鮮明に見えるように技巧を懲らした。その結果、何百本の黒い線として、フィルムカメラに映し出される。「これが”世界のクロサワ”かぁ、」と圧巻されるほどにその描写が美しくて怖い。そしていつしかその描写が1つの浮世絵を見ているかのように思えてくる。
  浮世絵。浮世絵でよく見る線で雨を表現する技法。それの技法は、実は世界で浮世絵が初だったという。線で雨を表現するという革新的な発想を生み出した江戸時代の大衆文化。そして黒汁を混ぜて雨を美しく表現した黒澤監督。違う時代に生まれた雨の表現はこうして現代に語り継がれていく。(ちょっと余談でスマン🙏)

  「3日前だ。ワシは山へ薪を切りに行った。」そう旅法師が頭蓋骨に響き渡る雨音をもかき消しながら語り始める。

  次に広がる情景は木々の中から差し込む強くまがまがしい太陽の光だった。大雨からの打って変わったその太陽の生命力に胸が惹かれてしまう。しかし同時にそのコントラストが身体に不気味さを与える。
   実はカメラに太陽を映し出したのは世界で今作品が初めてのことであった。それだけにならず、森の中にカメラを入れるという行為も世界を驚かせた。森である重要性について「詳細で奇妙な光と影は、人間存在の奇妙な反応を反映することができる。」そう黒澤監督は語っている。          
 この思いを忠実に対応しているのは、溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)、小津安二郎監督の『浮草』、など日本が誇る名監督の作品のカメラマンとして、世界に知られる宮川一夫である。葉々の間から差し込む光の一光一光を立たせ、役者の表情を日光と一体化したかのように輝かせる。音楽を手掛けた早坂文雄が
「葉の間から陽光がきらめき、自然が形成するあらゆる模様、そして人物の動き、顔や手が、途方もなく雄弁で美しい絵を作る」
と絶賛するほどにまるでワンシーンワンシーンが絵になる。
  こうして続く大雨と太陽の世界最高峰レベルの描写は、モノクロ映画に色調をつけ、世界の映画ファンならずプロである映画人の心をも鷲掴みした。

静と動

  黒澤監督は光と影、太陽と雨の他にも”静と動”にもこだわりを見せた。

  冒頭。歪んだ地面や崩落した柱などを打ち付ける雨の様子がいくつかのカメラアングルで捉える。前後のショットで90°に切り替わったり、正反対に転回したりするその構成は映像にリズムを生み出し、躍動感を与える。逆に羅生門で腰を下ろしている2人の人間に動きはない。躍動的という言葉には程遠い様子が映し出される。そこに現れる愉快なおじさん(下人)。雨の中をどこぞのカエルかような走り方で渡ってくる姿に心を動かされる。そんなアクシデントが起こっても気にならんほどに本心状態の2人。
   2人の人間と背景(天気)の”静と動”。下人との”静と動”。冒頭のシーン1つ切り取ってみてもいかに”静と動” が使い分けられているかが分かるだろう。

   森の中で撮影されているシーン。この場面では”動”が強く印象付けられる。
   森を駆け回る山賊を追うようにカメラが動く。真横と正面と背面と引きと。沢山のポジションで捉える山賊の動きと樹葉の流れがどことなくダイナミックで目に焼き付けられる。
 そして森でしか鳴り響かない音楽がそのダイナミックさを増幅させている。映画を観ているのにまるでクラシックコンサートに来たかのような壮大かつ綺麗な音色に誰もが聴き入ってしまう。
  その音楽は、早坂文雄がラヴェルの「ボレロ」風に作成したものである。
 巡り回り絡み合う3人の思いが鳴り止まない太鼓のリズムと共鳴していく様はいつしか自分の心臓の音とも重なりあう。それがなんとも心地よく、音楽こそが『羅生門』の魅力を底上げしていたことに気付かされた。

