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なぜ日本企業はグローバルなマーケティングができないのか?

グローバル展開で苦労した体験から学んだこと

大手ゲーム会社で、私はグローバルのマーケティング責任者として8年間活動しました。その間、日本企業が海外市場でグローバル企業(多くは米国企業)とどのように戦い、顧客を獲得するのかを必死で考え続けました。結果的に、私自身にグローバルでの成功したと言いきれる実績が残せたわけでもなく、そもそも自分をグローバル人材というほどの十分な英語力もないことを自覚しているので、このテーマでの執筆には迷いがありました。しかし、実際に経験したことから、成功の秘訣を語るのではなく、失敗から学んだ教訓を共有することも有意義なのではないかと考えグローバル展開についても書くことにしました。なお、最初に申し上げておきたいのは、失敗の事例も含めて書きますが、これは当時在籍していた企業を悪く言うつもりは全くありませんし、それそれの会社を離れて少なくても4年近くの時がたっているので、その会社の現状を把握したうえでの話ではないことは今いらっしゃる方にご迷惑をおかけしたくないので、十分ご理解いただければと思います。

ちなみに、2012年に入社した際には、当時のそのゲーム会社は海外売上がかなりの割合(半分くらい)を占めている状況でした。当時の楽天と比較すると遥かにグローバル展開に成功している企業であるといえました。しかし、中に入ってみてわかったのは、その企業においても、私の専門分野であるマーケティングにおけるグローバル戦略や知識は乏しかいと言わざるを得ない状況でした。

精緻なマーケティング戦略がなくても海外で物が売れるわけ

当時、なぜそんな状況になっていたのか、私は以下の2つの大きな理由があると考えました。

  1. プロダクトアウト型のビジネスと差別化: 当時のその企業は、自社の製品が市場で十分に差別化されており、それ自体が販売を促進する要因となっていました。そのため、細かなグローバルマーケティング戦略を展開する必要が少なかったという側面があります。

  2. リテール型ビジネスのマルチローカル性: その企業の海外での主力商品がリテール型のパッケージソフトでした。リテール型のビジネスというのは地域ごとに異なる戦略が必要であり、一律のグローバルマーケティング戦略が適用しにくい状況でした。このため、マーケティング活動は現地法人にある程度任せている状況で、本社は特に関与していない状況でした。

これらの条件が揃うと、グローバルマーケティング活動が必ずしも不可欠ではないという結論に至りました。それぞれについて、もう少し詳しく見てみましょう。

まずプロダクトアウトの視点です。当時のそのゲーム会社において、海外で大きな成功を収めたタイトルはおそらく以下の2つでした。まず、有名なサッカーゲームシリーズと、某有名クリエイターが手がけるステルスゲームシリーズです。これらのタイトルは、日本企業がグローバル市場で優位性を持ち、独自のジャンルでNo.1の地位を築いた製品です。つまり、クリエイター手動で開発された商品の競争力がグローバル市場においても十分に高かったのです。

入社前の情報なので推測ですが、これらのタイトルがグローバルで成功した理由は、海外のゲーム雑誌や情報サイトで高い評価を受け、大きな話題性を持ったためと考えられます。特に、2000年代前半のマーケティング環境では、現在とは異なり、インフルエンサーマーケティングが発展していなかったため、ゲームのプロモーションは特定の専門誌やサイトに依存していました。このため、一部の有力メディアとの強い関係が維持されていれば、十分なマーケティングとPRが可能だったと考えられます。このような条件がそろうと、日本初の商品に特に綿密なグローバルマーケティング戦略が無くても、商品は売れてしまうのだと感じました。

二つ目のマルチローカル性とは、リテール型の商品ビジネスが各地域で個別にマーケティング戦略を調整することで成り立つことを指します。これは、商品の発売タイミングや情報の公開タイミングなど、ある程度のグローバルな調整が必要な場面もありますが、全体としては各地域で独立してマーケティング活動を展開できるという特性です。
結果的に、グローバルマーケティングの一貫性や連動性が少なく、各地域の消費者ニーズや市場状況に応じた戦略を地域ごとに立てることが重要になってきます。

実行部隊としての当時のそのゲーム会社のグローバルマーケティング体制について言えば、正直なところ、お世辞にもグローバルマーケティングとは言い難い状況でした。日本、アジア、米州、ヨーロッパの各地域に販売子会社があり、それぞれが独自に営業やマーケティングを担当していました。日本のプロダクトチームが商品のコンセプトを決め、アピールポイントを指示した後は、各販売子会社に任せてしまうというスタイルでした。

具体的には、各地域の販売子会社は専門メディアやゲームコミュニティーと連携し、情報を発信しました。その後は卸会社に販促予算を渡し、「あとは任せる」という形でした。つまり、各地域の市場特性や文化に対応する柔軟性がありましたが、全体としては統一されたグローバル戦略やマーケティングの連携が不十分であったと言えます。

