見出し画像

(番外編)なぜ楽天のグローバル化が上手くいかなかったのか?

楽天の海外展開は当初の想定レベルで成功したのか?

私が楽天を退職後大手ゲーム会社で米国に駐在していた期間(2012-2014年くらい)が、楽天がグローバル展開を本気で推進していた最盛期だと思います。その間、楽天はViberやebatesなど、数千億円規模で海外の様々な企業を買収していました。私は2011年の前半に退職したので、それ以降の内部情報は知りません。そのため、ここで述べることはアウトサイダーとしての私自身の見解に基づいており、内部の視点とは異なるかもしれないことはご了承ください。

楽天は2010年頃の公用語を英語にした時期に本格的な海外展開を始めました。まずは台湾に進出してテストマーケティングを行い、その後、中国の検索サイト大手である百度(バイドゥ)と組んで中国市場に進出しようと試みました。ちなみに、実はあまり知られていませんが、楽天が中国本土に進出したのは、アリババがBtoCのショッピングサイトであるT-Mallを立ち上げたのとほぼ同じタイミングでした。しかし、現状を見ると、アリババとは大きな差がついてしまっています。

その後、楽天は電子書籍のKoboやいくつかの国で大手、中堅のECサイトやショッピングモールサイトを買収しました。私の退職前後を振り返っても、結構本気でグローバル展開をしようとしていたと思います。しかし、当時描いていたグローバル展開が実現しているかと問われると、少なくとも「はい」とは言えないのではないでしょうか。2023年の通期決算説明会のプレゼンテーション資料を見ても、海外事業についての売上には一言も触れられず、実額の公表もなく、赤字が縮小しているとの言及があるだけです。もし楽天の海外展開が思い描いた通りに上手くいっていれば、成長ドライバーとしてもっと大々的にアピールされるはずです。

私は、楽天を批判するつもりは全くありません。むしろ、楽天には大変お世話になり、大恩義を感じています。この文章を書く理由は、日本企業のグローバル化について考える上で、楽天の経験は非常に重要な学びになると考えているからです。日本企業が海外で成功するためには何が必要なのか、そのヒントを楽天の経験から学び取ることができると信じています。この点をご理解いただければ幸いです。もし、気分を害される方がいたら、先にお詫びいたします。

楽天経済圏構築の代償?

私が考える楽天グループの海外展開が上手くいかなかった最大の理由は、単純に動き出しが遅すぎたからです。楽天が初めて本格的に海外進出を行ったのは2008年の台湾進出からで、創業が1997年であるため、創業から11年目のことです。その間、楽天は日本国内で事業の拡大と多角化に注力していました。

楽天の売上成長のグラフを見ると、2002年にポイント制度を導入し、2003年に楽天証券の設立と旅行予約サイト「旅の窓口」の買収を行っています(楽天トラベルは2001年に始まっていますが、自社で立ち上げた事業はうまくいかず、2003年に当時国内No.1の旅行予約サイトだった「旅の窓口」を買収して現在の楽天トラベルになりました)。さらに、2004年にはプロ野球チームの参入、2005年には楽天カードの発行、2006年には楽天経済圏構想を打ち出しました。

私はこの時期に楽天の事業展開の中心に近いところで働いていたので、当時の状況をよく覚えています。楽天市場で集めたユーザーベースを活用して、日本国内で様々なネット事業を展開し、その循環のためにポイント制度を活用するという、現在の楽天経済圏を構築するために一生懸命取り組んでいました。楽天の売上成長軌道を見ると、2004年を境に大きくジャンプしているので、この買収と多角化戦略は企業成長の観点から見ると、それほど間違っていなかったと思います。当時の社員は、私も含めて相当ハードワークをしており、この多角化戦略に全力を尽くしていました。