 旅奉仕や山賊たちが証言をするシーン。この場面で は”静”が強く印象づけられる。
 雲量はされど多くないが、薄い雲が覆っているかのように薄暗い空気が漂っている。森でのダイナミックなアクションやカメラワークとは対象的に固定されたカメラが証言者の表情をワンカットで捉える。山賊が大口を開けて高笑う姿。貴族(女性)が崩れるように泣き叫ぶ姿。死者が憎しみと恨みで荒れ狂う姿。それぞれの人物が渦巻くエゴと欲望を固定カメラとロングカットによって映し出した。
 このような演出へのこだわりを「演技の途中でカットして、俳優の盛り上がった気持ちを中断させるとよくないよね。だから全部スーとやって、そのままワン・カットで撮る。そのかわりリハーサルをばっちりやる。」(「キネマ旬報」1976年 新年特別号より抜粋)そう黒澤監督は語っていた。
 こうしてワンカットで収めたそれぞれの証言は”静”であるはずの描写の裏で、蠢いている強いエゴを私たちの心へストレートに刺していく。

 このように”静と動”を差別化していくことで、3つの時系列が混在していることをより分かりやすく演出するとともに『羅生門』という映画に独特な”テンポ”を生み出した。
 ぜひその”テンポ”に注目して観賞してみてほしい。きっと黒澤明の世界観にやられてしまう。そして”世界のクロサワ”という言葉を嫌でも納得させられてしまう。奇妙な程完璧に計算された黒澤監督の腕を篤とご覧あれ。


アウトロ

   はあい!ってなわけで、第2回目は黒澤明監督の『羅生門』を取り上げました!!
 ちょっと長くて疲れたぁ。でも楽しかったぁ!!

   このね『羅生門』はね、前回の記事を最後まで読んだ人はわかるかもしれないんだけど、最近国語の授業で「羅生門」をやりまして、そこで映画あるって聞いたから観てみた感じなんですよ。もう、びっくりだよね。全然「羅生門」の話じゃなくて笑  おばさんどんな感じに描いたのかなって思ったら全く出てこなくてさ笑  (ちょっと寂しい)

  で、よくよく見たら「藪の中」っていうもうひとつの芥川龍之介の作品の方が原作だったなんてね。短編小説の方も凄かったけど、それをまた映像として忠実に再現してる黒澤さんの腕もすげーや。どっちも凄すぎて、これが最高峰の芸術と芸術のコラボレーションなんだなって感動しちゃったよ!!


 ちなみにね、私は、あの貴族の女の人、めっちゃすきなんよね。ちょー醜いんだよね笑  3人の中で1番エゴとか欲望とかが大きくてそれでいて、それを見せなで隠してて。表と裏がもうすんごいすんごい。ほんと好き!!基本的に人は他人には見せない顔ってやっぱ1つや2つあると思うんだけど、ここまでハッキリ分かれてるとさすがに好き笑  
 やっぱ女の人は昔から(ってか昔の方がかもしれんけど)エゴとか欲とか表に出さなかったんだねぇ。ま、そりゃそっか。「美しくありなさい」「綺麗でありなさい」だもんね。今ジェンダーフリーとかでそれがタブーにはなってるけど、それもなかなかゼロになるのは難しいだろうな。「女性は共感脳!!」みたいに生物学的に違う部分はやっぱあるし。でもそこを理解した上でどうジェンダーをフリーにしていくのかが大事なんだろうね!やっぱ難しいな、、ジェンダーフリーのこともそーだけど、今現状の社会の事とかもっと知っていきたいです!!
 そー思うと、映画観るとその時代の背景が見れてめっちゃ学びになるよねぇ!だからこれからどんどん触れていきたいな!!

  てな感じで今回もそろそろ終わろうかな!次回作はどーしよ。今めっちゃ観たい映画いっぱいあるからなぁ。てか、羅生門観てめっちゃ『怪物』観たいんだよなぁ。コロナ治ったら観に行きます!絶対!!

   はい!ここまで読んでくれてありがとうございます!!!最後は黒澤明監督に挨拶して閉じてください!また次回お会いましょう!バイバイ👋

黒澤明監督

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