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your pradise Hotel 第四話 悩み多き職場

ひろとの場合
「君、今月も売り上げ最下位だぞ」
同僚のりくが、みんなの前で係長から注意されている。
先月もりくが最下位だった。だが僕もたいして変わらない。

僕は大学でマーケティング分析を学んだ。だがいざ職場に入ると
そのような理論はふっ飛び、精神力の大切さを問う
旧態依然の組織だった。

りくは体育会系で明るいから、新入社員を代表して叱られている感がある。
でも係長、知っていますか? 明るい人ほど落ち込みやすいのです。
僕のように一見暗そうな人間が、実はしたたかな場合があることを。
同じ話が繰り返されると、ダメージを受けないように神妙な顔をして、
他のことを考えていることもあるのです。

やっと入ったこの会社を辞めるわけにはいかない。
だけど転職でもしない限り、ずっとこの会社にいることになる。
この先に希望はあるのだろうか?

社会人としてスタートを切ったばかりのひろとは、悩んでいた。
そんなとき、パラダイスホテルのことを友人から聞いて、
おもしろそうだからと軽いノリで行くことにした。
最後までネックになったのは、好きなコーヒーが飲めず
オンラインゲームも出来ないことだ。

ホテルは簡素な造りで、周りには豊かな自然がいっぱいだ。
あちこちの部屋を見て回ったが、「ここだ」と思うところは
なかなか見つからなかった。

スタッフのたくみが ハーブティーを入れてくれた。
コーヒー好きのひろとにとっては味がしない。
「ただの草だな。これがレモングラスというのか。
そう言われるとかすかにレモンのような味も
するような、しないような…」

ふだんから刺激の多い食べ物を好むひろとの舌は
微妙な味の違いがわからないのであろう。

夕食も全体的に薄味でひろとには量も物足りなかった。
夜にゲームばかりしているひろとは、することがなく、
コミュニティルームの椅子に座った。

向かい側の初老の男性と目が合ったので
当たり障りなく
「こんばんは。今晩のお食事、どう思われましたか?」
と声をかけた。
するとその紳士は
「君のように若い人はパンチやボリュームが欲しいよね。」
私には十分だけど…   数年前にちよっと病気をしてから、
食事に気をつけている。天然のだしを使った健康的な料理
にも慣れてきた。だが、君らの年にはもっと味のはっきりした、
どーんとカロリーのあるものを食べていた。
しかも早食いだった。」

「そんな暮らし、いいわけないよな。」

「そうなんですか? 僕は何にでもソースをかけたくなるので、
困っています。」
「ハハハ。若いときはみんな似たようなものさ。」

「それはそうと、今日はどの部屋に行ってみた?」
「実はこれと言った所がなかったんです。僕は
プラモデルづくりが好きなんです。」

「そう。趣味があるのはいいことだよ。」
「でも最近就職したばかりで、今は作っていません。
また、会社でも営業成績がのびずにつらいです。
会社の運営も精神論が中心なので」

「それはきついね。まずは会社以外にも、居場所を
つくるというのはどうだろう。プラモデルづくりのコミュニティに
入り、イベントに参加して気の合う仲間を見つけるとか。
同じ趣味の友だちをみつけると、新たな発見があるかもしれない。
副業のチャンスもね。」

「もう一つは、会社にあと5年いて、その後転職するなど
計画を立てることだ。年数を区切ると心が晴れやかになる。
今の会社の経験を次の仕事に生かすと決めると、
ものの見方が変わってくる。」

「結果として5年後、転職しなくてもいいんだ。
残る選択をした君は、今の会社に土台をつくったと
いうことだから。」

ひろとは話を聞きながら、この人は経営に携わり、今も
最新の情報を入手している然るべき地位の方だと思った。
ただこのホテルでは、社会的立場にふれてはならない。

「僕の父親は、たぶんあなたと同年代ですが、
相談できないのです。弱みは見せたくないし、
そしてきっと『石の上にも三年』というから」

「まあ、何と言われるかはわからないが… 家族には
なかなか言えないね。かえって第3者がいい。
そうだ。今後何か相談したいことがあったら、この
電話番号に連絡していいよ。」
と小さなメモをくれた。

「私は松本と言います。取次の者が出たら、
パラダイスホテルで会ったと言ってください。
折り返し時間をみて、前途ある君に電話するよ。」

「パラダイスホテル。まるで私たちの合言葉ですね。」
ひろとは思わず笑ってしまった。

余裕のあるゆったりとしたふるまいと
ちゃめっけのあるユーモア。
こんな人に将来なりたい。






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