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第51話 イレーナ大臣の事件の真相②

「「「「「「「「鳩っっ!?」」」」」」」」
 全員の驚く声が綺麗に合わさる。
 いや、誰かは分からないが、一人遅れて声を出したことにアリアは気づいた。サッと周りを見渡しても、全員が驚いた顔をしているせいで、見抜くことができない。
 エリリカも気づいたようだが、あえてスルーしている。
「アリア、『最近は前よりも鳩が多いですわよね』って言ってたわね。その通りよ。最近急に、鳩の飛ぶ頻度が高くなった。私の誕生パーティーの朝も、お父様達の葬儀の朝も、鳩を見たわ。あの鳩が、ライ大臣の元にあったメモを運んだのよ。朝になってから、体調が悪くなったと訴えていたからね。
 犯人がパンを選んだのは、自分の操れる鳩に食べさせるため。パンの欠片が爪くらいの大きさだったのは、鳩が食べられるようにするため。つまり、犯人の計画していた段取りはこう。
 毒を染み込ませたパンの欠片、メモ、薬の包みを封筒に入れて、二十一時までに郵便に出す。封筒が二十三時にアクア城へ届く。二十三時五分から十分の間に、イレーナ大臣へ届けられる。その五分後に、イレーナ大臣が封筒を開ける。その時間を見計らって、部屋に鳩を送り込む。彼女はメモや薬の包みを取り出す。そして、パンの欠片を触って死ぬ。イレーナ大臣が落としたパンの欠片を、鳩が口に咥える。鳩が部屋を出ていく。
 本来なら、この段取りで、パンの欠片は部屋からなくなるはずだった。時間は長めに考えて五分間隔にしたけど、実際はもう少し短く見積もっていたかもしれない。鳩に関しては、パンを咥えて部屋を出てもらう必要があるわ。多分、くちばしにカバーのような物をつけたんだと思う。鳩が毒で死なないようにね」
 いきなり出てきた「鳩」というワードに、全員がポカンとしている。誰もが信じられずに、大きく目を見開いていた。大広間には、今までとは違う緊張感が走る。
 関所から城までは一時間。城の区域を担当する配達員は、最初に城へ届ける決まりがある。だから、『手紙の届く時間』『イレーナ大臣が開封する時間』を逆算して、鳩を送り込むことは誰にでもできる。
 アリアには、「鳩が多い」と言った記憶がしっかりある。アリア自身そう思ったからだ。しかし、それと今回の事件が結び付けられないのだ。ここで、アリアはふと思った。飛んでいる鳩が綺麗だったのは、犯人が飼っていたからかもしれない。自分が鳩を利用するため、綺麗にしてやるべきことを仕込んでいた。部屋で飼っていた場合、鳩の体を綺麗にしないと臭いで気づかれてしまう。
 エリリカは、全員の唖然とした表情を見て嬉しそうにしている。
「私の推理が正しければ、アクア城近くでも鳩がよく見えていたはずです。私が伺った時は鳩を見ませんでしたが、どうでしたか?」
 三人が同時に顔を見合わせる。まずは、ダビィが口を開いた。
「言われてみれば、前より鳩を見る回数が増えた気がする」
「私もよ。前は、数日に一度見るか見ないかだったけど、最近は毎日見ている気がするわ」
「ぼっ、僕もです。でも、あの、実行されたのは夜ですよね。鳩は夜でも飛べるのですか」
 続いて、ミネルヴァ、セルタと順に報告する。彼の疑問を答えるはずなのに、何故かエリリカはアリアを見た。
「飛べます。あれは、私とアリアが海を見ていて、帰りが遅くなった日です。日が落ちて暗くなった後、空を飛んでいる鳩を見ました。ね、アリア」
 エリリカに、綺麗な景色を見せてもらった日だ。陸地には、星が見えないほどの街灯がある。あの日の帰り、灯りが多くて星が見えない、とぼんやり考えていた気がする。
「ええ。鳩が飛ぶところを見ましたわ。街灯が多くて、それほど暗くなかったからでしょうか」
「ですって。納得して頂けましたか」
「は、はい」
 エリリカはその答えを聞いて満足そうに頷いた。アリアには分かる。エリリカのあの顔は、完全な勝利を確信している。それも、犯人に対して。
「あたしはいつも城にいたから、鳩がどうのって言うの、あんまり分からないな~。犯人はそれほどタイミングを見計らってたのに、パンの欠片を回収できなかったのはどうしてですか」
 さっきまでは面白がる様子を見せていたローラが、真剣に聞き入っている。勉強を教えていた頃も、これくらい真面目に聞いてくれれば良かったのに、とアリアは場違いなことを考えた。
 態度が変わったローラに対して、エリリカも驚きを見せる。
「配達の時間を逆算して、鳩を送ったからよ。
 ここでさっきの配達員の話が出てくるの。犯人は、二十三時十五分くらいに、イレーナ大臣が封筒を開けると思っていた。そして、その時間に着くように鳩を放った。しかし、実際に封筒が到着したのは、二十三時二十分から三十分の間。『犯人が逆算した到着時間』と『実際に到着した時間』には、最大で十五分の差があったのよ。つまり、鳩が到着した十五分後に、メモが到着したってことね。
 さて、時間に差があったことと、パンの回収ができなかったこと、どう結び付くのかって話よね。答えは簡単よ。イレーナ大臣は、鳩が手紙を持ってくると思っていたの。鳩が手紙を持ってくると思っていたのに、鳩には手紙が付けられていなかった。彼女は、鳩を送った人物が肝心の手紙を忘れたんだと思った。鳩を送り主の元に返してから、一度窓を閉めたのね。部屋の窓は、鍵まで閉まった状態だったから。それに、今の季節は少し肌寒いから、夜なら窓を閉めるはず。送り主は、もう一度鳩を送ったのかもしれない。しかし、イレーナ大臣は窓を閉めた状態で死んでしまったから、鳩は部屋に入れなかった。だから、パンの欠片を回収できなかった。実際に起きた順番はこう。
 犯人が封筒を出す。イレーナ大臣が封筒を開ける時間を狙って、鳩を部屋に送り込む。鳩が部屋に着く。イレーナ大臣は、鳩が手紙を持ってないことに気づいて送り返す。窓を閉める。関所から封筒が届く。イレーナ大臣は封筒を開ける。メモと薬の包みを出す。毒の染み込んだパンの欠片を触る。死んでしまう。
 犯人の計画と比べれば一目瞭然ね。『鳩の到着時間』と『封筒の到着時間』が逆なのだから。
 イレーナ大臣が『研究したいから部屋に入らないで』って言ったのは、犯人からの手紙を待っていたから。その手紙を受け取ったり、読んだりしているところを、誰にも見られたくなかった。それか、『部屋に籠って手紙を読んで』って、犯人がお願いしたのかもしれないわね。鳩がパンの欠片を回収してるところを、見られたくないから。
 窓と扉の鍵が閉まっていた理由。それは、『配達人の怪我という偶然』と、『犯人が部屋に籠るようにお願いした作戦』の、両方が合わさったからよ。そうよね」
 最後の言葉は、とある人物に向かって投げかけられた。エリリカのキラリと光る視線の先を全員が追う。誰もが信じられないと、大きく目を見開いていた。いや、二人だけ苦々しい表情を向けている。
 注目された人物、もとい犯人は、ただただ驚いていた。ここまで完璧に犯行を見破られるとは、思っていなかったのだろう。観念したのか、開き直ったのか、アリアには判断できなかった。
 一同の視線を一身に浴びた犯人は、再び口元に笑みを浮かべた。

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