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ナンジャモンジャ博士のマジカル発想 #2心編

  無事ヒロシの手術も終わり、今はゆっくりとベッドに横たわっている。窓の外で風にそよぐ黄緑色の葉を眺めながら、ナンジャモンジャ博士の言った「心のシート」とは一体どんなものだろうとぼんやりと考えていた。

 同じ部屋のソウタくんは、とても感じやすい心を持っている。彼はよく絵を描いているが、以前僕は、彼のスケッチブックを覗きこんだことがある。すると、その中には淡い色の美しい景色があふれていた。小学校2年生くらいの男の子の中には、戦うヒーローに夢中で、外を元気よくかけ回っている子も多いだろう。 

 ソウタくんは、運動が苦手だと僕に話したことがある。ドッジボールでも徹底的に狙われる。「だからみんな僕を同じチーム入れたくないんだ」と。

 ある日、そんなソウタくんにナンジャモンジャ博士の心の保護シートの話をすると、顔がパッと輝いた。ソウタくんは僕に何も言わなかったけれど、ナンジャモンジャ先生の話を彼は聞いたほうがいいと、僕は直感的に思った。

 そこである夜、『心のシートについて博士の話を聞いてみたい』と思いながら、眠りにつくことにした。すると、何時ごろだろうか。またコトリと音が聞こえたような気がして目を開けると、ナンジャモンジャ博士がそこにいた。

 博士は「手術が成功しておめでとう。よかったね」
と、ヒロシににっこり笑って声をかけた。

「ナンジャモンジャはおまじないって聞いたけど、効果はほんとにあったみたいです。あのあとぐっすり眠れたし、手術も無事成功しました。だから、今度はこの部屋でいっしょに過ごしているソウタくんの繊細な心を守るために、心のシートのことを知りたいのです。今日は夜も遅いので、いつか昼間ソウタくんが起きている時間に来てくださいますか」
 ヒロシは博士の微笑みを見て、素直な気持ちがあふれてきた。だから、まるでせきを切ったかのように話し始めた。黙って、ヒロシの話をうなずきながら聞いていたナンジャモンジャ博士は、
「分りました。ちゃんと病院にも許可を取って、この病室に来ます。あさってのお昼はどうですか」
と答えた。それを聞いて、ヒロシはすぐに来てくれることをとても嬉しく思った。
 「1時過ぎなら、お昼ご飯も終わってるし、2人とも診察の時間でもないので大丈夫だと思います。ナンジャモンジャ博士、ソウタくんのこと、どうぞよろしくお願いします」
 すると博士はくるりと背を向け、「それではあさって、また来るね」
と片手を挙げて病室を離れた。

 約束の日、ナンジャモンジャ博士は本当に現れた。手に大きな一抱えのシートを持って。
「一体それはなんですか?」とヒロシが尋ねると
「心の状態を転写するシートです。これを見ながらお話ししていくと、心の傷がだんだん回復します。その処置をした後、今後、繊細な心がなるべく傷つかないように保護シートを貼ります。それで治療は終わりです」

 ヒロシは
 「僕は今まで心のことはお話を聞いてもらいながら、回復していくものだと思っていました。博士の考え方は初めてで、とても興味があります」と言った。

 「ありがとう。それでは早速お友達を紹介してください」

 「今日お話を聞いてほしいのは、ここにいるソウタくんです。博士、ソウタくんはとっても絵が上手なんですよ。まず彼のスケッチブックを見てください」

「どれどれ?おおっ!これは素晴らしい。ソウタくんは何年生なのかな?この線の細やかさといい、色選びのセンスといい、素敵だね。ほんとにすごいなあ」
 それを聞いた颯太くんは、ちょっとはにかみ、照れたような表情を見せた。 でも、とてもうれしそうだった。
 
 「それじゃあ、まず君の心の状態をシートに転写してみるね。心にはるシートには、種類がいくつかあります。君にとってさわりごごちのいいものを選んでください。1つ目、ぬいぐるみのようなふわふわのシート。2つ目は、どこかひんやりとする透明シート。3つ目は、綿のようなさらっとしたシート。君にとって1番しっくりするシートはどれかな?触って確かめていいから選んでね」
 ソウタくんは、シートに頬ずりしたり、手のひらや手の甲で触ってみたりしてその感触を何度も確かめた。そしてようやく

「そうだなあ。じゃあ、僕はぬいぐるみのようなふわふわシートにします」
と、博士に伝えた。

「分りました。じゃあね、今から君の心にふわふわシートを巻いてみます。目を閉じてゆっくりと深呼吸してくださいね。1分ぐらいそのまましていると、今の心の状態がわかります」
 いよいよ、ソウタくんの心の状態がわかるのかと思うと、ヒロシもワクワクし、またドキドキしてきて気持ちが高ぶった。
 
