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第54話 犯人の話

「ローラ・ウェルは、アクア王国の前大臣である、マーク・スタンの娘よ」
 エリリカは、先ほどよりも落ち着いたトーンで淡々と話す。とうとう耐え切れなくなったミネルヴァが、悲鳴を上げた。ダビィは顔を抑えて下を向く。アクア夫妻はそのまま止まってしまった。
 アクア夫妻以外は、今日一番の衝撃を受けた。いや、与えさせられた。エリリカに向けられた視線が、再びローラに向けられる。視線を一身に受けても、両手を頬に添えてニコニコとしている。しかし、アリアの悲しそうな顔を見て少しだけ切ない表情になった。
「ローラ、どうする? これはあなた自身に関わることだから、自分で説明しても良いけど」
「あたしも罪を犯したんですから、説明する義務はありますよね。自分で説明します」
 少しの間、何をどう説明しようか悩んでいた。自分が犯した罪。目的であった復讐。ローラには、話すべきことが山積みだった。
「あたしはマークの娘で、元はアクア王国の住人です。マークの死や毒のことは、ダビィ王から聞いていました。研究熱心だっただけで殺すなんて、許されるはずがないですよ。マークの、父さんの記憶は少しだけしか残っていません。それでもあたしは、三人に復讐してやろうと誓ったんです。最初の二人が毒殺なのは、父さんと同じ死に方にするためです。
 コジーとエリーを殺した日、大広間の前にイレーナ大臣を呼び出しました。伝書鳩を使って事前に手紙を送ったんです。『過去の事件の新しい資料が見つかったので、その受け渡しをしたいです。持ち場を離れると怪しまれるので、大広間の前で集合にしましょう。他の人はパーティーを始めているから、こっちの方が逆に目立たないです』みたいな感じです。要は、マーク殺しに関する新しい資料を渡したいって誘ったんです。あたしとイレーナ大臣は、過去の事件に関する資料を集めてました。連絡はいつも、伝書鳩を使っていました。
 葬儀の日も誘い文句は同じです。『今日なら書斎に入り込んで資料を手に入れられます。箱を用意しておくので、それの運搬を口実に四階まで上がって下さい。警備兵もこれで突破できます。あたしも箱を持って四階に行くので、その時に落ち合いましょう』って。あたしは背が高いので、水瓶の仕掛けは簡単に設置できましたよ。氷は自分の部屋で造りました。部屋には製氷機が置いてあります。
 最後は説明するまでもないですかね。お嬢様の言った通り、『伝書鳩を送ること』と『翌日の昼まで部屋に籠ること』を事前にお願いしました。まさか、配達人が怪我をしていて、手紙の到着が遅れるとは思いませんでしたよ。パンの欠片が残ってたって聞いた時は、心臓止まるかと思いました。送った手紙は、城の箱に入れました。ライ大臣の葬儀への招待状に紛れさせたので、怪しまれませんでしたね」
 話はこれで終わりらしい。ローラは肩を竦めている。
 アリアは、ローラがよく書斎にいたことを思い出した。それが、マーク殺しの資料を探すためだったと気づく。フレイム夫妻が死んだ朝も、彼女は書斎から出てきた。多分、ライ大臣はフレイム夫妻に頼まれて、書斎の資料を見張っていたのだろう。それなら、ライ大臣を待たずにコジーが挨拶をした説明がつく。ライ大臣に書斎の見張りを頼んだのだから、パーティーに来ないことはフレイム夫妻が一番よく知っている。
 事件の日、エリーに「ローラの居場所は」と聞かれた。アリアが「ローラは書斎にいた」と答えていたら、この事件が起こることはなかったのだろうか。アリアは自己嫌悪に襲われた。胸の奥がずっしりと重くなる。
「エリリカ姫は、ローラがマーク大臣の娘だと、いつ、気づいたのだ・・・・・・」
 ダビィはローラが話している間に、少しずつ正気を取り戻していったと見える。途切れ途切れに声を絞り出す。
「過去の資料を読んだ時です。動機が復讐だったことは分かっていました。凶器の松明と水瓶は、何もアリバイトリックだけを目的としていたわけではありません。両国の守護神、国民からの天罰という意味があったんです。三人は戦争の原因にもなっていましたからね。
 三人が犯した罪を知っていて、その罪が許せないから復讐したということは分かりました。資料によって、三人の犯した罪が『マーク大臣殺し』と『戦争を引き起こした』の二つであることも。後は、この二つの事実と毒の作り方を知っている人物は誰か、推理すれば良いだけです。
 これらを念頭に置いた上で、誰が一番犯人たる要素を持っているのか考えました」
「ほう、どう考えたのか聞かせてもらおうか」
 ダビィはいつもの調子を取り戻しつつあった。エリリカがどうやって犯人を突き止めたのか、その過程に興味を示している。

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