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ブランドマネジメントの障害とその克服

ブランドマネジメント=一貫性

ブランドマネジメントを成功させるための重要な要素は、一貫性です。ブランドマネジメントとは、企業やブランドが行うすべての活動を通じて外部とのコミュニケーションを管理し、そのブランドの価値を高めていくことです。これには、まずブランドのあり方や姿を明確に定義し、それを企業内外のすべての関係者が理解し、行動に移すことが不可欠です。

製品やサービスの開発段階からマーケティングや営業活動に至るまで、すべての業務がブランドのメッセージや価値観を反映するようにする必要があります。これにより、顧客に対して一貫性のあるブランド体験を提供し、ブランドの信頼性と認知度を高めることが可能になります。

しかし、実際に全社員が同じ方向に向かって行動することは容易ではありません。組織内でのコミュニケーションやリーダーシップの役割が重要であり、これを通じて一貫性を持ったブランド活動を実現するための方針やプロセスを確立する必要があります。

ブランドの目標設定

組織を一つのディレクションに導いていくためには、ブランドが目指すべき目標を設定することは非常に重要です。それは、「ブランドコンセプト」や「Mission Vision Value(MVV)」、「Purpose」などと呼ばれますが、これらは単なる企業のスローガンではなく、実際に社員が理解し、日々の業務に活かすための指針となるべきです。

私は多くの企業を見てきましたが、その目標が社員に本当に浸透しているかどうか、疑問を感じることが少なからずあります。目標は長期的なものであり、社員が日常の判断基準として活用できるものでなければなりません。頻繁に変更されるべきではありません。

つまり、ブランドが目指す目標は、単なる言葉だけでなく、実際の行動に反映しやすく、社員が共有しやすいものでなければならないと私は感じています。以下で2つほどブランドの良くない目標の例を見てみましょう。

悪い例1:マネジメント層が守れない目標を設定してしまう

一つ目に思いつくケースは、企業の掲げる目標と実際の経営者の行動との間にギャップがあることです。典型的な例として、顧客の幸せや満足を最優先に考えるという目標を掲げながらも、営業現場で売上達成を強く追求するこような場合が考えられます。営業担当者がお客様のニーズを考えて他社製品を推奨した場合、それに対して上司が肯定的なフィードバックをするかどうか、というのが問題です。

実際には、顧客満足度を本気で向上させるためには、競合他社の製品が良い選択である場合もあることを認める必要があります。しかし、営業目標の達成だけを追求する文化が強い企業では、売上を優先するあまり、本来の顧客満足度向上の目的が後回しにされることがあります。もちろん営利企業であれば営業成績を最大化しようという努力を否定するものではありません。しかし、このような行動はブランドの目標と一致していないため、このような姿勢が社員に感じられてしまうと、顧客満足最優先というブランドのディレクションは形骸化していきます。

この例から明確に分かるのは、「守れる目標を設定することの重要性」です。理想を掲げる際には、実現可能性を考慮する必要があります。特に、経営者自身が体現できないことや心から信じられないことを目標に掲げてはなりません。

例えば、以前ある経営者が自社のMVV(Mission Vision Value)について、「みんなが良いと言っているから同意したが、私は納得していない」と発言したという話を聞いたことがあります。経営者が自分自身が定めた目標を信じられないのであれば、どうして社員に対してその方向性を指示できるでしょうか?社員は経営者の言動や価値観を参考にして行動し、企業のブランドイメージを形成します。

その観点から考えると、ブランドマネジメントにおいては、経営陣の実行可能性の確保が非常に重要です。ブランドマネジメントは通常、組織全体を一つの方向に向けて動かすトップダウンのアプローチです。したがって、末端の社員に目標の順守を求めるのではなく、むしろ組織の上層部からその実践が最も重要視されます。

一部の経営者はルールやブランドの目標を配下の組織を管理するための道具であり、自身にはそれが適用されないと考えるこような人がいます。このような経営者はブランドマネジメントの重要性を理解していない典型です。ブランドマネジメントが重視される企業では、経営者自身がブランドの象徴として、企業の価値観や行動指針を示すことが求められます。それがなければ、組織内で一貫性のあるブランドイメージを築くことは難しくなります。

