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精読「ジェンダー・トラブル」#029 第1章-5 p49

※ #025 から読むことをおすすめします。途中から読んでもたぶんわけが分かりません。
※ 全体の目次はこちらです。

 イリガライの考え(#015 参照)が再掲されたあと、バトラー はこう言います。

しかしこういった見解すべての中心にあるのは、セックスは覇権的な言語のなかで実体として見えているーー形而上学的に言えば、自己同一的な存在として見えているーーという考え方である。

「ジェンダー・トラブル」p49

 言語(あるいは象徴界)は男女という二つのセックスが存在することを前提としています。二つのセックスを「形而上学的に言えば」、それは性器の差異というよりは、性器の形を基準に分類された二種類の存在が、言語が定める〈男のセクシュアリティ〉〈女のセクシュアリティ〉というかなり狭めの枠にきちんと収まっていることを指します。
 それが「実体として見えている」とは、そういった〈男のセクシュアリティ〉〈女のセクシュアリティ〉が実在するように見える、ということです。
 しかし実際はそんなことはなく、たとえば Yahoo! 知恵袋 では〈自分は正常なセクシュアリティから逸脱していないか?〉という投稿で溢れかえっています。特に思春期の人は皆、〈自分は変態だ〉という自己認識のもと、「実体として見えている」ような正常なセクシュアリティの所有者に見えるよう努力に努力を重ね、変態であることがバレないように色んなことを実践しているのです。

このように見えるのは、ひとえに、セックスやジェンダーで「ある」ことの根本的な不可能さを隠蔽する言語および/または言説のパフォーマティヴなじれのためである。

「ジェンダー・トラブル」p49

 「セックスやジェンダーで『ある』」とは、〈ひと〉の属性のひとつが「セックスやジェンダーで『ある』」ということです。ですが、このような〈ひと〉はすでに否定されました(#017 参照)。
 それを「隠蔽する」のが「言語および/または言説」だと言います。
 「言語」と「言説」は、哲学の世界ではどちらも多義的な重要語であるので、はっきりと言うのは難しいですが、本当にざっくりした喩えで両者を区別すると、「言語」は辞書で、「言説」は小説です。
 言説のパフォーマティヴィティは理解が容易です。〈男は泣くんじゃない〉という言説は、〈男は泣かない〉というセクシュアリティを「実体」化させます。
 では、言語のパフォーマティヴィティとはなんでしょうか。これについてはこの次の文で出てきます。
 では「パフォーマティヴなじれ」とは何でしょう。それは、身体に加わる外力であり、痛みです。レズビアンであることを誰にも隠していたバトラー少女は、女子どうしが恋バナで盛り上がるときに、男が好きなふりをしたことでしょう。そうするたびに、じれるような感覚を覚えたのかもしれません。

イリガライにとって文法は、肯定的で表象可能な二項間の関係という、ジェンダーの実体モデルを支えるものなので、けっしてジェンダー関係の真の指標とはなりえない。

「ジェンダー・トラブル」p49

 英語を除くインド=ヨーロッパ語には文法的性があります。もともとは男性名詞、女性名詞、中性名詞があり、イリガライのいたフランスでは中性名詞がなくなって男性名詞、女性名詞だけとなっています。
 フランス語では、月は女性名詞、太陽は男性名詞、のように「肯定的で表象可能な二項間の関係」が成り立っています。これは、男と女という二種類の主体からなる社会秩序のメタファーになっています。
 しかしイリガライの考えでは、主体は男のみで、女は主体になれないばかりか、存在すらしていない表象不能なものでした(#015 参照)。したがって男女二元論的な文法は、男だけによる一元論的実体を隠蔽するように作用するとイリガライは考えます。
 これが言語のパフォーマティヴィティです。

フーコーによれば、セックスに関する実体的な文法は、両性のあいだに人工的な二元関係を押しつけると同時に、その両方の項の内部に人工的な内的首尾一貫性も押しつけるものであり、このセクシュアリティの撹乱的な多様性を、抑圧しているのである。

「ジェンダー・トラブル」p49

 「両性のあいだに人工的な二元関係を押しつける」というのはイリガライと同じですが、フーコーはそれに加えて、「両方の項の内部に人工的な内的首尾一貫性も押しつける」と言います。
 「人工的な内的首尾一貫性」とは、〈男:オス=男らしい=ストレート〉、〈女:メス=女らしい=ストレート〉という三点セット(#026 参照)のことです。名詞が男女二種類しかないことが、人には〈男:オス=男らしい=ストレート〉、〈女:メス=女らしい=ストレート〉の二種類しかないのだ、というメッセージになり、結果としてすべての人にこの〈男〉〈女〉の型を押し付けているのだ、と言っているのです。

(#030に続きます)

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