ニートな吸血鬼は恋をする 第十章

「灯」
「んぅ……?」

真紀はぺちぺちと灯を叩いて起こす。

「真紀……ちゃん……?」

灯はうっすらと目を開く。
灯のマンションの近くにある、道端のベンチ。
そこで灯は真紀にもたれていた。

「……あ」

どうやら色々と思い出したらしく、灯は感情が揺れ始める。

「取り敢えず、これ……」

真紀はそれを感じ取り、すぐに自販機で買った缶コーヒーを出した。

「……あり、がとう」

灯はそれを手に取る。かなりあったかい。

「あなたはコーヒー……飲まないの……?」

「苦いの……無理……」

真紀はそう言って、ミルクココアを開ける。

「そう……」

灯は缶コーヒーを開けて、ゆっくりと啜る。

「……はぁ……あったかい」

灯はコーヒーを一口飲んで、一服してから話し始めた。

「先ずは、ありがとう。……あなたが止めなかったら、私……また……」
「別に、いい……」

真紀は猫舌なのか、ミルクココアに息を吹きかけながら、灯を見る。

「……それより、話しておきたいことがあるの」
「……あなたも? ……まさか、あなたも私と一緒に居たくないの……?」
「そうじゃない」

灯が悲観的なことを口走るが、真紀はすぐに否定する。
(……だいぶ落ち込んでる……けど、時間がない……!)
真紀は灯の精神状態を見て、真剣に話し始める。

「……まだ、諦めてないよね……? 愛人のこと」

灯は予想外のことを言われ、しばらく言葉を失った。

「……どうかしら」

真紀は悲しそうに灯を見る。

「……仮に私が諦めてなかったとして、愛人が振り向くと思っているの……?」
「うん」
「……はぁ……?」

灯は今度こそ意味が分からず、次第に真紀が気休めを言っているのかと思い、不機嫌になる。

「……あのね。私は確かに愛人が好きだし、愛人が何か思い詰めているのなら、力になってあげようと思っていたわ……」

灯は苛立ったように真紀にまくし立てる。
灯は愛人に出会って、愛人が何か重い過去を持っているのだと思い、それと向き合いたいと思っていた。恋愛が禁じられている法律についてもそうだ。

「けど愛人は……ヒーローでも、特別な力を持っているわけでも、重たい過去を抱えているわけでもないの。私がどうにかできるものを、持ってすらいなかった……」

早い話が、愛人は思ったより平凡な吸血鬼だった。灯はそんな愛人を見ようともしていなかった。自分の理想像を押し付けていたにすぎない。

「ふっ……嫌われて当然ね……」

涙すら枯れて、灯は自嘲する。

「……違う」

真紀は話を聞き終えて、明確に否定する。

「……愛人は、灯を嫌ってなんか、いない……」
「……気休めはもう「気休めとかじゃない……!」――……え?」

真紀は灯の肩を掴む。

「灯……よく聞いて」
「え、えぇ……」

あまりに真剣な姿に、灯もかしこまる。

「愛人は、灯に惹かれていたの……間違いなく」
「はぁ? ……じゃあ、どうしてあんなことを……?」
「それは……私のせいなの……」

真紀は手を離して、悲しそうな顔をして俯く。

「あなたの……? どういう意味……?」
「……愛人の髪。……綺麗でしょ」

いきなり真紀は、語り始めた。

「え、髪……? まぁ、綺麗だけど……それがどうかしたの?」

灯は愛人の髪が、黒髪であることを思い出す。

「前は、真っ白だったんだ……それに、あんなに生えそろってなかったし」
「……どういうこと?」

灯は不穏な雰囲気を感じ取って身構える。

「私の……私のせいなんだ。私のせいで、前は髪も真っ白になっちゃったし……私がほとんど引きちぎったんだ。愛人の髪を……」
「……え……?」

愕然とする灯を放って、真紀は少しずつ語り始めた。

「私、昔は愛人と付き合ってたんだ」
「えぇ!?」
「あと、父親に虐待されてたんだ。家も貧しくて……」
「え、えぇ……」

色々と凄まじい情報が多すぎて、灯は逆に冷静になってくる。

「で、それを助けてくれたのが愛人なの……」
「そ、そうなの……よかったじゃない……」
「でも、私はお父さんを奪われたように感じて、その……」
「……?」
「……愛人を、ボコボコにしちゃったの……」
「……そ、そう……」