このように述べることで、当時その企業で働いていた海外向けマーケティング担当の方々が気分を害するとしたらお詫びしますが、現実的には、そのような体制で大きな海外売り上げを実現していました。
日本企業がグローバルで十分差別化できる商品を作り続けられるのであれば、実はマーケティングなど対していらないのだとその時思いました。事実上記で取り上げた2タイトルの日本市場での売上比率は50%をはるかに下回ります。日本のGDPのグローバルシェアはわずか5%です。いかにグローバルで成功するインパクトが大きいかというのを実感させられる経験でした。

日本のコンシューマーブランドは海外でマーケティングに参戦していない

自社の状況を見つつ、サンフランシスコで3年半生活し、競争力の低い海外向けモバイルアプリゲームをグローバル市場で売ろうと努めていました。その経験から、日本企業がバブル崩壊後に海外市場で競争力を失った理由が少しわかってきた気がしました。

戦後、日本企業が工業製品を海外に輸出し経済復興を成し遂げたのは、安価な労働コストと高品質の製品による価格競争力があったからです。ソニーのような例外はありますが、多くは価格競争力が最大の要因であり、マーケティングの必要がありませんでした。そのため、グローバルなマーケティング力は蓄積されていなかったと考えられます。

その前提で2012年に話を戻します。バブル崩壊後、日本企業はグローバル市場で商品競争力を失い、価格競争力も失われました。その状況で物を売るためにはマーケティング力が必要ですが、日本企業はアメリカでのマーケティング競争にほとんど参加していませんでした。例えば、自動車会社を除いて現地のテレビで日本企業の広告をほとんど見かけませんでした。それは、日本企業が強いと勝手に思っていた、テレビをはじめとした家電ブランドも同様で、その結果として家電量販店でも日本製品は目立たない位置に数点あるだけで、ハッキリいて韓国のサムスンやLGなどと競争出来ているという状況にはありませんでした。

この状況を見て、日本企業が本気で海外市場でコンシューマー向けに戦おうとしている会社はほとんどないのだろうと感じました。唯一の例外はユニクロで、アメリカ、ヨーロッパ、中国でもその存在感を感じました。ユニクロは各都市の一等地に店舗を構え、街を歩いていても目にする日本のブランドの中でほぼ唯一のものであり、心から応援したいと思いました。

2024年4月時点の日本企業の時価総額ランキングを見ると、トップ10に入っているグローバル展開しているコンシューマーブランドはトヨタとユニクロのファーストリテーリングのみです(ソニーは部品メーカーと見なしているので除外しています)。一方、米国の時価総額ランキングでは、マイクロソフト、アップル、アマゾン、メタ、Google(アルファベット)と、少なくとも半数がコンシューマーブランドです。さらに、日本の1位であるトヨタを別にすると、2位の東京三菱UFJでさえ、米国のランキングでは100位に入るかどうかという状況です。

BtoBの商売は基本的に大規模なマーケティングを必要とせず、プロダクトアウト的な部分が大きいため、私のゲーム会社の海外成功事例のように展開しやすいのだと思います。このため、グローバル競争できている日本企業のほとんどはB向けの商材の企業です。一方で、コンシューマー向けの商品は、圧倒的な商品の差別化がない場合、マーケティング競争を避けられません。家電を代表とする日本のコンシューマーブランドは、グローバルでの本格的なマーケティング競争に参戦できなかったのだと思います。かつては品質と価格のバランスで差別化を図れましたが、その優位性を韓国と中国の企業に埋められ、本格的なマーケティング競争に負けてしまった結果、グローバル販売競争にも敗れ、コスト競争力も失いました。これにより、ほぼ不戦敗の状況に追い込まれたように感じます。

ちゃんと研究したわけでも文献を読んだわけでもないので、私の予想が外れているかもしれませんが(この辺の話を勉強できる文献があれば教えてください)、アメリカに3年半住んで、自分の会社のマーケティング状況を見て感じたことはこのようなことでした。

国内で出来ないマーケティングを海外の子会社にやらせられない

では、なぜ日本企業がこのようなマーケティングの敗戦を招いたのでしょうか?これも現場にいたわけではないので確かではありませんが、想像はつきます。それは、そもそも日本企業の本社においてすら、まともにマーケティングができる人材がいなかったからではないかと思います。根本的な原因については、以前に広告代理店の話で書いたので、そちらを参照してください。本社にノウハウがないのに、海外の子会社にやれと言っても上手くいくとは思えません。きっとそういう状況だったのではないかと思います。

私がアメリカでそんなことを考え始めてから12年くらいが経過しました。次回からは、最初に宣言した通り、成功体験は語れないが、失敗を防ぐためのヒントをいくつかご紹介できればと思っています。


【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


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