ニートな吸血鬼は恋をする 第七章

真紀と別れた愛人は、外を歩いていた。
途中自販機で飲み物を買って、飲み歩きながらぼんやりと空を眺める。
眩しい夕陽に、随分と寝ていたことを知らされる。
(……ほとんど見えなかった)
あのとき、愛人が真紀に踏み込んだと思ったら突然、真紀が消えて……。
(……はぁ……心素が無いんじゃ、勝てない……か……)
真紀の言葉が、どうにも頭から離れなかった。
心素量の差は愛人のどうしようもない弱点だ。吸血鬼である以上、避けられない欠点。

愛人はそれをどうにかする方法を昔から何度も考えたことがある。
(……まぁ、ないこともないが……どれも危険すぎる)
例えば人工心素の接種量を増やす、あるいは濃度を薄めず原液で接種する。しかしその体への負担は計り知れない。何か障害が残ってもおかしくはない。
また、人工心素ではない方法で、心素を取り込むということも考えた。
犯罪だが、他人の血を吸うということだ。
(ただ……何が起こるか分からねぇんだよな……)
危険なことであることや吸血された者が大きな負担を負うことは予測できる。

だが、吸血した吸血鬼がどうなるのかは、愛人も知らなかった。
(考えてみりゃおかしな話だよな……)
愛人を含め、少なくとも一般人は誰も吸血鬼が血を吸うとどうなるのかは知らない。
危険な行為だということは知っているが、実際の映像などは誰も見たことがないし、かと言ってそれを試すこともできない。つまり、誰も何が起きるか知らないのだ。
(……まぁ、情報統制がされているってことは、ロクでもないものなんだろうよ……)

愛人は心素を増やすという考えを捨て、心素以外の力でどうにかして真紀を超えられないかと考え始める。
(俺は未成年だから銃やナイフといった殺傷武器は持てない……)
愛人が唯一持つことができるのは、警棒だけだ。
(けど、それも身体能力に依存するんだよな……)
結局。真紀クラスの敵を相手にするなら、あまり効果的とは言えない。
(……はぁ) 
さっぱり真紀に勝てる考えが浮かばずに、ついため息が零れる。
そのままちびちびと飲み物を飲みながら歩いていると、野太い声が聞こえてくる。

「おい、愛人」

声を掛けられた方を見ると、そこは交番だった。

「……黒田さん」

そこには、大柄にして中年特有の太鼓腹を携えた警官服の男――黒田が座っていた。

「……どうかしたんですか……?」

愛人は交番の中へと入り、椅子に腰かける。

「いやまぁその……挨拶ついでに、仕事の進捗を聞いておこうと思ってな」「あぁ……」

愛人は何と言おうか迷ったが、取り敢えず上手くいっている風を装う。

「まぁ、順調ですよ」
「順調……? それは、もう終わりそうってことか……?」
「ん、あぁ……はい、まぁそうですね」
「そうか……」

妙な黒田の様子に、愛人は怪訝に思う。

「話はそれだけですか……?」
「あぁ……」
「そうですか……」

普段の愛人ならすぐに帰るのだが、愛人は立ち上がることなく黙り込む。

「ん? どうした……?」
「あの、少し聞きたいことがあるんです……」

 愛人は一応周りに人がいないことを確認する。

「もし吸血鬼が血を飲んだら、どうなるのかって……知っていますか……?」

愛人の質問に、黒田は押し黙る。
その間は明らかに何か心当たりがあることを示していた。

「……ノーライフキング」
「……?」
「お前に言ってもいいのかは知らんが、まぁお前は言いふらすようなことはしないだろうし。少しだけ教えてやる……世間の一般人はまず知らないことだが、国家機関のごく一部の者だけが知る吸血鬼の秘密……それがノーライフキングだ」

愛人はそこで、情報統制がされていた事実を知る。

「まぁ俺も詳しくは知らないんだが、吸血鬼が血を吸うと、体に凄まじい変化が起きて、本物の化け物になる……らしい」

余りに曖昧な言葉に、愛人は首を傾げる。

「本物の化け物? どういう意味ですか?」
「……俺も詳しくは知らん。何せこのノーライフキングすらも、警察でまことしやかに囁かれる噂っていう程度だからな……信じるかはお前に任せる」「……そうですか」