屈強なる恋愛警官である真紀によるボコボコ。
濁した言い方をしているが、それはそれは凄まじいものだったはずだ。
愛人との組手を嫌がっていたのも、今なら頷ける。

「……え、終わり……?」
「うん……」
「えぇと……」

いきなり回想が終了して、灯は困惑する。

「……で、それがどうかしたの……?」
「……多分愛人は、私を助けたことを……後悔してるんだ……」
「……後悔……?」

あれほど自分は後悔していないと豪語した愛人が後悔をしていることに、灯は首を傾げる。

「……うん。私に嫌われたと思ってるんだと思う。好きな人のためにしたことが、好きな人を悲しませることになって……。愛人は人に嫌われることを恐れてる」
「……恐れる……あの愛人が……」
「……だから愛人は極力誰とも関わろうとしないし、関わるときには必ず猫を被り続けて、誰からも好かれようとするんだ」

灯はその理屈に強烈な不備を感じる。

「……そんなの」
「うん、本当は違うんだ。愛人は私を……守ってくれた。それに、私は感謝してる。確かにあの時は……色々と心の整理がつかなくて、私が未熟だったから、愛人に強く当たったけど……でも……」

真紀は、絞り出すように口にした。

「本当は全部……愛人が正しかったんだ」

それは灯もずっと感じていたことだった。
愛人の行動は、常に正しい。
……薄ら寒いほどに。

「愛人は灯に惹かれてる。……でも、愛人は自分が大切な人を傷つけると思ってる」

結論が近づき、真紀はさらに声を強める。

「けど、それは私のせい……」
「……」
「……でも灯なら……大丈夫だよ……絶対……!」

真紀の声は力強く、その結論を全く疑っていないことが、はっきりと伝わる。

「……なるほどね」

灯はようやく全てを理解する。

「あなた……それで、私達と一緒に居るべきじゃないとか言ってたのね……」「……うん」

真紀は素直に頷いた。

「……馬鹿ね」

灯は真紀の頭を優しく抱き寄せる。

「……あなたのせいなんかじゃないわ」

真紀は目を見開く。

「……あの唐変木が、変な勘違いを拗らせたのが悪いのよ」

それは確かな心素の変化。

「……灯……?」

今までの情けなく弱々しい心素が、全く姿を変えている。

「……ありがとう。話してくれて」

元の……いや、今まで以上に凛とした、気高い心素が灯の中で高まっていく。

「……おかげで、前を向く勇気が出たわ」

灯はそう言って、真紀に微笑んだ。
真紀は灯の頼もしい笑みに、なんと返せばいいか分からなくなる。

「……私は愛人みたいに、何が正しいかなんて分からないわ。……分かるのは、自分のことだけよ」
「……わた、し……」
「私はこれからもあなたと一緒にいたい。心からそう思うわ。……あなたはどう……?」

真紀は今更になって気付いた。
(私……二人の優しさに、安心したかったんだ……)
愛人や灯は優しい。
だから真紀が一緒に居るべきでないと言っても必ず否定する。
そんな分かりきったことで、真紀は安心したかったのだ。

