不幸中毒 (愛されなくても別に)

愛されなくても別に (著:武田綾乃) という本を読みました。

第42回吉川英治文学新人賞受賞作!!

時間も金も、家族も友人も贅沢品だ。
共感度120%で大反響、続々重版!
「響け! ユーフォニアム」シリーズ著者が、息詰まる「現代」に風穴を開ける会心作!


遊ぶ時間? そんなのない。遊ぶ金? そんなの、もっとない。学費のため、家に月8万を入れるため、日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田陽彩。浪費家の母を抱え、友達もおらず、ただひたすら精神をすり減らす――そんな宮田の日常は、傍若無人な同級生・江永雅と出会ったことで一変する!

愛情は、すべてを帳消しにできる魔法なんかじゃない――。
息詰まる「現代」に風穴を開ける、「響け! ユーフォニアム」シリーズ著者の会心作!

講談社 BOOK 倶楽部

最近愛だの恋だのというものに飢えているのでしょうか。こんな本ばっか読んでる気がします。

僕の母が言ってました。「愛と恋は何が違うのか知ってる?恋は下に心があるから、下心があるほうが恋。ないのは愛。」って。

確かに愛の方が高尚な感じしますもんね。若い時は男女関係は多少なりとも性欲を伴って成り立つのかも分かりませんけど、母の言葉で言うなら僕は愛を欲してる気がします。

でも人肌は感じたいという気持ちもあります。手を繋いだり…ね。

この話に出てくるのはほとんどが女性の方で、親子の話も主に母と娘の形になっています。
話の主軸は2人の女子大学生(宮田 陽彩(ひいろ)・江永 雅(みやび))とそれぞれの親、あともう1人同じ大学の子がいてその子と親の話って感じです。

陽彩は一般的に見たら不幸の位置づけ。雅はそれよりさらに不幸。陽彩は不幸であることに一種のアイデンティティを感じているタイプの人。そんな陽彩に対してもっと不幸である雅が言ったのが「不幸中毒」という言葉。

陽彩は自分の不幸を嘆いているが不幸を理由に周りを攻撃しているようにも見える。自分より恵まれているのに不幸を嘆いている人を見れば「自分の方が不幸なのに」と思う。

本を読んでいる側からすれば陽彩はたしかに可哀想で恵まれない環境にいるけど不幸を必要としているようにも見える。
その姿はより不幸な雅の目にはどのように映るのか。

自分にもそんなフシがあるから直さなければと思う。僕は現在高校に通っていて、自分より勉強ができる人や人間関係が充実してる人、何かで優れた成績を収めている人が「つらい」とか「学校辞めたい」とか言ってる姿を見ると「俺の方が辛いんですけど!!!」となる。

(彼らがどのくらい強くそう思っているかは分からない。最近は恥ずかしいことがあっただけですぐ「死にたい」と言う人も多いから。)

でも僕も他の人からしたら「俺の方が辛い…」とか思われてるかもしれない。誰がいちばん辛くて苦しいかレースは明らかに不毛だし、不幸や痛みの優劣なんて付けようがない。
客観的に経済状況や成績から不幸度を測ろうとしても「そういうことじゃない」ってのはみんな分かっている。

もがくしかないのか………

陽彩と雅は途中から同棲することになる。
僕はこういう関係に憧れる。互いに友人が少ない(居ない)から2人の関係は濃くなる。

言ってしまえば僕は親友が欲しい。でも依存がしたいから異性の方が良くって彼女が欲しい(唐突)ということになる。

あと話が飛ぶがこの2人は同じコンビニでバイトをしてて、その2人が同棲するってところで
村田沙耶香 さんの「コンビニ人間」を思い出したので図書館に行って借りてきた。以前1度読んで、良かったという記憶があるがもう一度読んでみたくなった。

余裕の高校生である。


読書は最近始めたばかりだが、不幸ってなんだろうなって考える。

僕の見てきた物語の人達は最後割と幸せな道に進んでいるがそれは、以前と比べて幸せなのか本当に幸せなのか、そもそも幸せってなんだ?って、哲学的な問いにぶつかり、考え、悦にひたっていますけれども。

読者の僕からすれば結局君たち幸せになってるじゃん、って勝手に裏切られた気持ちになったりもするけれど、自分もそうなってやろうって気持ちは出てこなくて。これは自分が怠惰なだけなのか、はたまた不幸中毒なのか。




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