 見ているヒロシにとって、1分間は、結構長い時間に感じられた。ソウタくんの心が転写されたシートを見ると、ウグイス色の絵の具がボワっとにじんだようなところや黒っぽい濃い色でとげとげした形のところなどがある。それを見ているだけで、ソウタくんの心の悲鳴のようなものが聞こえてくるようだ。

 「じゃあシートの見方を説明するね。こちら側から年齢を見ていきます。今、2年生だから、右端が8才の時のことと考えます。ソウタくんの心の地図を見ていきましょう。この淡い色でボワッとにじんでいるところは5才位だなぁ。何かショックなことがあった?」
 ナンジャモンジャ博士が尋ねた。
「う〜んと。家で飼っていた犬のラッキーが死んだ頃かなあ」
 
 「これを見るとね、もともと形がとっても大きいから、かなりショックだったと思うよ。だけどね。これは君が自分で、心の傷を治していったんだよ。だから色が薄くなってるんだ」
 「君はラッキーが死んだとき、たくさん泣いたよね。どうやってそれを乗り越えたのかなあ?」

 僕は悲しくて、寂しくてしばらくご飯が食べられなくなりました。ラッキーは、僕の大好きなお友達だったからです。僕が気づいたときにはもう家にいました。ラッキーがいなくなって、あまりに、僕が泣いているのでお父さんがとても心配しました。その時にお父さんが教えてくれたんです。
 
 『犬の年と人間の年は違うって。僕が生まれる前からラッキーは家にいたらしい。人間だったら80歳を超えている。だから、お別れするのも仕方ないんだよ』

 その話を聞いて、初めは悲しさは変わらなかったけど、だんだんお別れするのは、どうしようもなかったんだと思うように変わった。そしてラッキーにありがとうって言ったんだ。

 「すごいね。ラッキーがいなくなって寂しかったのにね。お礼を言ってちゃんとお別れができたんだよね。5歳位で、それはなかなかできることではありません」

 「次にこのとげとげの黒い形。これは最近のものだと思うんだ。まだ君も言われたショックから立ち直っていないね。なんて言われたの? 」

 「僕は運動もできなくて、いつも絵ばっかり書いてるから弱虫って言われたんだ。悲しかったけど、本当のことだから何にも言い返せなかった。だけど嫌だったんだ。本当は運動ができなくたっていいんじゃない?得意な人もいたっていいように」

 「そうだね。君が言う通り、いろんな人がいていいんだよね。その運動ができる友達は、絵が上手な君がうらやましかったかもしれないね」

「えっ?そんなことってあるの?」

「どこかで君のことをうらやましく思う気持ちがあって、わざと傷つける人もいます。君は信じられないだろうけど、人が困るのを見て喜ぶ人もいるんです」

「今から君の柔らかな心を守るためのプロテクトシートを貼ります。これを貼ると言われたことをいやだと押し戻す力が出てきます。でもこれは予防シートなので、これを貼っても困ったことがあったとき、必ずおうちの人や大人の人に話をしてください。100%守れるものではありません。ただ今までよりは、心にショックを受ける事は少なくなるでしょう」
 
 「もう一つは僕からのおすすめです。運動すると、体だけじゃなく心も強くなります。心がもやっとしたら、体を動かしてみましょう。君には1人でできる競技が向いてるかもしれません。日本に昔からある柔道や、剣道などの武道と言われるものは、ケンカに勝つためのものではありません。心も鍛え、体も鍛えることができるでょう」
 そのアドバイスを聞いて、ソウタは1人でできる運動をやってみようかと心が動いた。
 
「また、ソウタくんにとっての絵のように、自信をつけられるものをこれからも続けていきましょう。いじめっ子たちは『自分に自信がない。ビクビクしている子ども』をからかいたくなるようです。自分に自信を持つこと。これはプロテクトシートよりももっとパワーがあるかもしれません」

 博士は、続けた。
 「人に弱虫と言う人は、自分が弱虫なのです。人を傷つけない優しいソウタくんは、実はとっても強い人なのですよ。このことがわかれば、悪口を言ってくる人は、弱い人だとわかります」
 
 「決して自分を弱虫だと思わないこと。そしてソウタくんにしかないキラリと光るものを、これからもみがいていってくださいね」
 
 ナンジャモンジャ博士はソウタくんにウィンクをして、足取りも軽やかに、スキップするかのように病室を去っていった。


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