「……わた、しも……一緒にいたい……! ずっと……三人で……!」
「……なら、決まりね……」

灯は真紀の返答に満足して、真紀の頭を撫でる。

「……あとは……愛人だけど」
「……そうだった」

愛人は未だに、自分が人と関わるべきではないと考えている。
その考えをどう覆すべきか、と真紀は頭を悩ませる。

「……あの、さ……」
「ん……?」
「愛人が私に惹かれているっていうのは……本当なの……?」

灯は少し頬を赤らめながら聞いてくる。

「うん」
「……なんでそう思うの……?」
「だって愛人……笑ってたから……」
「笑ってた……?」

灯は意味が分からず、聞き返す。

「愛人って、普段は猫を被ってばかりで、心から笑うことってないんだ。……でも、灯と一緒にいるときの愛人は……心から笑ってた」
「……そ、そう」

思ったよりもしっかりした理由で、灯はさらに顔を赤くする。
(……そうだと、いいわね……)
だが真紀の言葉は、灯にとって大きな救いとなった。

「……じゃあ、もう一度……話してみる。……それで、いいわね?」

灯は不敵に笑いながら、真紀を見る。

「……よかった……」

真紀は、本当に嬉しそうに笑う。

「……何が……?」
「愛人を好きになったのが、灯でよかった……!」

その笑顔は、年相応な子供の笑顔だ。

「……ふふっ……そうね……」

灯は手を伸ばし優しく真紀の頭を撫でる。
身長は真紀の方が高いのだが、灯はこれが気に入っていた。
そして真紀も、灯の手に気持ちよさそうに目を細める。

「さて、もう日も暮れてきたし……あなたは帰りなさい」

灯はぐいっとコーヒーを飲み干して、そっぽを向いた。

「あ、うん……」

真紀は灯の手が離れたことに少し残念そうにするが、やがてミルクココアを飲み干してから立ち上がる。

「じゃあ……」
「えぇ……気を付けて……ってあなたには心配いらないわね」

灯は次に会った時に気恥ずかしくならないように、軽口を叩きながら手を振った。
そして真紀もそれに手を振ろうとする。

「うん……ばいば……っ!?」

真紀は突如、血相を変えて灯に飛びついた。

「きゃっ!?」

いきなり飛びつかれて、灯は真紀と共に地面に倒れ込む。

「いたた……いきなり何す……っ!?」

灯が最初に気付いたのは、血だった。
真紀から滴り落ちる血。
遅れて、ザンッと刃物が突き刺さる音がする。

「真紀ちゃん……!? どうして……!?」

灯は一瞬にして緊張感と、罪悪感を募らせる。

「大丈夫なの……!?」

真紀はすぐに立ち上がり、その方向を見つめる。

「ナイフ……!」

それは、突き刺さったナイフの逆の方向。

「……お前……何者だ……!」

そこには、黒い外套に身を包む者が立っていた。

「……」

その者は何も話すことなく、無言でナイフを取り出した。

「灯……」

真紀はその者の攻撃的な心素を感じ取り、全身に【心装】を施した。

「真紀ちゃん……!」
「下がってて」

真紀は構えをとった。
(誰なのこいつ……!? この心素量……真紀ちゃんと同じくらい……!? つ、通報しなきゃ……! 携帯は……!)
ベンチの上には、灯の鞄がある。
灯はそれを取ろうとする。

「灯……早く下がって……!」

真紀は灯に警告する。

「しっ」

真紀の意識が逸れた瞬間、その者はナイフを投げた。

「……ん」

真紀はそれを掴んだ。
その者は驚いたように固まっている。
さらに真紀は、軽くナイフをへし折る。
ガシャリと捨てられたナイフが音を立てて落ちる。

「真紀ちゃん。今愛人に連絡を入れるから……!」

その間に、灯は鞄をとって携帯を取り出す。

「いい」

そんな灯に、真紀は鋭く釘を刺す。

「……へ?」
「連絡しなくて、いい……」

真紀は深く深呼吸をしながら、集中力を高めていく。
体中が、紅く光りだす。
(……な、なんて力強い心素……間近で見ると、こんなにすごいの……!?)
灯は真紀の規格外の心素量に圧倒される。

「……っ」

莫大な真紀の心素に、その者も固唾をのむ。

「……それよりも、救急車を呼んで」
「え……?」

真紀の心素は、その身から爆発的な光となって溢れ出す。
それは先日、ワゴン車を一撃で破壊したとき以上の心素だった。

「こいつを運ぶための……救急車」

真紀はその言葉と共に、消えた。

「っ!?」

その者は驚いて身構えるがもう遅い。

「はぁ!」

背後に現れた真紀が、拳を振るう。

「っ!」

咄嗟に構えたナイフ。

バギッ 「ごはっ!?」

真紀の拳はナイフをぶち抜いて顔面を捕らえた。
(……う、うわぁ……)
まるでバトル漫画のように吹っ飛んでいく体。
フードで見えないが、首から上がどうなっているのかを灯は想像して、苦い顔をする。
やがて吹っ飛び終えたその者は、地面に倒れ伏した。
(そうだ……救急車呼ばないと……)
灯はその惨状を見て、救急車を呼ぶ。
(愛人がいなくたって……大丈夫……!)
真紀はその者に悠然と近づいていく。
全身の【心装】は更に硬度を増していく。
油断があるわけではない。
今の真紀には、絶対的な自信があった。
今まで真紀は、愛人に救われ、灯に支えられてきた。
(……今度は私が、二人を守るんだ……!)
その想いが、さらに真紀の心素を活性化させる。