悪い例2:現実とのGAPが大きすぎる

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似たようなケースとして、現状の事業と目指すべき姿の間に大きなギャップが存在する場合があります。特に、事業環境が急激に変化し、経営者が事業戦略を大きく転換する必要が生じた場合が該当します。このような状況では、社員の日常業務と企業が掲げる目標との間に大きな隔たりが生じ、社員たちがブランドの目標が現実に即していると感じられないことがしばしばあります。
このような場合、経営側は社員や外部とのコミュニケーションにおいて、転換の論理的なステップを明確に説明することが重要です。つまり、なぜ事業戦略が変わらなければならないのか、それがどのようにして現在の課題に対処するのか、などを明確に示す必要があります。このような説明がなければ、ブランドの目標は単なる飾り物として取り扱われ、社員の意思決定の基準にはならず、ブランドイメージの一貫性が失われるリスクが高まります。

いろいろな考え方はあると思いますが、私はマーケティングの観点で考えると、ブランドの目標設定の理想的な方向性は、顧客に提供したい価値を高めることに焦点を当てることだと思います。ブランドの目的や使命(MVVやPurposeなど)は、事業の中長期戦略や組織の価値観を含む重要な要素ですが、最終的には顧客への価値提供がブランドの評価を高め、企業の存在意義を明確にする鍵となります。なぜなら、顧客に提供する価値を理解することが、その企業が社会において存在する意義や役割を理解することになるからです。

パフォーマンスマーケとの折り合いをどうつけるのか!

ブランドも目標が決まった後は、いろいよ実践です。ここでは、デジタルを中心としたマーケティング組織がブランドの目標に向けて事業活動を行う際につまずきやすいポイントについて、特にパフォーマンスマーケティングとブランドマネジメントの間に生じる課題について考えたいと思います。

パフォーマンスマーケティングは、データを用いて短期的な成果を数値化し、その成果に基づいて施策を最適化していく手法です。例えば、ABテストを通じて異なるバリエーションの広告やコンテンツをテストし、効果を評価することがその一例です。一方で、ブランドマネジメントは長期的な視点での価値や認知度の構築を目指すため、直接的な数値やデータでの評価が難しい場合があります。

特にクリエイティブ面でのABテストは、パフォーマンスマーケティングの手法として有効ですが、ブランドマネジメントの観点からは限界があります。ブランドは単なる数値や即時の反応ではなく、企業の持続的なイメージや価値観を反映させなければいけません。しかし、パフォーマンスマーケティングのPDCAサイクルやABテストの意思決定プロセスに、数値化しにくいイメージや価値観を反映させることが非常に難しいのです。

私自身この問題には20年近く悩み続けています。私は2011年ごろまで行っていた楽天のブランド管理の例においても、実はパフォーマンスマーケティングのクリエイティブに対して厳格な管理をしていませんでした。影響の予測が難しく手が出せなかったためです。これが私がブランドマネジメントについて、自信を持って成功事例があるといえない理由です。
その後、10数年間にわたりパフォーマンスマーケティングとブランドマネジメントの整合性の取り方について考えてきましたが、残念ながら確固たる答えには至っていません。ただ、パフォーマンス志向の企業が急にブランドマネジメントを厳格にするのはリスクが高すぎるという考えは変わりません。それでも、何もしないのも発展性がないため、徐々にブランド全体のビジュアルアイデンティティに近づけていく方法が最良だと思います。

ブランドのキービジュアルを決める

実施事例の具体的なアイディアを考えてみましょう。現実的に実施できるのは、自社のブランドを視覚的に表現するキービジュアルの作成するというのはどうでしょうか?例えば、特定のビジュアル要素やそれらの組み合わせを見ただけで、そのブランドを連想できるようなものが必要です。具体的には、テレビCMで使用するタレントはわかりやすい例です。例えば、私が直近までいた人材業界でいえば、ビズリーチが数年間にわたり同じ女性タレントを起用し続けており、彼女を見るだけでビズリーチのCMだと直感的に分かるようになっています。このようなキービジュアルが確立されると、バナー広告にその女性が登場するだけで、視聴者は即座にビズリーチの広告だと認識し、反応率が高まる可能性がありますし、ブランドとしてのクリエイティブの一貫性もコントロールしやすくなります。

