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エウレカ 私は見つけた 第5話

5嫁ソフィアの変化

 結婚してほどなく、ソフィアは身ごもった。息子しかいないミケーネは、まるで娘ができたようで、うれしくてうれしくて、たまらなかった。
 自分は刺繍をしながら、ソフィアとお茶を飲み、たわいのないおしゃべりをする時間。それはミケーネにとっては、初めてといってもよいほどの、満ち足りたひとときになっていた。
 また、絵を描くことに夢中で、あまり料理をしたことがないソフィアに、彼女は作り方を教えるのが、楽しみだった。

 夕食のメインは、ムサカ(ナスとじゃがいもにミートソースとホワイトソースを交互に塗って重ねて焼いたもの)にしようか?
「ニコラオスはそれにズッキーニを入れたものが特にお好みだよ」
料理を作りながらミケーネは、さりげなく息子の好きな味や食材を伝えた。
ソフィアは
「お母さん、これ、とってもおいしいね。レモンの酸味がアクセントになっている。私もおいしい料理が、早く作れるようになりたい」
素直なソフィアがそういうものだから、ミケーネも張り切って料理を作り、コツを教えた。

 孫のエレーニを連れて、息子夫婦がやってくる週末は、ロドリゴたちにとって、とても幸せに満ちた楽しい時間であった。ふだんはめったに笑わないロドリゴも、エレーニの可愛らしさにメロメロの様子。彼女が小さなかわいい手でお人形をつかもうと手をのばす。そんな何気ない動作にも、みんなが顔を見合わせて微笑む。
 ロドリゴもミケーネも、孫娘の成長を見守ることができ、うれしかった。エレーニは、みんなにとって幸せを呼ぶ『天使』のような存在だったのだ。

 ところがソフィアは、2人目を身ごもったあたりから、だんだん笑わなくなった。それどころか、何かの折に思い詰めたような表情をするようになった。
 ミケーネから見ると、彼女はこの街にスムーズになじんできたように思っていたが、これから先もずっとこの島で暮らすことに、不安があるのだろうか。
 
 そう考えて、改めてソフィアを見ると、美大生で、はつらつとまぶしかった独身時代とかなり印象が違う。もちろん、これから2人のお母さんになるので、落ち着きが出てくるのは当然だ。でもミケーネが気づいたのは『彼女らしさ』がいつの間にか、消えてしまっていることだった。

 もしかしたら、『夫のニコラオスが、ロバタクシーの仕事を続けていって、この先、子どもたちの養育はどうなるだろう』という漠然たる不安もあるかもしれない。
 ミケーネは、彼女が安定期に入ったら、一度アテネに行くことを勧めてみようかと直感的に思った。生まれ育った土地の風に当たったら、また元気になるかもしれない。

 ニコラオスにソフィアのアテネのことを相談すると、彼は、一瞬とまどいの表情を見せたが、
「妊娠中は、精神面が不安定になることもあると聞いた。お医者さんに相談して、10日ほどアテネに帰るのはどうかな。僕が2人を連れて行くよ」
 しかし、アテネに戻った2人は約束の10日たっても、帰ってこなかった。
 
 ロドリゴは、ミケーネがアテネ行きを勧めなかったら、こういう結果にはならなかっただろうと思っているらしい。だが、表立って彼女を批判するようなことはなかった。
 ミケーネは、気になることは、何でも早い段階に解消してたほうがいいと思ったので、一度、生まれ故郷に帰ってみることを提案した。
 ソフィアがアテネに戻らなかったら、たぶん現在も家にいると思うが、問題を先送りしていたら、かえって後から大変なことになるのが心配だったのだ。

ロドリゴは
「ソフィアは、一体何を考えているんだ。そっちがその気なら、ニコラオスは離婚したほうがいい」
と言う。
 ニコラオスは、家族と両親のこと、そして自分のこれからの仕事について、大変悩んだあげく
「やはり、2人とは別れることはできない」
と決断し、まだ一度も離れたことのないサントリーニ島をあとにした。
 ロドリゴは、ニコラオスがふがいないとなじり、
「もう二度と帰ってくるな」と別れ際に捨てゼリフを吐いた。


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