ただ、今振り返ってみると(これは批判しているのではなく)、2002年頃から楽天市場の拡大と多角化に全力を注いだ結果、海外展開にまでリソースが回らなかったのだと思います。その場にいた人間から見ても、あの状況でグローバル展開まで同時にしろというは難しかったと思います。実は、これが多くの日本企業、特にネット系のサービス企業がグローバルに成長できない最大の理由だと考えています。ここで重要なポイントは二つあります。

国内事業の多角化の犠牲になる海外展開

一つ目のポイントとして、日本国内の多角化にリソース(人とお金の両方)を使うことで、グローバル展開へのリソースが希薄になり、動き出しが遅くなるという問題が発生しました。実際、私が知っている2010年前後、楽天グループが楽天市場のショッピングモールビジネスを海外展開しようとした時点で、米国やヨーロッパの主要国ではすでにAmazonかeBay(ほとんどがAmazon)がEC市場のNo.1の地位を占めていました。そのため、楽天が2-3位のECサイトを各国で積極的に買収しても、1-2位との差が大きすぎて勝負にならないという状況でした。つまり、結果として国内事業の多角化>EC事業のグローバル展開という優先順位付けの選択がグローバルへの動き出しの遅れとなったと考えられます。

二つ目のポイントは、日本国内で多角化をしすぎると、国内ビジネスが複雑になりすぎて、成功モデルをそのままグローバルに展開するハードルが高くなってしまうことです。楽天が台湾に進出した2008年当時、楽天には楽天市場だけでなく、トラベル、証券、カード、ポイントなどが存在していました。それぞれのサービスが国内でNo.1-2の地位を占めていたため、この楽天経済圏をそのまま台湾に移植することはほぼ不可能に近いものでした。しかし、それができなければ、楽天がAmazonのようなグローバルプレーヤーと国内で競争できる理由が成り立たないのです。つまり、後発のマイナーな状態でEC単体で競争を挑んでも、単体のビジネスとしては競争優位性がほとんどない状況であったと思います。ハッキリ言えば、戦える武器がない状態で後発で戦うという戦略上の問題があったのです。

これは私の退職後に起こったことなので推測ですが、おそらく楽天はこの点に気づき、グローバルで大きなユーザーベースを持ち、楽天経済圏的なプラットフォームを海外に作ろうと考えたのだと思います。そのために買収した会社が通信アプリのViberであり、電子書籍のKoboだったのでしょう。しかし、この戦略も成功しませんでした。買収したサービスが業界No.1ではなかったからです。ViberにはMetaグループのWhatsAppが、KoboにはAmazonのKindleが存在していました。つまり、飛び道具として取り込んだ武器自体にも競争力がなく、日本における経済圏構築をグローバルに展開するための起爆剤にはならなかったのです。

中途半端に大きい日本市場が判断を誤らせる

なぜこのような話になってしまうのでしょうか?最も大きな理由は、日本のマーケットが中途半端に大きいことだと思います。日本は人口減少や失われた30年などと言われていますが、マーケット規模(GDP)は去年まで世界第3位であり、現状でもアメリカ、中国、ドイツに次ぐ4番目の規模です。これは、日本で起業するには大きなビジネスチャンスを意味します。

さらに、日本では日本語という特殊な事情があります。世界の70億人のうち、日本語を話すのはほぼ1/70程度の人間しかいないためグローバルで見れば規模が大きいマーケットではありませんが、日本で成功するためには日本語でサービスを提供する必要があります。これが比較的欧米企業が日本に進出するまでのタイムラグを生む原因となっています。結果として、多くの日本のネット企業は、米国で成功したビジネスモデルを彼らが日本に進出する前に日本で独自に展開することで成功するケースが多いのです。ソフトバンクの孫正義氏は、この手法を「タイムマシーン経営」と呼んでいました。

この方法は最初の一歩としては問題ありませんが、次の一手で日本企業と欧米のグローバル企業の間には違いが生じます。私が見ている限り、欧米の企業は次の一手として海外展開を検討するのに対し、ほとんどの日本企業は、日本で成功した事業を基に多角化展開を検討します。では、なぜこの違いが生まれるのでしょうか?私は、この選択の違いは短期と中長期のリスク判断の読み違いに起因するのだと思います。