結局よく分からないまま、その話は終わった。

「……では、もう一つ。新堂司のことです」

黒田はその言葉に、ピクリと反応する。

「彼が最近退院したと聞きました……本当ですか……?」

愛人はこの前、一向に灯から心素が生まれないことに悩み、灯のことを知っている司のいる病院へ訪ねた。だが司は既に退院しているらしく、そこには居なかった。あの事件で司は緊急手術を要する程の重傷を負っていた。あれがひと月もせずに退院できる訳が無い。

「……いや、俺もそれは知らん」
「……え?」
「……っていうか、あり得るのか、それ? 病院を間違えたんじゃないか……?」
「……いや、そんなはずは……」

愛人は困惑しながらも、

「まぁいい、取り敢えず俺は特にそいつについては知らん。解決済みの事件の被害者のことなんて、調べようとも思わなかったからな……」

きっぱりとした黒田の言葉に愛人は仕方ないと諦める。

「そう、ですか……では、失礼します」
「おう」

飲み物をゴミ箱に捨ててから交番を出た愛人は、家に向かって歩く。
(……どういうことだ……?)
その中で出てくるのは、黒田に関する疑問。
(なんで……なんであんな嘘を吐いたんだ……?)
愛人は普段から猫を被り、嘘を吐くことに慣れている。だから他人の嘘にもかなり敏感に察知することが出来る。普段から親しい者には特にそうだ。
そして今さっき、司のことについて愛人が聞いた時に、黒田は明らかに嘘を吐いた。

(……まぁ、いいや……)
単純に勘違いであるという可能性もある。
それに、今の愛人は少し疲れていた。
(結局、ノーライフキングとやらも信憑性に欠けるもんだったしな……)
愛人は再び真紀に勝つための方策を考えるが、何一つ思い浮かぶことはなかった。

 
それからも三人は何度も遊び、二週間ほどの月日が経った。
因みに真紀が愛人か没収したホルスターは返されることは無かったが、愛人が新しいホルスターと注射器を購入したので、あまり意味は無い。
(……ん?)
今日は中間テストがあり、いつもなら自宅で受けている愛人も、灯に誘われて学校でテストを受けることにした。そしてその帰り道、三人で歩いているときに愛人は気づいた。

「どうかしたの……?」
「……いや、その……」

 愛人はそれをはっきりと感じ取って、確信する。

「神崎さん……心素が……増えていないか……!?」
「え、本当に……!?」

 微々たる変化だが、愛人と同じくほとんど無かった心素が、今は確かに感じられた。

「……二人とも、知らなかったの……?」
「え、逆にあなたは分かっていたの……?」
「うん。先週くらいから」
「それなら言いなさいよ……」

 マイペースな真紀を放って、愛人はまるで自分のことのように歓喜する。

「まさか本当に治るとは……! ……色々と聞きたいことはあるけど、取り敢えず今はおめでとう……! これで君は吸血鬼じゃなくなったんだ!」
「ま、まだ早いわよ……私自身でも気付かないくらいしか増えていないんだから」
「いやいや、それでも十分すごいよ……!」

愛人は嬉しそうに灯を褒める。

「なんであなたが一番うれしそうなのよ……」

そんな愛人の姿に、灯もつい微笑む。

「……不安だったけど、やっぱり真紀ちゃんを紹介して正解だったよ……!」

愛人は自分の英断に胸を張る。
(やっぱりこいつはただの吸血鬼じゃなかった……! いや、そもそも吸血鬼なのかすら怪しい。だがまぁ、何はともあれよかった……これで……)
正直、諦めかけていたところもあったのだ。色々と手を尽くしたが、灯には大して変化が見られず、愛人は自分勝手にも責任感を感じていた。