「……」

驚いたことに、その者は真紀の拳を受けたというのに立ち上がっていた。

「……はぁ……はぁ……」

その者は肩で呼吸を繰り返しながらも、ある者を取り出す。

「っ!?」

真紀は驚愕に目を?く。

「あれは……人工心素……!?」

灯もそれに気づいた。
その者が持っていたのは、注射器。
それも愛人と全く同じ。
その者は躊躇なくそれを首に突き刺した。

「っ! お前……本当に何者だ……!?」

真紀の拳を耐えただけでも異常だというのに、人工心素を接種した。

「……しっ」

その者は数本のナイフを構えて、投げてくる。
先程とは比較にならない程の速度で、空気を切り裂きながらナイフが飛んでくる。
まるで横向きに降り注ぐ、刃の雨。

「っ!」

真紀はそれを紅い拳で弾く。

「っ!?」

ナイフを全て弾いたとき。
気づけば、その者がいない。

 ドンッッ 「ぐっ!?」

真紀は背後から上段蹴りを喰らう。
肩で受けた真紀はすぐに体勢立て直す。
(今のは間違いなく【確心】……一体どうなってるの……!?)
肩に残る集約された蹴りの感触から、愛人の攻撃を思い出す。
だが威力は愛人の攻撃とは比べ物にならない。

「お前……本当に何者なんだ……!」
「……」

何も答えないその者に、真紀は得体の知らない焦燥感に襲われる。
そもそも吸血鬼でありながら戦おうとするのは、愛人ぐらいだ。その愛人が独自に開発した戦法が【確心】だ。同じ戦法を使える者と出会うなど、天文学的確率だろう。
(それに……こいつには最初から心素があった……)
初めて見た時から、既に真紀に並ぶほどの心素を持っていた。
人工心素によってさらに強化されている。
その者は突如、真紀に踏み込む。

「っ!」

真紀は咄嗟に拳を放つ。
だがその拳は掴まれる。
と、同時に腹を蹴られる。

「ぐっ! ……おぉっ!」

真紀はそれをこらえて、脚を掴んで蹴り返す。

ガッ 「っ!」

その者は吹っ飛んでいく。
真紀の足には、ナイフが突き刺さっていた。

「……んっ」

真紀はナイフを抜きながら、思考する。
(間違いない。こいつは【確心】を使える。……それも、愛人よりも強力に……)
真紀は敵の詮索を辞めて、倒すための思考に切り替える。
(……けど……【確心】を使うなら……弱点も同じはず……!)
真紀は集中力をさらに高めて、心素をたぎらせていく。

「……すぅ……はぁ……」

深い深呼吸と共に、莫大な心素が真紀の身体に満ちていく。
真紀の身体はさらに紅くなる。
(うそ……まだ上がるの……!?)
未だに上昇し続ける莫大な心素量に、灯は戦慄する。

「っ……」

その者も腰を低くして、ナイフを身構える。

「……全心素……解放……!」

真紀の渾身の心素が、徐々に右手に集まっていく。
沈む夕日よりも紅い拳が、完成する。
(このまま行っても、勝てる気がしない……)
今のところは拮抗している、もしかすると相手が何か奇策を用いてくる可能性もある。
その前に戦いを終わらせるのには、これしかない。
(……遠距離で撃つのは初めてだけど……)
圧倒的心素量で、一気にねじ伏せる。
それが【確心】の攻略法。
今や真紀の心素量は、その者の倍近くに上っていた。

「んっ!」

真紀は近くにあったナイフの残骸を蹴り飛ばす。

「っ!」

その者がそれを避けた直後。
真紀はその拳を放つ。

「【バレット】……!」

瞬間。

ボッッッ!! 「っ!?」

現れたのは、拳の形をした紅き大砲。
咄嗟にその者はナイフを盾にする。

バギンッッッ 「ごはぁっ!?」

直径三十センチ程の大砲と化した真紀の【バレット】は、ナイフは砕きながらその者の胴体を叩き、遥か遠方へとぶっ飛ばした。

「……ふぅ……」

真紀は煙を上げる拳を降ろして、深く息を吐く。
真紀が渾身の心素を込めた全力の【バレット】。
(よかった……狙って撃てた……)
真紀の心素は、真紀自身ですら制御が困難なほどに強大だ。
だから今まで、【バレット】を狙ったところに撃てたことはなかった。
零距離で放つしかなかったのだ。
(これで……私も……少しは――「パァンッ」――……?)
それは銃声音。