日本の多くの企業が国内マーケット向けの仕事を優先する理由は、海外進出に対する不確実性とリスクの高さに起因しています。もちろん、海外進出は簡単ではなく、リスクも小さくありません。一方で、国内で既存事業の周辺事業への多角化を進める場合、自分たちが良く理解している市場での展開となり、シナジー効果も期待できるため、リスクが少なく感じられます。また、リスクが少ないということは、収益化や黒字化のスピードも海外進出より早く、短期的な事業成長のスピードを加速させる現実的な可能性が高く見えるのです。

短期視点のABテストの罠についてはパフォーマンスマーケティングの議論で何度か述べましたが、同じような話が日本企業のグローバル展開と国内多角化の意思決定にも見られます。経営者が向こう2-3年くらいの事業成長を優先すると、国内の多角化の方が収益拡大の可能性がはるかに高いと感じと思います。この意味では、この決断は全く間違っていません。

事実、2002-2008年くらいの楽天が多角化を進めていた当時、私も会社の事業が急速に拡大していく中で、海外進出の機会損失の可能性を考えることはほとんどありませんでした。むしろ、拡大していくグループを見て「これはすごい」と感じていました。当時の私は経営の意思決定をするレベルのポジションにはいませんでしたが、今の私が同時のことを振り返っても、この誘惑を断ち切るのは相当な強固な意思がないと難しいと感じます。

欧米企業が中長期視点でグローバル投資を出来る理由

では、日本企業と異なり、判断を欧米企業は出来るのでしょうか?欧米の企業、特に米国の企業が短期的な多角化の誘惑を断ち切り、アグレッシブにグローバル展開できる理由は、主に以下の3つの要因にあると考えます

①国内市場VSグローバル市場の規模の差の成功体験

国内市場とグローバル市場の違いについて、米国よりもヨーロッパで考える方が理解しやすいと感じます。私が以前働いていたモバイルゲーム企業には、Supercellというフィンランドの会社がありました。Supercellは「Clash of Clans」や「Clash Royale」などの世界的ヒットゲームを制作・販売しています。フィンランドは人口約550万人の北欧の小国で、日本の兵庫県と同じくらいの人口規模です。GDPも30兆円前後で、日本と比較すると非常に小さい市場です。

モバイルゲームは、AppleのApp StoreやGoogleのGoogle Playといったグローバルなアプリ配信プラットフォームのおかげで、グローバル展開のハードルが非常に低くなっています。日本国内限定で配信するのとグローバル配信するのは、配信対象国のチェックボックスをクリックする数が違うだけと言っても過言ではありません。もちろん、ゲームのローカライズなどやるべきことは多いですが、やる気さえあれば誰でもグローバルビジネスが可能です。特に、Supercellのように高品質なゲームを開発できる企業なら、AppleやGoogleからの大きな露出サポートを受けることができ、マーケティングの手間も大幅に軽減できます。

このような環境が整っている中で、人口550万人の小国フィンランドの会社が自国向けのみの商品を開発するでしょうか?実際、私が会った欧米のモバイルゲーム会社で、自国市場向けのみでビジネスをしようとする企業は一社もありませんでした。これはフィンランドに限った話ではなく、イギリス、ドイツ、フランスの企業でも同じです。もちろん米国企業も同様です。

私の知る限り、モバイルゲームを自国市場向けに開発している大規模な企業は、日本、中国、韓国の東アジアの3か国だけです。しかし、日本のゲーム会社と中国、韓国のゲーム会社で違うのは、中国と韓国の企業は国内市場と同等かそれ以上にグローバル市場向けに投資しているのに対し、日本のゲーム会社は国内市場向けのビジネスに集中していることです。

