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第31話 第3の事件?

 アクア城は外装も内装も青色をあしらった、五階建ての豪華なお城。フレイム城とはお城の造りも同じだから、違いは色と守護神の像だけ。フレイム王国同様に、城門の両脇や城内の至る所に守護神の像が置かれている。守護神は両手で水瓶を持ち、左肩に担いでいる。また、フレイム城には松明があるように、アクア城にはどの部屋にも水瓶が飾られている。
「はぁ。やっと着いたわ。フレイム城からアクア城まで、もっと簡単に移動できないのかしら。本の中みたいに一瞬で移動したり、自動の物を使ったり。誰か発明してくれないかしら」
「それは未来の科学者に期待ですわね」
 二人で話しながら、城門前で案内の使用人が出てくるのを待っていた。しかし、エリリカ達の予想を裏切り、血相を変えたダビィ・アクア王が、城の入り口から飛び出してきた。
「あら、ダビィ王。こんにちは。本日はイレーナ大臣にお会いするべく来ました。イレーナ大臣には、本日来訪する旨を伝えた手紙を送っております」
「何、手紙だと」
 手紙という単語を聞いただけで、ダビィは太い眉を不審げに動かした。オレンジ色の瞳が警告を示している。
「手紙は何通送った」
「一通です」
「内容は」
「『お父様達三人が殺されたことについて、お聞きしたいことがあります。明日の十五時頃にアクア王国へ伺います』他にも挨拶など書きましたが、主な内容はこれで全てです」
 次々と質問を飛ばすダビィに、エリリカは訳の分からないまま答え続ける。いくつか質問した後、ダビィは少しの間黙って何かを考えていた。
「イレーナ大臣の部屋にあった、もう一通の手紙と一致するな」
「もう一通の手紙ですって。私は一通しか出しておりません」
「だろうな。入りなさい」
 ダビィに案内され、一階の大広間に通される。そこにはミネルヴァ・アクア女王とセルタ・アクア王子もいた。セルタ王子は目が半分しか開いておらず、口を噛んであくびを抑えている。相当眠そうに見える。
 大広間も青色を基調としており、水の守護神をもつアクア王国らしい内装になっていた。大広間の玉座にダビィとミネルヴァが並ぶと、それだけで絵になる。
 ダビィは冷静で言いたいことをスパッと言う性格だが、今日は珍しく言い淀んでいる。妙に歯切れが悪い。
「非常に言いづらいが、イレーナ大臣が部屋で亡くなっていた」
 ダビィは重い口を開いた。しかし、内容が衝撃的過ぎて、エリリカとアリアは黙ってしまう。会いに来た人物が死んでいるなんて、予想できるはずがない。エリリカ達は喉の奥で言葉が詰まる感覚を覚えた。
 幾らかの沈黙の後、やっとの思いでエリリカが口を開く。
「あの、部屋で亡くなっていたって」
「どうやら、他殺じゃないみたいだ。君達には、わしから謝らねばならない」
「謝るってどういうことですか」
「この一連の事件の犯人は、イレーナ大臣だったんだ」
 ダビィが頭を下げる。ミネルヴァとセルタも、王に続いて深く頭を下げた。エリリカとアリアは顔を見合わせるが、この展開に脳がついていかない。イレーナ大臣の身に何があったのか。二人には想像がつかなかった。
 話す言葉を見つけられないながらも、エリリカは声を絞り出した。
「顔を上げて下さい。イレーナ大臣が犯人だとしても、責任はありませんわ」
「いや、そんなことはない。自分の国の大臣が過ちを犯したのだ。王として、責任を取るべきだろう」
「いえ、まだです。可能でしたら、イレーナ大臣のお部屋を見せて下さい。それから、イレーナ大臣の遺体をクレバ・アルト医師に検死させて下さい。私は真実が知りたいのです。お願いできますでしょうか」
 エリリカは真剣な眼差しで、ダビィ達三人の顔を見る。ダビィの顔は、いつも通り険しいままだ。ミネルヴァは不安そうにダビィを見ている。セルタはいつも通り、おどおどしている。しかし、アリアにはセルタの心がここに非ず、というに風に見えた。
「エリリカ姫の決意に、こちらも真剣に向き合おう。ミネルヴァは、セルタと一緒にここで待っていなさい」
「分かりました。あの、エリリカ姫、アリアさん。どのようなことが待っていても、あなた方なら大丈夫だって信じているわ。ほら、セルタは言うことないの」
「え、ああ。頑張って下さい」
 ミネルヴァに話を振られ、セルタは何となくで返事をした。さすがにおかしいと思ったのか、ミネルヴァはセルタの顔を覗き込む。
「それだけ? 今日は変よ。どうしたの。なんだか眠そうだし、上の空って感じよ。大丈夫?」