タレントは予算もかかるので、もう少し誰でも出来る方法も考えてみます。20年間にわたり、楽天はロゴと特定の赤色を基本としたビジュアルアイデンティティ(VI)を維持してきました。初期には各サービスごとに色を変えようと試みましたが、サービスの増加に色のバリエーションが追い付かず、結局ほとんどのサービスを赤に統一する方針に転換しました。これにより、Rと赤色が「楽天」を象徴する要素として認知されるようになりました。最近の楽天モバイルにおけるショッキングピンクという赤以外の色の活用は、あえて赤以外の色を使うことによるインパクトを出すという逆張り的な戦略と考えられます。ただ、このような大戦略の実施は高額な広告投資を前提としており、それが伴わなければ、ブランドの一貫性が崩れるだけで終わる可能性があります。

色やロゴの組み合わせによるイメージ戦略は、誰でも取り組むことができるアプローチですが、記憶に残る色のバリエーションは限られており、競争が激しいため注意が必要です。従って、色だけでなくロゴとの組み合わせなどが重要です。似たような事例で、イラストのキャラクターはコストを抑えつつブランドを象徴するキービジュアルを作るアイディアとなりえます。有名な漫画キャラクターなどは高額ですが、自社で独自のキャラクターを作成すれば、人件費だけで実現可能です。ただ、キャラクターの適正はサービスのターゲット層によって異なるため、慎重な検討が必要です。

キービジュアルと自社ブランドの一致が進むと、VIガイドを厳格に適用してもパフォーマンスが低下せず、競争力を発揮できる状況が生まれると考えています。このような状況では、VIとパフォーマンスがWin-Winになり、マーケティング責任者の悩みが解消される可能性があります。楽天モバイルのように一気に攻める戦略もあるありますが、特殊な事例だと思います。現実的には自社サイトやファネルの上層から順にVIの統一を進める方が良いと考えています。

私の経験では、サッカーゲームで有名選手を使った広告とそうでない広告のパフォーマンス差を比較したことがありますが、選手とのアンバサダー契約の費用回収は難しかったです。この事例はタレントをアイコン化するような戦略も時間をかけて検討する必要があることを意味しています。もし有名タレントをアイコン化する場合は、契約更新の負担が問題になることもありますので、慎重に検討することをお勧めします。

ブランド管理部署は短期的付加価値を重視する

ブランドマネジメントを実施する際の最後のポイントもやはりVIに関することです。しばしばブランドマネジメントの重要性が話題になると、外部とのコミュニケーションを管理するためにブランド管理部署が設置され、社内のワークフローにブランドガイドラインチェックのプロセスが追加されることがあります。この変化は、現場の担当者にとっては面倒くさい手続きが増えて面倒だと捉えられることも少なくありません。なぜなら、多くの場合ブランドチェック担当者というのはガイドラインから外れた部分を指摘して修正を求めるだけで付加価値がないように思えてしまうからです。私は何度も申し上げますが、ブランドマネジメントの成果は長期的なものです。このため、ブランドガイドのチェックも日々の成果を求められる社員からは、付加価値のないものととらえられるのは当然の結果だといえます。

楽天でブランドの管理責任者をしていた時、私が考えたのは、VIを管理するチームには、スキルの高い人材を集めて、VIを守りながらもマーケティングの効果やクオリティを高めるということです。このアプローチにより、VIの確認作業が単なる手間ではなく、成果を改善できる有益なプロセスとなることが出来ると考えました。

VIを決定することは簡単ですが、VIガイドを作成するだけでは十分ではないと考えます。なぜなら、VIガイドを作成しただけの人たちは、そのVIの実施によるパフォーマンスに責任を負わないからです。VIの目的は単に守ることではなく、事業を成長させるための手段であるべきです。ブランドマネジメントの管理者は、この視点を忘れてはなりません。

ブランドマネジメントは直ちに成果が出るものであるからこそ、関係者は短期的な成果に対して率先して努力する必要があります。長期的に継続した活動を行うためには、短期的な成果は不可欠なのです。

ブランドマネジメントは一貫性が重要であると最初に述べましたが、その一貫性を保つことには多くの障害が存在します。特に長期的なブランドマネジメント施策と短期的な事業パフォーマンスとの間でトレードオフをどう調整するかは、最大の課題であると考えています。多くの企業がその正解を見つけられずに、ブランドマネジメントが形骸化してしまう例が少なくありません。ここでの議論は私の経験に基づく話であり、他にもさまざまな障害があるかもしれませんが、重要なのは正しく継続することです。ブランドマネジメントチームが単なる作業とならず、付加価値を提供する方法を考えることが重要です。


【この文章は以下の文章のライトバージョンです。より詳細な議論はこちらでご確認ください】


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