私が関わったゲーム企業も含め、老舗の企業は海外で戦えるIPを持っていたため、グローバル市場に挑戦できている一方で、モバイルゲーム専業企業でグローバル展開出来ている企業は稀です。その主な理由は、多くの日本企業が最初から日本市場に特化した商品開発をしてしまっているからです。そして、その戦略がしばしば成功し、日本市場だけで投資回収が可能なこともその判断を加速させます。日本のGDPが世界のシェア5%程度であるにもかかわらず、企業の多くが最初から95%の市場を捨てています。

この現象の背景には、グローバルでの成功の爆発力を体験したことが少ないことがあると思われます。日本企業の多くは、グローバル市場での機会損失についてあまり気づいておらず、その結果、日本国内市場だけに頼ったビジネスモデルを維持しています。

私は、今の日本市場の中途半端な規模が、日本企業が過去30年間でグローバルでの地位を低下させてしまった大きな原因のひとつであると考えています。日本企業は、サービスを開発する段階からグローバル展開を視野に入れ、ビジネス展開を考え直す必要があると思います。

②スタートアップの売上重視の姿勢

日本のスタートアップがグローバルで競争力を発揮できていない背景には、投資家やベンチャーキャピタル(VC)が利益の創出を優先する傾向があると考えています。シリコンバレーの大手VCは初期の段階で売上成長率を最重視し、その後の利益については長期的な視点で評価します。例えば、GoogleやAmazonも設立初期は大幅な赤字を出していましたが、グローバル展開を積極的に行いました。これに対して、日本の企業は利益の黒字化を優先する傾向が強く、グローバル展開に対する積極性が低いと感じています。

シリコンバレーのVCは、中途半端なリターンではなく、グローバルで成功する企業を目指して投資を行います。アメリカ市場の大きさにとどまらず、世界市場の残りの部分を狙うことが重要であると考えています。このため、利益の黒字化よりも事業のポテンシャルや成長性が重視され、売上拡大のためのグローバル展開が後押しされます。

日本のVC市場では、これほどのアグレッシブな事業計画ではおそらく資金調達が困難な場合が多く、その結果、日本企業のグローバルでの競争力が制限される原因となっています。シリコンバレーの事業拡大サイクルのようなリスクを取る姿勢は、日本市場では現実的ではないのかもしれません。

③グローバルな人材プール
シリコンバレーにいると強く感じることの一つが、多様な人材プールの存在です。アメリカは移民の国と言われますが、それは今でも事実だと思います。私自身も日本人としてアメリカに住んでいた時、仲良くなった人々との会話を通じて、多くの人がアメリカ国外から来ている実態を目にしました。特にシリコンバレーは、世界中の優秀な人材が集まるITビジネスのプレミアリーグのような場所です。ここでは外国人が2〜3割程度の割合で活躍しているような印象を受けていました。

このような環境では、米国外でビジネスをする際のリスクや心理的な障壁が少なくなる傾向があると思います。例えば、日本に進出する際に、社内に日本人がいれば彼らに相談できるため、理解が深まります。これにより、ビジネス展開の障壁が軽減されるのではないでしょうか?

早くチャレンジしなければ成功もあり得ない

自分が考える海外と日本の違いを具体的に挙げた理由は、特に楽天が本気で多角化を目指していた2010年前後の経験に基づいている。それまでの楽天の歩みが、海外展開においてどういうふうに影響を与えたかについてのここでの議論は、それほど的外れではないと考えている。

その意味で、メルカリが比較的早期からシンプルに海外進出を図ったのは素晴らしいと思うし、彼らの挑戦を応援したくなる。また、私の身近な例でいえばGreeやDeNAがモバイルゲーム市場をグローバルで取ろうとチャレンジした姿勢も素晴らしいと思う。戦略的には現実味に欠けていた面もあるし、数百億円の損失を出したかもしれないが、挑戦しなければ成功のチャンスもないのだから。

是非、今の若い起業家たちにとって、この議論が参考になればと願っている。


【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?