「もっ、申し訳ありません。大丈夫です。イ、イレーナ大臣のご遺体を見てから、気分が良くないのです。へ、部屋に戻らせて、頂きます」
 エリリカ達にお辞儀をすると、セルタは一目散に大広間を出ていった。彼を引き留めようとしたミネルヴァの手が、虚しく空を切る。アクア夫妻は二人揃って呆れた顔をしていた。我が息子ながら情けない、と顔に書いてある。
「二人とも申し訳ない。全く、我が息子ながら情けない。エリリカ姫はこれほどしっかりしておられるのに」
「お褒め頂きありがとうございます。私が堂々としていられるのは、アリアのお陰です。彼女がいなければ、私は全然駄目なんです」
 エリリカは愛おしそうにアリアを見る。恥ずかしくなって、顔を逸らしてしまった。こうして、エリリカが自分のことを必要としてくれるのは、何よりも嬉しい。
「そうか、君は良いメイドと出会えたのだな。
 さて、部屋まで案内する前に、イレーナ大臣について簡単に話しておく。わしらが現状を見た限り、彼女は毒を飲んで自殺したようだ。窓にも扉にも鍵が掛かっていた。扉は合鍵で開けたよ。これはフレイム王国も同じだが、合鍵は四階の執務室に保管してある。厳重に管理していた、というわけではないから、本の中に出てくるような密室とは言えないだろうな。
 机の上にある封筒の中には、エリリカ姫が送った手紙が入っている。しかし、別に置いてあったメモが変なのだ。イレーナ大臣が自殺と言ったのは、このメモが原因だよ。彼女が三人を殺した、という事実を知っている人物が、脅迫の手紙を送ったのだろう。自分が人を殺したと知られたので、彼女は毒を飲んで自殺した。警備兵に確認を取ったが、昨晩から今にかけて、怪しい人物は見ていないそうだ。
 イレーナ大臣が自殺したと考える原因は、もう一つある。昨日の夜から部屋に籠って、全く出て来なかったのだ」
 普段は短い言葉しか発しないダビィが、長々と話す姿は珍しい。それほど切羽詰まっている、ということなのかもしれない。
 しかし、「本の中に出てくるような密室」という言葉で、ダビィが推理小説と呼ばれるジャンルを愛読していることに気づいた。その手の本は、アリアも好んで読む。ダビィの言う通り、窓と扉の鍵が閉まっていても、合鍵の管理を考えると密室とは呼べない気がした。
 エリリカは言いづらそうに、おずおずと質問する。
「配慮のない質問で申し訳ないのですが、イレーナ大臣が亡くなられたからではないでしょうか。それでしたら、部屋から出てくることは無理ですよ」
「違うのだ。昨日の夜、イレーナ大臣が『研究に専念したいので、明日の夕方まで部屋にいる。明日の昼食は部屋まで運んで欲しい。それから、おにぎりとお茶を軽食として欲しい』と話していた。これは、自殺の邪魔をされないためだと、今になって思ったよ。飲食物に手をつけた形跡がないのでな。おにぎりは減っておらんし、お茶はグラスいっぱいに注がれたままだった」
 イレーナ大臣の謎のお願いに、エリリカ達は首を傾げる。自分から部屋に籠ると言ったのには、何か理由があったのか。それとも、本当に自殺を考えていたのか。昨日の推理を聞いたアリアは、イレーナ大臣が犯人で、自殺をしたんじゃないか、と思えてきた。
「怪しい人物は侵入してないので関係ないとは思うが、一つ気掛かりなことがある」
「気掛かりなことですか」
 あまり表情の変わらないダビィが、珍しく心配そうな色を浮かべる。エリリカもアリアも、ダビィの表情から何かあったのだと感じ取った。
「城の一階の窓が開いていたのだ。これも警備兵に聞いたのだが、窓が開いていることに気づいたのは朝方らしい。夜に確認をした際、一箇所だけ開いていることに気づかなかった可能性もあるそうだ。さっきも言ったが、城内はいつもと同じように見回っていた。怪しい人物を見ていないのだから、侵入者がいた可能性はない。念のために城内を確認したが、盗まれた物はなかったよ」
 侵入者がいたかもしれないのに、警備兵はそんな人物を見ていない。さらには、物が盗まれた形跡もない。何とも不思議な話だ。
 一箇所だけ窓が開いていた。この問題に、あまり困った様子を見せないダビィに、エリリカは安心した。
「何事もなくて良かったですね」
「ありがとう。イレーナ大臣の遺体を運ぶため、警備兵に声をかけてから部屋へ案内する。はぁ。まさか、イレーナ大臣が犯人だったとは」
 ダビィは移動間際、小さな声で呟いた。彼の表情には、大臣が罪を犯したことへの悲嘆、それ以外の感情がある。アリアにはそう思えてならなかった。

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