「……え?」

真紀は自分の腹を見る。
小さな風穴から血が噴き出していた。
真紀は、血を吐きながら倒れた。

「ま、真紀ちゃんっ!」

灯は怖くなって身を乗り出す。

「ダメッ!」 「っ!?」

真紀は倒れたまま掌を灯へ向ける。

「そのまま、身を伏せていて……撃たれる、から……」

灯は言われた通り、身を伏せる。
真紀は這いつくばりながらも、何とか灯の元へ向かいながら思考する。
(狙撃……方向からして、かなり近い場所……)
幸いその方向から灯は、ベンチが遮蔽物となっている。
そこへ逃げ込めれば、取り敢えず次の狙撃は防げる。

「……君程の人から、【心装】を外すのには、本当に苦労したよ」
「っ!?」

そこへさらなる絶望が、歩いてきた。
倒したはずのその者が、歩いてきたのだ。

「なっ!?」

灯はその者の声を聞いて、顔を上げる。
その者のフードは、真紀の【バレット】によって消し飛んでいた。

「まさかその歳で心象具現まで使えるとはね。……君が狙いを外さなければ、流石に僕もヤバかったよ」
「あ、あなたは……!?」

その姿に、灯は驚愕する。

「灯、知ってるの……?」
「つ、司……どうして……!?」

その者の正体は、灯の元彼――新堂司であった。

「司……?」
「わ、私の、前の彼よ……!」

真紀は冷や汗を垂らす。

「……くっ」

真紀は出血が止まらない傷口を抑える。

「おっと」

そこへ、司が真紀を踏みつけた。

「あ、あぁあああっ……!」

傷口を踏みつけられ、出血は更に加速する。

「真紀ちゃん!」
「……下がってて」
「でも……!」
「いいから!」

真紀は、両手を地面についた。

「……へぇ、まだ戦おうとするとはね……」
「お、まえ……には……聞きたい、ことが……あるっ!」
「なんだい?」

司は足を踏みつけたまま、余裕そうに会話に応じる。

「目的、は……?」
「そこの女だ」

そう言って、司は灯を指した。

「わ、私……!?」
「……お前たち……何者だ……?」
「……さぁ、なんだろうね?」

そう言って、司は不意に足を上げる。

「はぁっ!」 

司が足を上げた瞬間に真紀は立ち上がって、司にアッパーを仕掛ける。

「おそいな」

だが避けられてカウンターを喰らう。

「がふっ!」

蹴られた場所は、傷口だった。

「あ、あぁ……!」

真紀は傷口を抑えてうずくまる。

「まさかその状態で、まだ心素をひねり出すとはね……恐れ入ったよ」

さらに出血が加速していく。
司はナイフを出して、構えをとった。

「やはり君は危険だ。我が組織の敵となる前に……死ね」

そう言って、真紀の前まで来る。
そのとき。

「止めなさいっ!」

鋭い声。
いつの間にか立ち上がっていた灯から、司は呼び止められる。

「……あなたの目的は私でしょう……?」

灯は余裕そうに腕を組む。

「……」
「それにいいの? 私は救急車を呼んだわ」

そして煽るように不敵に笑う。

「……」
「ここは人目につくわよ……?」

灯は気丈に挑発を繰り返す。
本当は怖くて震えている。
さっきの告白のときもそうだった。
だが今は違う。
信じられる大切な人がいるのだ。
怖くたって、守らなければならない。

「……いいだろう」

司はそう言って、まるで赤の他人のように灯を見る。
そして無造作に、持っていたナイフを投げる。

ガッ

「……あ……」

灯はそれを避けられるわけもなく、崩れ落ちる。

「あか、り……!」

真紀は辛うじて残っている意識を必死に繋ぎ止めながらも、手を伸ばす。

「あがっ……!?」

司は真紀の腹に突き刺さったナイフを引き抜いて、灯を担ぎ上げる。
傷口からは滝のように血が出る。

「……ま、て……!」

そして司は、飛んだ。
まるで真紀など眼中にないかのように。

「……うぅ……!」

残された真紀は、悔し涙を流しながら、意識を手放した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?