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小高い丘の自販機 #3ぬいぐるみのボビー

6歳のみゆきには友達がいた。それはぬいぐるみの子犬ボビー。どこに行くにでも一緒で抱っこしたり、持ち運びのできる手提げ部分を持ってお散歩したりした。
みーちゃんのお母さんはとっても厳しく、弁が立つ。それに比べ、みゆきは口が重いものだから、説明したり気持ちを伝えたりするのが苦手だった。

だから、みーちゃんはお母さんに強く叱られた日には、ボビーをぎゅっと抱きしめ、悲しさを紛らわせていた。ボビーは何も言ってくれないが、愛くるしい目で、じーっと見つめてくれる。ぎゅっとボビーを抱きしめることで、みゆきは心のバランスをとっていたのだ。

6月になったある日のこと、庭に水が溜まるとお母さんが言ってたので、みーちゃんは土を掘り返し、溝を掘った。でも大人から見ればそれは遊びに見えたかもしれない。お母さんはわけも聞かずに、いたずらだと決めて厳しくしかった。
みーちゃんは溝を掘ったわけを話したかったが、全く話をする機会がなかった。
そんな悲しいとき、みゆきは部屋の隅でボビーを抱きしめ、涙を流した。叱られることで、みゆきはますます自分の気持ちを言えなくなった。

みーちゃんは『名犬ボビーのぼうけん』と回文のようなへんてこな呼び名をつけて、晴れた日にはボビーを連れて近くをずんずんと歩いた。花を摘んだり、ちょうちょを追いかけたり…
そんな心の友だったボビーとの別れは、突然だった。その日のことは、ショックで、まるで不意に平手打ちを食らった気分になった。

部屋にあったボビーが学校から帰るといない。母に尋ねると、
「最近さわっててないから、親戚の子にあげた」と。
母の言い分は、最もなだけにぐうの音も出ない。
「えっ!」
確かに小学生になって、みゆきは友達と遊ぶのに夢中だった。でもお礼をいってお別れぐらいはちゃんとボビーとしたかった。

ある日、みゆきは、丘の上に立つ自動販売機を見つけた。
『思い出の品、注文できます』
それを目にしたとき、真っ先に思い浮かんだのがぬいぐるみのボビー。
親戚の子にもらわれた後は、幸せだったのかな。

「小さい頃抱いていた、ぬいぐるみのボビーをお願いします」
「はい、ご注文承りました。頭の中にそのぬいぐるみのことをありありと思い浮かべてください。あなたの脳内をスクショしますので」

それからしばらくして、ポトリと音がした。そこには何十年ぶりに見る懐かしい姿が…。ふわふわの茶色の毛。くるっとしたつぶらな瞳。その可愛い姿に思わず抱きしめた。

相変わらずボビーは何も言わない。みゆきはボビーに話しかけた。
「寂しいとき慰めてくれて、ありがとう。小さい時ボビーは1番の友達だったよ」
その時みゆきは、ボビーの声を初めて聞いたような気がした。
「みーちゃん、今は幸せ?いつまでもむかしのことを考えていると、先に進めないよ。ボクは、あの頃のみーちゃんのさみしさもわかっていたよ。自分の気持ちをみんなはわかってくれないと決めつけないでね。そしてこれから少しずつ心の扉を開いて、自分の気持ちを話すようにしてね。そうするともっと心が軽くなると思うよ。もともとみーちゃんはボクと冒険に行くように活発なのだから」

「ボビーありがとう」
私の心は全てお見通しだ。
『いろいろなことにこだわりすぎていたのは、私の方かもね。日々起こる出来事は、もっと単純で深い意味は無いのかもしれない』

「これからは、あなたの言う通り、心を軽くして前を向いていくね。ボビーも幸せにね。ありがとう。そしてさよなら」

何かが吹っきれたように、みゆきは坂道をずんずん降りていき、あっという間に見えなくなった。


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