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頼まれごとは、生涯一の仕事 その五    艶楽師匠の徒然なる儘 諸国漫遊記篇  第五話

 さて、前回のお話で、西国の板看板酒屋で大店になったという錦織にしこりに、研之丞けんのすけが気に入られ、その夜、宴に招待された艶楽一行。言われた通りに、宿屋の離れの部屋に、出向くことになりました。さて、いかなることに。

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「あっらあ、いらっしゃあい。さあ、さあ、座って、研之丞、待ってたわよ~」

 研之丞と一行は、部屋に入る前に、正座し、丁寧に頭を下げ、挨拶をした。

「この度は、真菰座の興業を御覧頂き、ありがとうございます。また、今宵は、身内の者まで、お招きを預かりまして、ありがとうございます」
「まあ、堅苦しい挨拶は抜きにして、お入り」
「失礼致します」
「失礼致しますー」

 研之丞の後に、艶楽が続き、お雪、庵麝が、部屋に入った。

「まあ、いらっしゃい、研之丞、今日の芝居は痺れたわよ、これは労いや、よう、食べて、飲んでなぁ、うふふ」

 錦織は、この埜真淵やまぶちでできる限りの贅を尽くした御馳走のお膳を設えさせていた。研之丞は慌てて、申し出る。

「あの、もし、よろしければ、後ほど、舞でも一指し、と思いますが・・・」
「ああ、それもいいんやけどねえ、まあ、そういうのやなくてね、研之丞。さっきも言ったように、あんたを労おう、って思ってますのや、うっふっふ」
「あ、それはそれは、ありがたいこと、とても、光栄に思います」
「まあ、いいから、お膳も並んでることやしね、皆さん、座って。さあ、どうぞ」

 研之丞が、いつものお客あしらいと思い、一芸申し出たのが、意外にも、躱された。お雪が、艶楽の耳元に、その心配を囁いた。

「まさか、まさか、そんなのはいいからって、いきなり、隣の部屋にお布団が・・・」
「お雪ちゃん、私たちまで呼ばれて、それはないでしょう、大丈夫よ」
「実に、良いお膳だな、海のもの、山のものが、双方あって」
「まあ、そうですねえ、錦織様、ありがとうございます」

 お雪の心配を他所に、庵麝が御馳走のお膳に目をやったので、艶楽は、錦織に頭を下げた。それを見て、うんうんと、満足そうに頷く錦織。

 どうやら、この御仁は、振る舞い好きなのかねえ・・・艶楽は、これなら、船に乗せてもらえるかもしれないと思った。この席で、話を持ち出せるようにしようと思っていた。

「ちょっとぉ、頼んどいたの、持ってきてや~」
「はぁい」

 錦織が手を叩きながら、声を掛けると、女中が、三本の大きな徳利と沢山のお猪口を、盆に乗せて持ってきた。

「埜真淵名物の桜蘭、手前西国で大人気の昌運、ほいで、最後が、うちが南国で造らせた、大吟醸南大地や」
「はぁ、南国ですか? 錦織様は、西国のお人じゃないんですかい?」
「あそこは、水と米がねぇ、案外、いいとこがあるさかい。皆、気づかへんだけでな。先手を打たしてもらいましたわ。うっふっふ・・・」

 まあ、上機嫌・・・なるほど、三種類のお酒ねえ。これを振る舞ってくれるのかねぇ?でも、徳利が同じじゃ、注ぎあっていたら、どれがどれか、解らなくなりそうだねえ・・・。というか、もう、どれがどれだか・・・。

「全国回ってねぇ、良いお酒造るのが、楽しいんやわぁ、ああ、どうぞ、まずは、お膳、召し上がってなぁ」
「あ、はい、じゃあ、いただきます」

 それぞれが、料理に箸をつけ始める。
 
 あれえ、しかも、そのお酒、ど真ん中に置いてあるだけで。まだ、飲まないのかい?美味しそうだけどねえ。ああ、でも、お酒が入る前に、船に乗せてもらう話した方がいいかもしれない。今が、良い機会かも。

「あのう、錦織様、実は、お願いしたい事がございます」
「え?何?会うなり、だしぬけに?・・・まあ、言うてみなさい」

 艶楽は、すかさず、錦織に声を掛けた。他の三人も、箸を止め、居住まいを正した。

「ここは、錦織様を見込んで、私たちを船に乗せて頂きたく思いまして」
「船?・・・なんでや?・・・芝居の興業は?」
「あ、あっしは、芝居に出ますんですが、このおっかさんとおとっつぁんのたっての願いなんですよ」
「実は、大切な御用で、この天海山の向こう側の海辺に行かないとならないんですよ」

 錦織は、先程の、姿を作った感じから、少し態度を変えた。目を細くして、艶楽を見据え、言った。

「んー、まあ、確かに、ここを出て、すぐのとこやけど、そこは、禁域やなかったかな」
「禁域?」
「そう、そんなとこに、あんた、何の為に出向くんや?あそこは、人も住んでない、なんもないとこやで」
「あ、あの、大事なお人から、頼まれごとをしておりまして」
「頼まれごと?はぁ、なるほど・・・しかしなぁ、あたしも、何度もあの際を通っているやけど、なかなか、船で近づくにも、厳しい所や。まず、人の住む場所ではない、行っても、誰もおらんとこやで・・・まあ、途中やさかい、寄って行ってもええとは思うんやが、何せ、あの辺りはとても荒れる。間違っても、入らん方がええと言われている所や」
「禁域っていうのは、じゃあ・・・」
「そういう意味や。あそこに行って、船が沈んだり、却って、沖まで、遠くへ流されたり、危ないってことで、お上が禁域に定めたらしいんや」
「え、じゃあ・・・」

 一同は、顔を見合わせて、ガッカリする。やっぱり、伝説の場所というだけのことがあって、行くことすら、難しいのではないか?

