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焼 き 討 ち  「舞って紅」 第一話

 その海の側に住む、農民たちは、畑から帰る道すがら、声を顰めた。

「この辺り、どこへいっても、ひでえ臭いだ・・・」
「人が焼け焦げたのか・・・」
「ああ・・・戦場いくさばで、いくらか、嗅いで来たが・・・」
「ここにあった、漂白の民、海の民の集落が、襲われたらしい」

 役人たちは、物知り顔で、こう語った。

「やったのは、亜素あその一派だろう。大陸からやってきた」
「帝も、憂慮なさっているらしい」
「彼らこそが、本当のことを知っている、ふるくからの民草だというのに」
「やり方が容赦ない・・・素国そこくの妃を浚い、妖術をかけ、獣とした。美しかった妃は、鼠を、猫のように狩り、そのまま、喰らうそうだ」

 その噂を聴いた、心ある者たちは、憂慮した。

「先代までの帝は、亜素の息がかかっていた」
「この島の本当の歴史を知っている者と、その一族は、漂白の民として、
奴婢として、追いやられたのだ」
「時の文官殿は、帝の命で、過去の歴史の文書を、急ぎ、掻き集めているというが、間に合うかどうか・・・」
「亜素の息のかかった一族が、台頭してきた。気配を感じ、敵視され始めているかもしれぬ」
「このままでは、次世代の帝も、亜素の一族に・・・」
「支配の為には、反抗する者だけではない、罪もない、過去を知る者にも、全て、抹殺の命が出ているという・・・」

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「失礼致します。漂白の、海の民と思われる女子おなごを、胸を刺されてはおりますが、まだ、息があるものを一名、助け出すことができました」

 山の民、やっこである、クォモは、血にまみれた、一人の少女を抱え、衛士の所に戻ってきた。一行は、この惨事に、海の民の集落に駆けつけていたが、他に、生き残っている者を見つけることができなかった。

「まだ、息がある。しかし、これは・・・」

 血の湧き出た、右の胸元を開くと、極、小さな小刀が二口、刺さったままである。その酷さに、クォモはすぐに、柔らかく、そこを閉じた。

「きっと、すぐに、抜いてしまっては、たちまち、身体中の血が溢れ出し、死んでしまいます」
「左でなくて良かった。心の臓が打ち破られず・・・」
「このていで、よく生きているが、処置ができるだろうか、間に合うだろうか・・・」
「凌辱され、殺されかかったか・・・」

 額に、赤い印がある。

流れ巫女だ。それをかたに、命乞いをしていたのかもしれんな」
「しかし、このままじゃ・・・」
「御館様の所に運びましょう」

 クォモは、その瀕死の、海の民の娘を横抱きにした。小刀の刺さった個所は、庇い、触らぬように気遣いながら、山中を進んだ。

「急ぎ、館に戻って、白太夫しらだゆう様に診て頂こう」
「つまりは・・・」
「・・・この巫女、畸神様のうたいそらんじているかもしれませんから」

 白太夫は、時の帝の片腕、文官の一人の、その御方に仕えている。今、その御方は、この東国の、真実の歴史の存在に気づき、資料を集め、発掘し、取り纏めている。その御方の懐刀ふところがたなが、この白太夫と呼ばれている、参謀の一人である。

 クォモと数人の衛士の一行は、その娘をつれ、その白太夫の隠れ家に、無事、辿りついた。

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 その後、その娘には、白太夫の癒しの術が施される。クォモは、娘の血を援け、それを綺麗にするという、薬草を掻き集めてきた。

 施しの後、いくらか経つと、気を失ったままだった娘が、突然、奇声を上げた。息を吹き返し、目覚めたのだ。同時に、とてつもない痛みが、彼女の右胸を襲う。こんなに辛い感覚を感じたことはない。

「これ、暴れるでない。却って、痛みが響くぞ」
「ああっ、お前ら、異国の・・・侵略の者・・・よくも、我が一族を・・・」

 娘の激しい叫びが、天井に響く。クォモが、暴れる彼女の腕を抑える。

「頼むから、大人しくしてくれ。このままでは、血が溢れ、止まらなくなり、死んでしまうぞ」

 そこへ、白太夫が現れ、声をかけた。

「娘、良く聞け」

 強い調子で、一喝すると、娘は、白太夫を見つめ始めた。おとなしく、横たわったまま、動かなくなったが、その瞳は、白太夫から離れない。

「ふふふ・・・そなた、流れ巫女か・・・ならば、そこは、そのように痛んではお役に差し支える。そこは、痛む所ではなかろう」

 白太夫は、すかさず、娘の側に膝まずき、胸元の衣服を丁寧に取り去る。周囲の衛士と、クォモは、先程も見た、その無残な様子に、目を逸らした。

 極小さな小刀は、右胸の内側、外側から、それぞれ、刺しこまれた形だった。豊かな乳房を象り、飾りのようにも見えたが、血が溢れ、肌が紫色に変わり始めている。

「な、何をする」
「今から、そなたをさいなんでいる、これを取り去る。一時的に、血が足りなくなる筈だ。言うことを聞いて、動かずに、この後も、この地にて、養生せよ、よいか?」
「はあっ・・・ならば、なんとかしてくれ・・・、もう、死んだものかと思っておったが・・・あああっ」

 娘は、痛みのあまり、再び、暴れはじめる。

「抑えよ」
「はっ」
「クォモ、眠り薬を、飲ませるんじゃ」
「え、・・・俺がですか?」
「そうじゃ、この跳ねっ返り、相当な馬鹿力じゃ。巫女だけではないだろう。相当な手練れじゃな。だから、こんな目に遭っても、生きておる。早く、クォモ」

 クォモは、眠り薬の粉薬を口に含み、器の水を煽る。娘の顔を押さえつけて、口移しで、それを与えようとする。

「んんんっ、何をするっ、流れ巫女とはいえ、唇は意味が違う、んんっ・・・」

 いくらか、抵抗を見せたが、薬を飲み込んだようだ。その後、彼女は、静かに瞳を閉じた。

「よし、これから、小刀を抜く。清らかな布で傷跡をすぐ抑え、血を止めよ」
「はっ」

 白太夫は、まず、娘の胸の下側の小刀を抜いた。どす黒い血が吹き出し、流れ出す。これを布で抑える。続いて、内側の小刀を抜く。すると、また、激しく、くすんだ色の血が噴き出した。創傷の部分を新しい布で抑えつつ、その上から、大きな布で身体を覆う。更に、その後、白太夫は、自らの衣服の唐帯を、娘の身体にグルグルと巻きつけた。衛士とクォモは、その一連を手伝った。初めは、少し、血が滲み、溢れてくると思いきや、しばらくすると、それは収まりを見せた。娘は、薬の為、そのまま、眠っているようだ。

「まあ、刺さっておるよりは、痛まないじゃろうが、しばらくはな、・・・それにしても、この生命力、尋常でない。普通ならば、とっくに、その場で死んだ筈じゃろうな」
「この娘は、流れ巫女のようでございますね」
「巫女ですから、何か、過去のことを口伝くでんにて、諳んじているといいのですが・・・」
「そうじゃな・・・クォモ、傷が癒えるまで、この巫女を、お前が面倒見よ。いいな」
「はい、わかりました」


みとぎやの小説・連載開始 「焼き討ち」 舞って紅 第一話

お読み頂きまして、本当にありがとうございます。感謝です。

この記事自体が、三カ月前のものとなっていますが、今回、連載に際しまして、多少の加筆をさせて頂きました。こちらを読んで頂いてから、第二話の方へ、戻り、飛んで頂ければと思います。宜しくお願いします。


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