「……それだけじゃないでしょう……?」
「ん……!」

灯と真紀はそんな愛人の言葉に訂正を加える。
首を傾げる愛人に、灯は笑顔で告げる。

「あなたのおかげよ……ありがとう、愛人」
「ん!」

真紀もぶんぶんと頭を上下させて、強く同意している。

「……そう、かな……?」

愛人は顔を赤くして聞き返す。

「そうよ」
「ん!」
「……そう、だね……」

二人の即答に愛人は少し微笑んでから、飛び切りの笑顔を向けた。

「じゃあ、テストも終わったし、どこか遊びに行こうか……!」

その笑顔に、或いはその誘いに、灯と真紀は驚愕する。

「……あなたから誘うなんて、珍しいわね」
「あいと、外……嫌じゃないの……?」
「んーと……まぁ、今日ぐらいは、いいかなって……」

灯は一瞬きょとんとしてから、嬉しそうに微笑んだ。

「そうね……今日ぐらいは、それもいいわね……」

 そして、愛人の手を引いた。

「さぁ、行きましょう? 真紀ちゃん」
「ん!」

 既に真紀は心素を解放しており、二人の手を引きながら軽く助走をつける。

「ちょ、今から!? 待ってよ……うわっ……!?」

愛人が話している間に、真紀は凄まじい跳躍を始める。
その跳躍は、すごく豪快で、すごく気持ちがよかった。

「あはははははははっっ!」

もう随分と慣れてしまった灯が、気持ちよく風を切りながら大笑いする。

「……はは」

つられて愛人も、笑い始める。
三人は今までで最高に楽しく遊んだ。
それに呼応するかのように、灯の心素は増殖していく。
そして夜道。

「カラオケなんて何年かぶりだったよ……耳がまだ変な感じだ……」
「ふふん……♪」

三人は帰り道を歩いていた。
遊び疲れた愛人と、二人と楽しそうに歩く灯。

「……」

真紀は、そんな二人を見ていた。
(……言おう)
真紀はこの一日を通して、それを言おうと決めていた。

「……ごめんね」
「え?」
「ん?」

真紀の唐突な謝罪に、二人は首を傾げる。

「ごめんねって、何が……?」
「私……一緒にいるべきじゃないよね……二人と」
「……はぁ?」

初めに反応したのは、灯だった。

「いきなり何を言っているのよ……」
「そうだよ。真紀ちゃん、どうしたの……?」
「……あのさ……二人は、さ……いつになったら付き合うの……?」
「なっ……!?」

 灯は驚愕に目を?く。

「……付き合う……? 何の話……?」

しかし未だに愛人は訳が分からず、首を傾げる。

その疑問に答えるかのように、真紀は確信となることを告げる。

「あかりはさ……好き、なんだよね……? あいとのことが」
「……っ……!」
「……神崎さんが、僕を……? 君は何を言っているんだい……?」

愛人は困惑していたが、真紀はまるでそのことを疑っていなかった。

「……神崎、さん……?」

そして愛人はずっと黙り込む灯に、目を向ける。

「……っ」

灯は顔を真っ赤にしていた。

「……えっと」

気まずい空気となり、愛人が何かを言おうとしたとき。
けたたましい警報が鳴る。

「っ! 通報だ……!」

通報先は愛人だった。
警察手帳には、自動で逆探知された通報元の携帯の位置が割り出される。

「……ここから東に四百メートル……! ちょっと行ってくるね……!」

二人を置いて愛人は、その場から逃げるように全力で駆けだした。

「私も行く!」

それを追うように、凄まじい跳躍で真紀がぶっ飛んでいく。

「ちょ、ちょっと二人とも……!?」

灯は取り残されて、呆然とする。

「……あぁ、もう……!」

このまま帰る気にもならず、灯は苛立ちながらも二人を追いかける。


どうも、ハタガミです。久々のあとがきです。
今回出てきたノーライフキングというのは、本来この物語において大事な要素でした。
ただ、一次審査で落ちたこともあり、正直あまり設定を複雑にし過ぎるのも良くないのかもと感じています。
何が言いたいかというと、この伏線があまり回収されていなくても、気にしないでください。

それと、真紀の言動がおかしいと感じた方は申し訳ありません。
真紀は愛人が恋をすべきだと考えており、自分がそれを邪魔しているのだと感じてこのような言動をしているのですが、少し伏線や心理描写が下手だったと感じます。少し修正も考えていますが、今はこの後書きで補っていただければと思います。

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