「・・・んー、かといって、天海山を越えるには、十日はかかる、ってことやろ?」
「はい・・・、そう、そうなんですよ、錦織の旦那様」
「まぁ、私もね、そういうのねえ・・・実は、嫌いじゃアない。ただ、こちらは、商いやってますさかいに、立ち寄る分の時間と、商いにならない話は、得にはなりまへんわなぁ・・・うーん」

 腕組みをして、宙を見据えた後、向き直り、錦織は言った。

「その話、事と次第によっては、引き受けてもええで」
「え、本当ですかい?そりゃ、そりゃあ、ありがとうございます」

 艶楽が頭を下げると、一同は頭を畳に擦り付けた。

「まあ、待ちなはれ。・・・事と次第によっては、や」

 お雪が、研之丞と艶楽の顔を交互に見て、首を横に振っている。
 
「まあまあ、奥方の考えてるような、野暮なことやない。そうやなあ・・・まずは、度胸試しや、これ、利き酒や」
「ああ、それなら、あっしが」

 研之丞が、進み出た。錦織は、首を横に振った。

「研之丞にできれば、やってみぃや。この利き酒は、飲まずにやるやつや」
「え?どういうことですかい?旦那?」

 艶楽が尋ねると、錦織はふと笑った。

「この中に、さっき言った、あたしの一押しの『大吟醸南大地』がある。今回はね、少ししか持ってきてなくてね。さっき、あたしが手ずから、瓶から徳利に注いだんや。それを当ててほしくてね・・・飲まずに」
「飲まずにって、じゃあ、」
「香りでや」
「え?」
「そもそも、利き酒っていうのは、色、味、香りで、その酒の品質を判断するものや、それを鼻だけでやってもらう・・・まあ、今宵の余興にしよかと、とっておいたんやが・・・まあ、これに挑戦して、見事当てたら、考えてみてもええが、どうや?」

 飲まずに、多少の匂いの違いで分かるだろうが、っていうか、元々の酒の味も知らずに、これはもう、タダのあてずっぽうじゃないか?

 だったら、もう、ええい、ままよっ、

「わかりました」

 艶楽が、自らの勘で挑戦しようと思った時、後ろから、庵麝が言った。

「庵麝先生、あんた、下戸じゃないかい?」
「飲まなくてよいのではあれば・・・」

 あ、そうだったねえ。でも、元の匂いだって、わかりゃあしないのに・・・。

 艶楽は、庵麝が人の体臭をかぎ分けて、体調を見ると言っていたのを思い出したが・・・。庵麝は、スッと立ち上がり、徳利のお膳の前に座り直した。そして、徳利の回りを、三本の内の、右と真ん中に鼻を近づけた。

「この、真ん中のですな」

 すると、錦織は、ふふと笑って、頷いた。

「御仁、何故、お分かりに?」
「・・・錦織様、沈香を少し、袂の奥に」
「?!」

 ああ、沈香って、どっかで聞いたような・・・

 艶楽もその言葉を思い出した。

「これは、あっぱれや。わかった。あんたらの度胸試しのつもりやったが、本気なんやねえ。あたしの沈香を頼りにするとは・・・よう解ったわ、ふっふっふ・・・すごい、嗅覚やなあ、御仁。ならば、ささ、一献」
「いいえ、私は酒はダメでして・・・」
「それにしても、そんなに沈香は匂ってないはずやけど・・・」
「手ずから注がれたと仰られたので、ひょっとしてと思ったら」
「犬の鼻やな・・・ああ、解った。船に乗せてやってもええ」

 一同は、また、畳みに頭を擦り付けた。
 艶楽は、大層、喜んで、大きな声で言った。

「ありがとうございます」

 すると、錦織はまた、廊下に向かい、声を掛けた。

「ちょっと、到津いとうず、おるかい?・・・お入り」
「はい」

 すると、すぐ襖が開き、そこには、三角の烏帽子をかぶった、一人の若者が座っていた。

 まだ、何か、あるのかい? ああ、船まで、遠いいねぇ・・・。

 艶楽たち一行は、その若者を見つめた。

                            🌸つづく🌸


みとぎやの小説・連載中 「頼まれごとは、生涯一の仕事 その五」
           艶楽師匠の徒然なる儘に~諸国漫遊記篇~ 第五話

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 今日は遅くなってしまいました。朝の麒麟さんは早かったですが💦
 なかなか、船までは遠いですね。
 次回は、大きく動くと良いのですが・・・。

 こちらのマガジンで、今までのお話が読めます。
 また、一人、誰か出てきましたが、一体、誰なんでしょうかねえ?




 

 

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