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第49話 ライ大臣の事件の真相②

「ただ吊るすだけなら、水瓶は落ちない。そこで使用したのが氷よ。氷なら、部屋の温度を調節することで、水にできる。つまり、氷で水瓶を吊るせば、時間差で落とすことができるってこと。シャンデリアと水瓶を繋いでいた物がなくなるからね。
 その三、水瓶の中の水の量と床の染みが合わないのはなぜか。それは、床の染みが水瓶の中の水じゃなくて、解けた氷だからよ。水瓶は吊るすために軽量化するはずだから、中に水は入れないわ。水瓶を吊るしていた氷が解けたから、あれだけ床が濡れていたのよ。
 その六、暖炉を焚いていたのはなぜか。窓が開いていたのは。それは、氷を解かすため。犯人はアリバイ作りのために手の込んだことをしたのだから、氷が解けきる時間も調整したはず。それで暖炉を焚いたのよ。でも、火を焚くと早めに解けるかもしれない。氷は、犯人が皆と合流した時に解けないと意味がない。だから、窓を開けて涼しい空気を取り込み、暖炉の熱とバランスを取ったのよ」
「調整って、そんな簡単に、ぶっつけ本番でできるものなんですか」
 ローラは賢い。タイミングよく氷を解かすことがどれほど難しいか、きっと誰よりも知っている。
「ぶっつけ本番ではないわ。犯人は、自分の部屋で何度も実験したはず。わざわざ言う必要はないけど、造りや家具の配置はどの部屋も同じよ。アクア城とは線対称になっているだけ。それなら、自分の部屋で好きなだけ実験できるわ。ダビィ王とミネルヴァ女王以外は、全員一人部屋だしね」
「確かに、実験し放題ですね~」
 ローラはいつもより大きな声で笑っていた。
 住み込みの使用人が少ないため、全員が一人で部屋を使えている。城内の部屋の造りは全て同じで、家具の配置も同じだ。使用人も、豪華な家具を使えている。シャンデリアだって、どの部屋にもある。
 ローラに続いて、セルタ王子が質問する。
「あの水瓶の大きさは知っています。水が入っていなければ、氷で吊るすことも可能だと思います。ですが、重さのない水瓶を落とすだけで、致命傷を与えられるとは思えません」
「先ほども言いましたけど、松明で殴った時点でライ大臣は死んでいます。水瓶の役割は、動機に関すること、割れる音で犯行時刻を誤認させることです。凶器としての役割は必要ありません。吊るすためにはむしろ、軽い方が好都合ですよ」
 セルタはあっという表情のまま固まり、動かなくなってしまった。アリアは彼を見て、またしても不審に思う。普段の彼なら絶対に理解できるし、挑発的な言い方はしない。頼りなさそうにしているが、賢く優しい性格をしている。ミネルヴァもセルタを不思議そうに見つめていた。
「その五、あの部屋に置いてあった箱は何か。また、運ぶのを頼んだのは誰か。あの箱は、水瓶と氷を運ぶための物だった。運ぶのを頼んだのは誰か、これについて、今は犯人とだけ言っておくわ。
 氷はクーラーボックスに入れないと解ける。しかし、犯人一人で水瓶とクーラーボックスを運べば、目立ってしまうわ。そこで、一つずつを箱にいれて、イレーナ大臣とローラに運ばせたのよ」
「誰かに運ばせて協力者を作るより、犯人一人で運ぶ方が良かったんじゃないかしら。箱に入れれば、中身は分からないわ」
 誰しも犯行時に協力者を作りたいとは思わない。ミネルヴァだって、もし自分が犯人なら、協力者を作りたいとは思わないはず。アリアだってそうだ。
「二階の階段は、常に警備兵が見張っていました。一人で箱を持って通れば、呼び止められて、中を確認されますよ。それに、殺人が発覚したら一番に疑われます。だから、犯人は二人に運ばせたのです。また、水瓶とクーラーボックスを入れるとなると、かなり大きい箱になります。
 説明した通り、一人で運ぶ方が逆に目立ってしまいます。それならいっそ、警備兵に怪しまれない人物に運ばせた方が、低いリスクで済みます」
「見つからないようにするのも大変なのね。でも、クーラーボックスってそんなに小さい物なの?」
 ミネルヴァは、他人事のようにのんびりとした口調で尋ねる。エリリカは、彼女の方を向いて簡潔に答えた。
「水瓶は大きくない上に軽いので、吊るすのに必要な氷も小さいサイズで済みます。
 シャンデリアの中心真下に、ライ大臣の頭があったと言ったわね。シャンデリアの中心にある、長くて太い、銅の棒部分には、大きな電球が付いているわ。電球は大きめの球体よ。この球体部分と水瓶の口部分を氷でくっつければ、犯人が作った仕掛けの完成。
 まず、水瓶、電球、特定の形に固めた氷、の三つを用意する。水瓶、氷は箱で持っていき、電球はライ大臣の部屋にあるシャンデリアを利用する。氷の形は想像だけど、イメージとしては、『一本の太い棒があり、その両端に輪っかがある』みたいな物かしら。この両端の輪に、水瓶の口と電球を嵌めて使うの。
 犯人は、部屋に着いたら松明で一撃を与えて、ライ大臣を殺した。次に、運ばせた水瓶、氷を取り出して、天井の電球と合体させる。あの部屋には椅子があるから、誰でもシャンデリアに届くはず。あとは、氷が解けて水瓶が落ちるのを待つだけ」
 ミネルヴァは感心したように目を輝かせている。エリリカの推理がお気に召したらしい。
 ローラは嬉しそうに足をぶらつかせている。
「でも、ピッタリなサイズの氷って作れるんですか」
「さっきも言ったけど、ダビィ王とミネルヴァ女王以外は一人部屋よ。造りや家具の配置は同じなんだから、自分の部屋で好きなだけ氷を調整できるわ。もちろん、自分の部屋のシャンデリアと合わせてね。それに、少し大きめの氷を作っておくのも手ね。小さい氷は入らないけど、大きい氷は輪の内側を削るなり、少し解かすなりすれば、使えるから」
「はぁ。そうですか」
 答えが分かった瞬間、ローラは面白くなさそうに表情を変えた。ぶらつかせていた足の動きがピタッと止まる。
「これで、私が提示した七つの項目は全てクリアということね。ライ大臣の事件も時系列順に並べていくわよ。
 葬儀が始まる。イレーナ大臣とローラが、犯人から箱の運搬を頼まれる。弔いの歌を大広間にいる全員で歌う。犯人は、ライ大臣を松明で殴って殺害。この時に水瓶もセットしておく。全員が裏庭の墓地に移動する。犯人もアリバイ作りのために墓地へ移動する。四階で水瓶の落ちる音がする。私とアリア、イレーナ大臣とセルタ王子が駆けつける。
 これで三人目、ライ大臣の事件は終わりね」
 時系列を聞いて、待ったをかけたのはダビィだった。
「犯人はどうやって四階に上がったのだ。警備兵がいたのだろう」
「それは最後にお話します」
「ううむ。そうか」
 ダビィの表情は変わっていないが、声に不満の色が滲み出ている。質問のせいで偶然そうなったのだが、彼だけはぐらかされているみたいになってしまった。エリリカはそれに苦笑しつつ、イレーナ大臣の死について語り出した。

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